003

翌日から、私達は毎日あの場所へ行った。あの場所にいつもナツは居た。

「おはよう!」

「今日も来てくれたんだね。」

彼女はいつもそこにいた。

「今日は特にすることないけれど…」

と幹郎くん。

「じゃあ、今日は木登りするか?」

やっぱりリーダーシップがあると思う雄介くん。

この4人でいつも遊んだ。たまに少し人数が欠けることもあったけれど、でも私達はこの夏休み、大体一緒だった。

「この暑いのに木登りはしんどくない?」

「ぼ、僕いつも苦手と言ってるじゃないか…」

「ごめん、ナツ スカートだ。」

雄介くんの案は全否定をくらってしまった。

「じゃあ他になんかあるのかよ!」

ちょっとご立腹。

「ハイ!」

手を挙げたのはナツだった。

「ナツ、川で釣りしたい!」

「賛成!」「賛成!」

私と幹郎くんは賛成だった。

「どこでだよ。」

ちょっとつっかかる雄介くん。

「実はね。秘密の水辺があるの。」

秘密の水辺、というと聞こえは良かったが、実際は獣道すらないような草が生い茂ったため池だった。水が綺麗だったことが、そのため池の「秘密感」を強調しているような感じだった。

これは後から分かったことだが、そこは近所の人が、川から水を通して、野菜を洗ったりするところらしい。だがこの頃にはもう既に使われなくなっていたらしい。

釣具は、1番家が近い雄介くんに、手作り感の強い棒に針のついた紐をつけただけの釣竿を人数分持ってきてくれた。割と雄介くんの家にはなんでもある気がする。山からも近いしよく道具を借りるのにお世話になっていた。

この釣竿にきのみをつけて垂らした。


「釣れないなぁ〜」

少し意地悪な顔をする雄介くんはちょっと拗ねてたんだと思う。

「うーん…なんかごめんね。」

30分した時にナツは言った。

「ううん、釣りは待ちが勝負って言うしね!」

私はそれに適当なフォローを入れる。

「うおっと」

と言ってた最中に幹郎くんの竿に何かがかかる

「ぼ、僕、魚以外だったら触れないかも!」

急に焦り出す幹郎くん。引きが少し違うのだろうか。

「とりあえず釣ってみろ!」

「いけいけ〜!」

釣れたのは…ザリガニだった。一瞬幹郎くんの予感が的中した!という感じの顔が見えた気がしたが、そのコンマ1秒後にはザリガニが幹郎くんの顔に直撃したので、本当のところはわからない。

