第18話 vs.上級ウイルス③
その昔、とある交通事故を目にした。
いや、『目にした』というよりは『目にしていた』と言うべきかもしれない。
というのも、『目にした』というと、他人事のように聞こえるからだ。
そう、俺はその交通事故を、事故が起きた後ではなく、事故が起きる前から見ていたのだ。
子供が道路に飛び出して、そして車に轢かれるまでの一部始終を。
全てを見ていながら何も出来なかった。いや、何かしたところで子供の自分ではどうにもならなかったかもしれない。でも、動いてさえいれば、どうにかなったかもしれない。
もし、そうだったら自分が動かなかった為に不幸が起きたことになる。
自分が動いていれば不幸は起きなかったかもしれない……そう考えると胸が痛くなる。
おそらく、どれだけ考えても、どれだけ時を経ても、その後悔は消えない。
だったらせめて、これからの後悔を減らそう。
自分が動くことで、どうにかなるかもしれないから。
それ以来、交通事故だなんて大層なことは起きはしなかったが、落とし物があったら警察に届けたり、迷子を見つけたら声をかけたり、自分に出来ることは出来るだけするようにした。あの時の贖罪をするように……。
そして今、目の前には己が欲のために誰かを傷つけようとするモノがいる。ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべて。
ここでコイツを逃がせば、コイツはきっと誰かを傷つける。そうだ、俺が今動くことで、その事態は避けられるんだ。だから……
「てめえは絶対に、ぶっ飛ばす!」
「HAHA〜、イキがいいなァ。オマエ何モンだァ? ウイルスの種類も大してわかってねえようだし、ウイルスバスターじゃねえんだろ? 見たところ武器もねえようだしなァ」
「たしかに俺はウイルスバスターじゃねえよ。だが……」
プラズマソードを取り出し、ウイルスに向かって構える。
「てめえをぶった斬る武器ならあるぜ」
「AAhー? HAHAHA! 正気かオマエェ!? そいつァ護身用のプラズマソードだろォ!? それでやるっつうのかよォ!? HAHAHA!!」
「じゃあ、その身を持って確かめてみろよ!」
アイリスの「ちょっと!」という声をよそに、ゲラゲラと笑うウイルスに向かって駆け出す。
そして、プラズマソードが届く間合いまで入ったところで、斬りかかった。
光の刃が直撃する直前に、ウイルスが腕を上げてガードする素振りを見せたのが目に入ったが、お構いなしに腕ごと切り落とすつもりで思い切り振り下ろす。
「うらぁ!」
構えられた黒い腕に振り下ろされた光の刃は、バチッと静電気のような音を響かせて直撃したものの、刃が入ることはなかった。
「……ッ!? なっ……んだと……」
上級と聞いた段階で、ただのプラズマソードではさっきの中級のように受けとけめられるかもしれないとある程度、想定してはいた。
だから、そのことに関しては驚きはない。
驚いたのは、その受け止めている黒い腕が見覚えのある姿に変形していたことだ。
「これは……さっきの黒カブト!?」
ウイルスの右腕はグローブのように黒カブトの頭と角に変わり、鋭く尖った角を刀のように扱ってプラズマソードを受け止めていた。
「HAHA……言われた通り試してみたが……やはりそれでは難しいようだァ」
「うぐぐ……」
押し込もうとプラズマソードを握る手に力を込めているが、全くビクともしない。それどころか、ウイルスの方は何もないかのように話している。
「そんじゃァ次は、オマエが試してみるかァ!?」
ウイルスが左腕を突き出すと同時に、またもや同じように黒クモの頭に変形した。
「これもさっきの……!」
黒クモの口から、網のように噴射された黒い糸が全身を覆い、あっという間に捕獲された。
「しまった……!」
「HAHA……捕まえたァ! まずは、1人目ェ!!」
蜘蛛の巣に捕まった虫の如く、ほとんど身動きのとれない地面に転がる俺に向かって、ウイルスは右腕の黒カブトの角を振り下ろす。
「このッ……!」
プラズマソードで防御しようとするも、糸が絡まって思うように動かせない……!
