002

夏の季節音が流れ、二週目のSummerが始まる。

笑ってから喋ろうとしない彼女に、

「君は誰?」

と私は無心で訊いていた。

すると彼女は

「…ナツだよ。そう、ナツ。」

とまたその優しい笑顔を向けながら答える。

冷静になれば、苗字さえ分かればこんな田舎だしどこの子か分かったかもしれないんだけれど、そんなことはこの時の私にはおおよそ考え付かなかった。

「ねぇ、ナツ…さんはなんでここにいたの…?」

そう恐る恐る幹郎くんが問いかける。同い年位なのにさん付けで。

確かに見た感じ私達よりも身長は少し低かったのに、私たちでもギリギリ顔を出せるくらいのここまでの林の道をどう来たのか全く見当がつかなかった。

すると彼女はきょとんとした顔をして、なんか不便なことありましたか?みたいな顔をするのだ。

「まさか…ずっとここにいるの?」

私は訊く。

すると彼女は少し笑って「まさか」といった後、答えてくれた。

「…ここは私の秘密基地だよ。」

「秘密基地…」

とすると疑問点が一つあった。何故今までこの山に幾度となく訪れた私達が気付かなかったか…だ。

私の中では少し前に恐怖心は好奇心にすり替わっていた。

「いつからあるの?」

「んー…ちょっと前…かな。」

少し困ったような、悩んだような顔をした後、そうやって曖昧に答えた。

「具体的には!?」

しかし、この時の私は、ツレの二人すらも置いてけぼりにして、彼女に訊き続けた。

「…この夏……かな…?」

苦笑しながら、迷いながら、言葉を選ぶように言った。しかし当時の私は、そんなところには気さえ止めなかった。

「すごい!他に秘密基地メンバーは居るの?」

この時のことは、雄介くんも幹郎くんも口を揃えて、目がめちゃくちゃ輝いてて、取り憑かれたようにテンションが高かったと言う。

色々訊き出し、何故か質問とレスポンスだけなのに、お互い疲れ切っていた。雄介くんたちは、待ちくたびれた様子で周辺で座り込んでいた。二人にもうナツに対する恐怖心はないようだった。

結局この時分かった事は、一人で見つけて、一人で使ってる秘密基地だったということ、家はこの近くだということ、それ以外は好きな果物はみかんだとか、好きな料理はオムライスだとか、そういう今から思うとくだらない事を訊いた。彼女は、素性の確信に迫ることだけ反応が鈍かったなと、今では思う。

「…あの!また来てもいい?」

「…今日みたいに質問責めじゃ無いならナツはいいよ?」

単純に嬉しい答えをもらった。

電車が減速して、キャリーバックが右に脱走しようとする。それを私は逃がさない。

この時の私も、この子を逃すまいと、そう思っていた。もっと言うと、このどこか不思議な女の子を“絶対に友達にしてやる”と言う気持ちに変わっていた。


止まった駅は無人駅。自動改札だろう錆びた鉄の塊だけがその駅を現代に引っ張ってきた様な風態。とにかく合成写真の様な異質さを持った駅だった。

「あと9駅か。」

電車が出ると、山を背に海を眺める場所に入る。また違う、別の夏の香りが鼻腔をくすぐる。雄大な海の香りだ。しかし匂い自体はそんな事はなくて、安っぽい潮の匂いだ。しかしこれもまた、誰か知らない人の懐かしい香りなのだろう。しかし、残念ながら山っ子の私が感じるのはせいぜいその程度の感想しか出ないようなものだった。きっとここが故郷の人が私の村に来れば、ただ土臭いだけの場所だと思うだろう。

その海辺の香りを持ったまま、私は紙を広げ、幼い字や絵で綴られた紙を取り出す。そこには4種それぞれ少しずつ違う筆跡で書かれた「よていひょう」があった。このよていひょうは、あの夏を、夏の間中繋ぎ続ける細い糸の様なものだ。けれどこのよていひょうのことを語ろうと思うと、あの日から、あの出会いから二週間くらい先のことになる。手が鉄臭くなったことをふと思い出す。けれど、やっぱり私は順番に辿ろうと思いもどす。

「そうしないと、夏が早く終わってしまうからね。」

どうせおばあちゃんが一人乗ってるだけの車両の中だ。私はそうやって小さく呟いた。するとおばあちゃんの視線を感じる。しばらく黙って見続けられたあと、私が目を合わすと「…なんか言ったかい?」と言われたので私は慌てて「いえいえ…」と返す。かなり小さく呟いたと思っていたんだけれど、どうやら聞こえていたらしい。あと9駅か…と言った時の方がまだ声が大きかったと思うんだけれど…車内に気まずい空気が流れた。いや、気まずいと思っているのは私だけかもしれないけれど。

「行ってきまーす!」

私は紛らわすためにウォークマンの音量を上げて過去の記憶へ逃げ込む。

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