第2話  仮装行列の日



 十七年後。


 リトレアール国のモスルーシに住むアサムは、叔母から貰った鈴を布袋に入れ、腰ひもにぶら下げている。父親に連れられて、狩りに行くのだが、毎回怒鳴られてしまう。

 「なんて弱いやつだ。下手くそ!」

 アサムが弓を放ち、父親が槍でしとめるのだが、弓がなかなか命中しないのだった。だからアサムは、あまり父親と狩りには行きたくなかった。それよりも友だちのノブやユウナと出かけたほうが楽しく過ごせる。狩りにも出かけるけれど、アベニューの街でオカリナを吹いて、周りの人たちを楽しませることが好きだった。ノブは黒髪の目がくるくるとした子で、本が好きだった。ユウナは金髪で気まぐれなところがある。

 ある日、三人で森へ狩りに出かけた時、クマに出くわしてしまった。まだクマなんて倒したことが三人ともなかった。ウサギでも射止めたいと思っていたアサムは、予想外のクマに驚いてしまった。

 クマにあった時は、動かずにじっとして様子を見る。逃げる時は、後ずさりするようにして、背中を見せない。走らない。アサムの頭の中は、どうやって逃げようかと考えていた。

ノブとユウナも同じだったが、ユウナは混乱してしまったのか、走りだした。ノブはそれを見てとっさに叫んだ。

 「バラバラの方向に走ろう」

 「ええ!一人は犠牲になるの?」

 アサムはユウナが走った方向の右側に走った。ノブは左に向かった。クマは誰を追いかけるのだろう。自分でないことを願ったが、かと言って、ノブかユウナのほうへなんて思わなかった。気が変わってどこかに行って欲しい。後ろから音がする。嫌な予感だ。なんと、クマはアサムを追いかけてきた。森の中を全速で走るアサム。木々をかきわけて走るアサム。クマが近くに迫っている。

 あっ、枝にひっかかった。でもそんなこと、気にしてられない。チリン、カラン、チリン。

 「来ないで!お願いだから来ないで!」

 そう叫びながら、込み入った木々の間を抜けた。恐々と後ろに顔を向けると、クマがゆっくりと歩きながらついてきている。

 「俺を食べても美味しくないから、別の餌を探せよ」

 クマはその場に座り込んでじっとしている。

 「そこにじっとしているんだよ。俺が見えなくなるまで、いいな。バイバイ」

 アサムはゆっくりとクマとの距離を広げ、クマが見えなくなるまで背中を見せないように後ずさりした。カラッコロン。こんな時に鈴がなるなんて。

 風が後ろからふいて、木の葉が揺れている。おまけに風が吹くのか、ついてないや。これじゃ、俺の匂いをクマに運んでいるようなものじゃないか。よし、走ろう。アサムは森の外まで走りぬけた。ノブとユウナが待っていた。

 「大丈夫だった?」

 「うん、なんとかなった。服、どっか破れてない?途中で枝にひっかけたんだ」

 「頭に、小枝がついてる」

 ユウナがアサムの茶色の髪から森の土産、小枝を取り除いた。

 「ああ、これが破れてる。そういえば、途中からチリンチリン鳴ってたんだ」

 アサムのデニムジーンズの腰にぶら下げていた袋に穴があいていた。

 「叔母さんに貰った鈴の袋だ」

 「服じゃなくて良かったじゃない」


 三人はモスルーシに戻って、家の近くのエル婆さんの駄菓子屋に立ち寄った。白いシャツに濃い灰色のスカート、藤色のリボンのついたヘアバンド姿のエル婆さん。三人はパンとジュースを買って、エル婆さんに森での出来事を話して盛り上がった。


 「アサムの弓ったら、全然当たらないの」

 「でも少しは強くなったから、木に刺さるようになっただろ」

 「早く飛んでる鳥に当たるようになりたいね」


 エル婆さんはにこにこしながら聞いていた。三人はクマとの遭遇も話した。ノブとユウナは、クマが追いかけてこないのを確かめてから、森の外に走ったらしい。アサムは木々の間を抜けながら逃げたことを話した。