たまに声が裏返った感じの叫び声が、森中に響き渡った。

「こいつ大きいな」

と雄介くんが幹郎くんの顔からひょいと持ち上げた。

「幹郎くん…は…」

「気を失ってるね」

「大丈夫なの!?やっぱりここ紹介しない方がよかったかな?」

焦った様子でナツが狼狽る。

「大丈夫、幹郎くんが釣り嫌いになるだけだろうから。」

「それって本当に大丈夫なの…?」

「だいじょーぶ!」

…多分

「このザリガニ、めちゃくちゃでけーぞ!うちで買おうかな?」

幹郎くんそっちのけでザリガニを観察する雄介くん。手が挟まれているように見えるが、本人が平気そうなので多分見間違えだろう。

「…で、どうしようか…」

困ったようにナツが切り出す。

「うーん…雄介くん!」

反応がない。

「雄介くん!!」

「あ?どうした?そんな大声で。」

「一回普通に呼んだよ!」

「そう…か…」

「雄介くんってさ、幹郎くん運べたりする?」

「うーん、平地だったらいけるけど山だし、それに茂みの奥だし、麓まで行っても自転車だし…」

「ナツちゃん、どうしよっか…」

「みんながいいなら、ここでもう少し釣りしませんか?」

「賛成!俺もこんなでっかいザリガニ釣りたい!」

もうそれもらっていけばいいのに、と思ったが、彼なりのプライドもあるのだろう。

雄介くんは、ザリガニを手に持ったまま、釣竿を垂らす。

私たちも垂らす。幹郎くんは依然気を失っている。

「釣れないね」

「でも幹郎くんが起きるまでは動けないんじゃない?」

「そうだな」

雄介くんはそう言ったあとあくびを一つした。

「ねーねー幹郎くん、起きてー」

竿を持っていない方の手で軽く揺さぶるが、反応はない。

「なんか心配になってきたな。」

私はどちらかというと、彼の手元にいるザリガニの方が心配だった。なんだか干からびて元気がなさそうだ。比べて幹郎は、普通に寝ているだけに見えた。

「大丈夫なの?」

心配そうにナツが駆け寄る。

「大丈夫、息はしてる。多分寝てるだけなんじゃないかな。」

「本当に?」

「本当だよ」

少し疑念の目を向けつつも、彼女はまた釣り糸が絡まないくらいの位置に戻った。

「あのーそれはそうと——」

「かかった!」

とナツの声が響いた。

「魚だ!!」

雄介くんが干からびたザリガニを持ったまま、興奮気味に近づいてきた。

「お!何が釣れたんだ?」

1番不本意だった雄介くんが楽しんでいるような…

「アブラハヤだよこれ!すげえ!」

「アブ…ラ…ハヤ…?」

「私も知らないわ。」

なんだか小さい魚で、素揚げで食べられそうな感じだった。

「このバケツに入れて!」

「ごめん…針の外し方わかんないや…」

「じゃあ俺がやる!」

すっごいノリノリだ。

と思ったら干からびたザリガニを水の入ったバケツに入れていた。良かった。まだ生きてるだろうか…

「はい、オッケイ」

慣れた手つきで針を外して、雄介くんの手から滑り出すようにザリガニのいるバケツに入っていった。

「ありがとう!」

「言い出しっぺだからそのくらいできると思ってた。」

「ごめんね、したことなかったからしてみたかったの!」

「そうなの?」

「うん」

こんな娯楽の少ない田舎じゃ、釣りができない人の方が珍しいってもんだった。特段嫌いじゃない限りは。

「へぇー珍しいね。引っ越してきたの?」

そういえば昨日訊き忘れていた。

「うーん…まあそんなところかな。」

「学校で見たことないしな」

何故か再びザリガニを持ち上げて釣り糸を垂らしていた雄介くんがそう挟んだ。

「…うん、そうだね。それにちょっと遠いから、そもそも校区が違うのかも…」

「ふーん…」

この時は信じて疑わなかったが、今考えればおかしな話だ。引っ越してきたばかりであんな山の奥の開けた場所を見つけるだけでも至難の技なのに、それも遠いところだなんて、もっと難しい話だ。

結局この日は、幹郎くんが目覚める夕方ごろまで収穫はゼロだった。

雄介くんが幹郎くんに獲ったザリガニを渡そうとしていたが、案の定幹郎くんはザリガニ嫌いになっていた。

ものすっごく不服な顔をして逃していた。もらうのは何か許さないものがあるのだろう。少なくとも私が同じ立場だったらもらっていた。いや、ザリガニには興味ないんだけれど。


まだ海が続いていた。

思い出していたのは、出会ってすぐの記憶。田舎で暮らしていた人からすれば、同世代の子との新しい出会いは、宛ら異邦人が来たような気がするような新鮮さがあった。

けれど、彼女の纏う雰囲気は「新しさ」よりも「親しみ」だったように記憶している。

だからなのか、二日目で既に彼女への偏見みたいなのは軒並み持っていなかった。ずっと昔から一緒に遊んでいたような、そんな感じがずっとあったんだと思う。

トンネルに入って、窓からなんともいえない匂いと風が入ってきた。

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Summer 飯田三一(いいだみい) @kori-omisosiru

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