力任せに引きちぎろうとするも、ゴムのように伸びて逆に身体を引っ張られる。
容赦なく振り下ろされる黒い角を見上げると、ウイルスが何かを察知したように目を見開いた。
直後、俺とウイルスとの間に割って入るようにして、飛びかかるアイリスが黒刀を振り下ろす。
ウイルスは身体を引っ込めるようにして回避し、後ろに飛び退いた。
「うおっとォ、危ない危ない」
後退りしながら着地するウイルスに向かって、すぐさま構え直すアイリスが正面を向いたまま背後の俺に話しかける。
「ちょっと! よく知りもしないで勝手に飛び出さないで! 死にたいの!?」
「わ、悪い……助かった」
言い返す余地のない言葉に素直に謝る。
すると、その言葉を聞いたアイリスは「ハアッ」と怒りを強調するようにわかりやすい溜め息を吐いた。
「わかったならいいわ。とりあえずその糸を切りなさい。さっきプラズマですんなり
切れたのを忘れたの?」
「え? あ、あぁ。そうだったな。パニクって忘れてた」
プラズマソードを持ち替えて糸をスパスパと切り、立ち上がる。
「おい、アイツって身体を他のウイルスに変形出来るのか?」
「ええ、そうよ。他のウイルスのデータを取り込んで自身に結合させる……上級ウイルスの特徴の一つよ」
「それは、かなり厄介だな……。なるほど確かに、これは大人数で同時に攻撃するのが手っ取り早い攻略法ってことになるな……」
「ええ。だから増援が来るまで、ヤツを足止めすることが出来れば……!」
「Ahー、そうだったなァ。数が増えて面倒なことになる前にとっとと済ませねえとなァ」
「……!」
ウイルスの言葉に俺は、アイリスと共に中級ウイルス2体を駆除した後のことを思いだす。
「なぁ、とりあえずこのプラズマフィールドっての、ウイルスを倒したんだし消してくれよ」
俺に関する疑惑についてはおじさんと一緒の方が話が早いからと首に突き付けられていた黒刀を納めてもらい、移動すべく上を指差して言った。
「あぁ、もうしばらくすれば消えるわ。これは私の意志では消せないの。ウイルスを駆除したという報告をしたから、それが確認出来次第、外部の方で消してもらうの」
「え? そうなのか? じゃあ、ウイルスを駆除しない限り出れねえってことかよ」
「まぁ、そうね。プラズマフィールドはウイルス及び、ウイルスとの戦闘による被害を拡大させないためにあるの。
だから、もしも駆除に当たったウイルスバスターに何かあったとしても、ウイルスだけは絶対に外に出さないよう、中の人間の意思では消せないようにしているのよ」
「そ、それって……命掛け過ぎねえか? 戦ってる最中に勝てる見込みがないってわかっても、ビビったりしても途中で投げ出したり、逃げ出すことが出来ねえってことだろ? ほぼ閉じ込められることになるっつうか……」
俺は、自分で自分が口に出している言葉に恐怖のようなものを感じていた。頭に浮かび、改めて口に出すことで、一層受け入れられない事実としての認識を強めていた。
そんな俺の言葉にあくまで冷静に淡々と言葉を並べるアイリス。
「ええ、私達はそれだけの覚悟を持ってウイルスの駆除に当たっている……私も、私の仲間も……ね」
冷静な口振りとは裏腹に、その表情は今にも泣き出しそうな悲しげな顔に見えた。その身を持って『覚悟』という言葉の重みを思い知っていると主張するような……そんな悲しい顔……。
言葉と顔のギャップが、ウイルスバスターという職務の責任と覚悟、そしてその重さを表していた。
ウイルスとの戦闘には危険が伴うこと、そして最悪の場合、『死』を覚悟するこも……。
そして今まさに俺たちはその危機に直面していることになる。
「増援が来れば、加勢のためにこのフィールドは一時的に消えるってわけか……」
「ええ。だから私達がここを生きて出る条件は2つ……」
「時間を稼ぐ、もしくはヤツを倒す、か」
殺させねえ……もう目の前で誰かを死なせるなんてこと……絶対させねえぞ!
よくある異世界転生かと思ったら、異世界みたいになってた未来でした。 複志真 那終夜 @PLJOM
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