 「すぐ後ろまできてて、あせったよ。すごい勢いで走ってきてたのに、急に俺の後ろについてくるように、ゆっくりになったんだ。それで振り返って見たら、犬みたいにお座りしてた。動くなよ、じっとしてろよって言いながら、少しずつ下がって逃げたんだ。だけど、この鈴がチリンチリンなって追いかけてきそうで怖かった」

 「奇跡だね」

 「怪我しなくてよかったわ。クマでしょ。モンスターじゃないから、私には回復できなかったし、一生に一度の幸運に巡り合ったのかもね」


 エル婆さんは三人の顔をじっと見た。食い入るように見て、アサムは少し怖いようにさえ感じた。 


 「三人とも魔力はまだ弱いみたいね。アサムにいたっては、まだほとんどないみたいだわ」

 「あれ、エル婆さん、人の魔力がどれくらいかわかるの?」

 「そうよ、自分と同じくらいの魔力までならわかるわ」

 「すごいなぁ、同じくらいまでならわかるって便利だね」

 「う~ん、同じじゃなかったらわからないってのは不便なんじゃない?」


 エル婆さんは、三人の話を嬉しそうに聞いた。


 「エル婆さんって、どれくらい強いの?」

 「めちゃくちゃ強かったりして、この辺のどのモンスターにも負けないとか」

 「ありえるわね。謎のエル婆さんなんてかっこいいじゃん」



 9月、アベニューの街は、大勢の人が集まっていた。

 年に一度の仮装行列の日で、近くの町の人々も訪れ、露店が並び賑わっている。


 赤いレンガ造りの家々が並び、 街の北側には、炎魔ボルケフリートのための祭壇と広場がある。

  

 アサムとノブ、ユウナは、モスルーシから遊びにきていた。


 「ユウナ、帰りに居なかったら、探さないで置いて帰るからな」

 「おあいにくさま、一人でも帰れるわよ」

 「ユウナ、はぐれると面倒だから、離れないでね」


 強がりのアサム、落ち着かせようとするノブ、気ままなユウナ。三人とも同じ年。


 「飲み物買おうよ」


 ユウナが露店を見始めたので、ノブは急いでアサムの手をつかみ、後を追いかけた。


 「なんで俺たちがユウナのお守りをしないといけないんだよ」

 「はぐれると結局探さないといけなくなるから」


 三人は、ハチミツレモンを売っている店を見つけた。なぜそう思ったのかというと、店先にハチミツの壺が並べてあったからだった。その壺には、滴り落ちるハチミツの絵が描かれていた。モスルーシでハチミツと言えば、ハチミツレモンと考える。店を覗くと、濃い朽葉と黒の横縞のワンピース、背中に透き通る羽が二枚、長い髪をした女の人がいた。

