ユグドリアⅠ SUN

hitori

第1話  たが外しの腕輪


  

 どんよりとした曇り空の中を、ゴルド国の田舎道を走る馬車。

 馬車の中にいるのは、黒いローブを着たルシス・メルダと、大きな荷物を横に置いて座るヒフミ・ココムだ。

 ルシスはメルダ伯爵の一人娘、ヒフミは使用人であったが、屋敷での仕事を辞め隣国ゴルドにある家に戻るところだった。

 

 「ヒフミがいなくなると、話し相手がいないわ。誰も黒魔術のことなんて知らないし、知ってても話さないわ」

 「そう言っていただけて嬉しく思います。いつでも遊びにお越しください」

 「それは難しいかも。ヒフミを送っていくのも許可しなかったんだもの」

 「帰ったらカルティナ様に叱られるのではありませんか」

 「たぶんね」


 ルシスの住むリトレアール国は、ゴルド国との交流はない。なぜなら、どの国も黒魔術の絶えないゴルド国を避けている。ヒフミはゴルド国出身であることを隠して、メルダ家にいたがばれてしまった。ヒフミは黒魔術を使うわけではなかったが、全く知らないということでもない。しかし、伯爵の知るところとなり、メルダ伯爵は、危険人物と判断して国に帰るようにと告げた。


 ゴルド国は農業地帯で、貧しい。多くの若者は、金稼ぎに荒野のギルドに入る。しかし、ヒフミは穏やかな性格で戦いを好まない。ただゴルドに生まれたというだけで、他国でも働き先を見つけることは困難だった。


 林を通り抜けている時、急に馬車が止まった。


 「どうしたの?」


 ルシスが馭者に声をかけ、ヒフミは馬車から外を覗いてみた。


 「あれじゃないですか?子どもが木から落ちたのかもしれない」


 ヒフミは馬車から降りて、木の下に座り込んでいる男の子のそばに行った。ルシスもあとに続いた。足首をさする男の子にヒフミが尋ねた。


 「木から落ちたの? 歩けそう?」


 男の子は立ち上がってみたが、すぐに座り込んでしまった。


 「ズキズキして力が入らない」

 「名前は? 家は近い?」


 ヒフミは男の子の足をさすり、あたりを見回した。


 「ニバル。家は林を抜けたところにある。近いけど、これじゃ帰れないや」


 ルシスはニバルを見ながら聞いた。


 「木の上で何してたのよ」

 「鳥の卵を取ってたんだ」

 「卵? 食べるため?」

 「軟膏の材料だよ。惚れ薬。お姉さんも使う?」

 「いらないかも」


 ニバルをヒフミが抱きかかえた。


 「ルシス様、馬車で待っていていただけますか。この子を家まで送り届けてきます」

 「そうね、私は面倒だから馬車にいるわ」


 しばらくするとヒフミが戻ってきた。

 「ルシス様、お待たせして申し訳ありません。

 あの子の親がお礼にと軟膏をくださいました。どうぞ」

 「ありがとう。使わないと思うけど、もらっておくわ」

 「シャーマンの子でした。何かおもしろい物があれば買い取るよって言ったら、

 これを出してくれました」


 ヒフミはルシスに木の実で作られた腕輪と古い書物を一冊わたした。その腕輪は赤茶色の小さな実をつなぎ合わせたものだった。


 「きれいな色ね。どこが面白い腕輪なの?」

 「たががないのに、たが外しの腕輪というらしいです。面白いのは名前だけなのかもしれませんね。なんでも望みがかなうとか言われているようですが、本物ではないと思いますよ。本物なら、多くの者が欲しがって探しています。高く売れます。でもそうじゃないと思っているから、渡してくれたのでしょう。本物なら大きな軍隊が持てるほどの額になるはずですから」


 ルシスは腕輪を左腕につけてみた。


 「望みを叶えるために自分の殻を破れるようにしてくれるのかもしれないわ」


 ルシスの左手首でにぶく光る赤茶色の腕輪。


 「テーラの木って遠いの?見て帰りたいんだけど」

 「私の家からもっと先になりますよ。急げば夕方までには屋敷に戻れると思います。まず、家に荷物を置いてからでかまいませんか」



 馬車はヒフミの家に立ち寄り、それからテーラの木がある東の山のふもとへと走った。

 その木は太くて周りに見えるどの木よりも高いものだ。木の周りには数人の人がいて、祈りを捧げている。そこは平らに整えられていて、座って祈ることもできるようにしてあった。



 「雷が落ちても倒れなかったことから、祈りの場となっているのです。人々は、ポチリア王の復活の象徴だとも考えています」。


 ヒフミが説明するのを聞きながら、ルシスは木に近づき膝まづいた。祈りを捧げたあと、木に触れようと手を伸ばした時、木から発せられる不快なものを感じた。その不快感は、手からルシスの体中へと広がっていくように思えた。イライラするような、憎しみや憤りさえ生み出す感覚だった。

 この木は生きている、ルシスは手で木肌を触り、上を見上げた。太く大きな幹が空へと高く伸び、いくつもの枝が広がり、葉が視界を遮る。その覆いつくす力強さを、木肌を撫でながら感じた。

  

 「ヒフミはこの木の力を信じてる?」

 「わかりません。でも不思議な木だとは思っています。巫女のテーラは千年以上も前の方です。霊界を去り、人間の男と結婚することを選んだ巫女です。巫女であった時の力をこの木に残したんでしょうね」。


  






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