 三人の気配を感じたのか女の人が振り返った。見覚えのある顔。そこには、白髪混じりのお婆さんがいた。


 「エル婆さんだ。ハチミツレモン三つください」

 「あら、いらっしゃい」

 「エル婆さん、一人でしているの」


 エル婆さんは、竹で作られたカップに入ったハチミツレモンを三人に渡した。


 「ショードウさんが暇そうだから手伝ってもらっているわ」

 「誰が暇だって? 俺は暇じゃないぞ。こいつらをからかう仕事がいっぱいさ」


 ショードウが木箱を抱えてきた。


 「ああ、それね、ここに置いてちょうだい」

 「町の北の入り口近くで男が一人倒れてたらしいぞ。 それとだな、死霊の館に亡霊が出るってさ」


 ユウナが目を大きくしているのを見たアサムは、


 「館に行きたいなら一人で行けよな」


 そう言うとユウナは言い返した。


 「そうね、アサムには無理だわ。弱虫だもの」


 アサムが握りこぶしを作ろうとしていたので、ノブはとっさに叫んだ。


 「ショードウさんが一緒なら三人で行けるよ。ショードウさんも入れて四人だ」

 「なんでだ、俺はお前らの保護者じゃないぞ」

 「亡霊?誰の亡霊なの?」


 エル婆さんが、ショードウにハチミツレモンの入ったコップを渡しながら聞いた。


 「ほれ、このあいだ亡くなったカルティナ伯爵らしい。 館の奥で切り裂き男爵を倒すと出てくるそうだ」

 「カルティナ・・・強い魔力の持ち主だったわね。 なぜ亡霊になったのかしら? 伝えたいことでもあったのかしらねぇ」


 通りに集まった人たちがざわつき始めた。 アサムたちは、コップをエル婆さんに返して、通りに近づいてくる仮装行列を待った。

 行列の先頭は、鉄の鎧を装備した男たちで、左手に盾、右手には槍や弓、斧を持っていた。 その後ろから小さな子どもたちが、大人と手をつないでいた。

 動物の着ぐるみを着ていたり、妖精の衣装を着ていたり、キノコやニンジンの姿もあった。 太鼓や笛が奏でられ、行列に手を振る人もいた。特別、珍しい仮装はないけれど、みんな工夫をこらして楽しんでいる。


 風船を手にしたピエロの一団が通り過ぎると、それまでとは違う雰囲気の人々が現れた。

 先頭を歩くのは、顔の半分を黒いマスクで覆い、黒のマント、シャツ、ズボン、靴、手袋の女。女の横を、白地に赤や黒の線が描かれた仮面、赤い鎧装備をつけた男がいた。その後ろには、赤いヘアバンドでたくさんの長い草を髪の毛のように巻き付け、左手には松明、赤いそでのない長めのベストに緑の腰布の男たちが続いた。その後ろを赤いハチマキの緑の布をまとい、白い鳥を肩に止まらせた男たち、そのまた後ろには、茶色の仮面と赤い長そでの衣を来た男たちが続いた。人数もそれまでのグループとは比べ物にならない。集団の後ろが見えないのだ。5人並んだ列が長く続いて、後ろの集団は見えない。まるで軍隊の行進のようで、足並みもそろっていた。

 辺りには行進の靴音が響き渡り、にぎやかさが消えた。得体のしれない物への不安と恐怖の空気が漂う。


 「あれ、何?」

 「ショードウさんたちに聞いてくる」


 ノブがそう言って、エル婆さんの店のほうに行った。アサムとユウナは、じっと行列を見ていた。ノブはショードウさんと戻ってきた。


 「初めて見る仮装だ。後ろのほうは、モリノミの服装だな。 前を歩くのは知らんぞ」

 「なんか仮装行列って感じじゃないわね」


 モリノミの姿をした男の一人が、小さく手を振った。すると、アサムたちの横にいた男が、手を振り返した。


 「ルナだ。あれルナだよ。あいつ何してるんだ」


 横の男がそう言うのが、アサムに聞こえた。それは、その先頭を歩く女にも聞こえたようだった。女は、後ろの列をじっと見渡し、ルナと呼ばれた男に近づいた。女はルナの耳元に顔を近づけ、その後、また先頭を歩き、通りを進んだ。

 ルナという男は、その場に立ったまま動かなかった。まるで凍り付いたように。

 行列の後ろに続いて歩く人たちは、ルナをよけながら進んだ。


 「なんか突っ立ったままで、迷惑そうだね。なんであの人、進まないんだろう」


 おかしな集団が通り過ぎると、ルナが突然、手に持っていた剣を振りかざし、空を切った。周りにいた人たちが悲鳴をあげ、行列が途切れ、逃げ始めた。ルナは通りの真ん中で、一人剣を振り回した。


 「誰か止めてくれ。勝ってに手が動くんだ」


 ルナが叫んだ。アサムたちは、驚きと恐怖で声も出なかった。ルナの剣は、止まることなく動き続ける。


 「ルナ、手を放せ」


 アサムの隣にいた男が叫んだ。


 「離れないぞ、くそ~、なんなんだ。わけわかんね」


 ルナの剣は、ルナの足や体を切りつけ始めた。騒ぎに駆け付けた警備兵も近づくことができずにいた。空を泳ぎ、ルナの体を切りつけた剣は、首に刺さり動きを止めた。

 その場に倒れたルナを警備兵が取り囲んだ。


 アサムたちは、怖くなって後ろにある建物の影に駆け込んだ。行列は通りから消えてしまい、人々は建物の中に入ったり、路地に隠れた。


 「何があったの?自分で自分を刺して倒れるなんて見たことないわ」

 「おかしな魔術でもかけられたのか」


 周りから、そんな声が飛び交った。


 「変だよ、先頭の女が何か呪文をかけたのかもしれない」

 「きっとそうだわ」

 「見たことも聞いたこともない術だ」


 三人は、エル婆さんの店の前から通りの様子を見ていた。

 「あいつらは何なんだ?参加予定にはないぞ」

 「飛び入りじゃないですか」

 警備兵たちの声が聞こえた。警備兵が戸板のようなものを持ってきて、ルナを乗せて運び去ったあと、しばらくして、音楽隊が通りを行進し始めた。

 


 「怖かったわ」

 ユウナが怯えた様子で言うと、

 「なら、昼からの火祭りを見ないで帰るのか」

 と、アサムがからかった。


 「その火祭りって、いつから何のために始まったの。誰に聞いても、火事が起きないようにとかしか言わない。そもそも、ボルケフリートって、グレン火山にいるのに、ここでお祭りする意味あるの?」

 ノブは、アサムとユウナが喧嘩にならないようにと話を変えた。


 「エル婆さんに聞いてみようよ」


 アサムたち三人とショードーさんは、エル婆さんのところに戻った。


 「仮装行列の中に変な見たことのないかっこうの人たちがいて、そのうちの一人が剣を振り回し始めて、自分を切りつけて倒れたの。恐かったわ」


 ユウナはエル婆さんを見るとすぐに話し始めた。


 「婆さん、モリノミを知ってるだろ。グループの先頭は違ったが、後ろはモリノミ装備だった。仮面だった者もいたから全員の顔はわからん」


 「何かしら、こんなに人がいるところで剣を振り回すなんて正気じゃないわね」


 エル婆さんも知らないようだった。


 「エル婆さんなら知っているかなって思ったんだけど、グレン火山は遠いのに、なぜここでボルケフリートのための祭りをするの?」


 ノブは、エル婆さんからハチミツレモンを受け取りながら聞いてみた。

 エル婆さんはみんなに飲み物を渡してから答えてくれた。


 「その祭りは大陸のいくつかの場所でされていたみたいなの。でも、今はここだけになったみたい。ノブのように、なぜするのかがわからないから、やめちゃったのかもしれないわ。古い記録がないの。聞いたところによると、この大陸が昔火で焼き尽くされたらしいのよ」

 「火で焼き尽くされた?」

 「よその大陸からの戦争?」

 「火山の爆発かなぁ」


 アサムとノブは顔を見合わせた。


 「他所からからはどこも攻めてきたりしてないわ。火が天から降ってきたって。火山の爆発なら、大陸全土に人がいなくなるほどじゃないでしょ」

 「どれくらい前のことなんだろう」

 「いろんな話を調べていくと、今から2000年前くらいかもしれないわ」

 「ねえ、エル婆さん、火祭りが2000年の歴史があるってこと?」


 ユウナは驚いたようだ。


 「僕たち、そんな歴史のある祭りを見られるんだね」


 アサムは感慨深い気分に浸っていた。しかし、ノブは何か思いついたようだ。

 

 「エル婆さん、大陸の地図を見たことある?」

 「ええ、あるわよ。どうかしたの?」

 「ユグドリアって、山に囲まれてない?」

 「う~ん、そう言われるとそうよね。考えたことなかったわ」

 「もしかしたら、昔は山の高さまで土地があったんじゃないかなぁ」

 「はぁ?」


 アサムもユウナもエル婆さんもショードーさんも、ぽかんと口を開けた。


 「だって、大陸に丸いボールが落ちたような形になってて、山は大陸の縁だよ。グレン火山はそのあとにできたんじゃない」


 アサムはまだ遠くへは行ったことがない。いつかこの大陸中を旅してみたいと思っていた。ノブの話はそんなアサムの心をくすぐるものだった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

  ユグドリアⅠ SUN hitori @hitori-corona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る