14(終)
(次は脚だ)
首無しの姿になろうとも襲撃を止めないということも有り得なくはない。巨体の推進力は今奪っておく必要がある。
紅色は転がった頭部を横目に、地表を這うように太刀を薙ぐ。両の前脚がいとも容易く吹き飛び、前のめりに胴が崩れ落ちる。とうとう黒牛は立つことが叶わなくなった。
(最後に心臓――)
妖といえども現実の生物との類型であればその弱点は似通っている。
脈動の元を断つ、これで勝敗は決する。
斬り飛ばした前脚の断面から黒い煙がのぼる。その上部を狙い、突く。
胴の全てが一斉に霧散した。
残ったのは、自身を切り刻んだ者への怨嗟がその眼に色濃く残った首。再び、その眼と紅色の視線が合う。
(恨め。慈悲はかけられない)
脳天から真っすぐに太刀を突き立てる。大きすぎたその残滓は散り散りになり、闇夜へと消えていった。
紅色は境内をゆっくりと見回し、黒牛が完全に消えたことを確かめる。
「終わりました」
納刀し関内の方へ向かう。
関内は釘が打たれた巨木に寄りかかり、呆けて曖昧な表情をしていた。ヒトの日常に居るはずのない、居て良いはずのない怪異を目の当たりにしたのだから無理もない。
「今夜からは夢見良く眠れるでしょう。依頼はこれで終了ということで――」
音がした。地面を踏みしめる音が複数。
再び柄に手をかける。
境内の社の
女には見覚えがあった。カフェの中で写真を見た、
(佐咲、久実)
最初からグルだったということか。関内のほうをわずかに窺うが、表情は先程と変わらず、この状況を推し量ることはできなかった。
「お前ら、何をしている?」
紅色が全員を見回し、声を低く張り上げた。
(迂闊だったな。牛の相手に気を取られすぎていた。男二人を鞘で
そう考え、鞘の緒の結び目を隠すように
「今のバトル、マジすごかったですよ! 本当のオカルトじゃないですか! お兄さん、紅色さんですよね? 『刀を持った赤いコートの男・紅色』ってちょっと都市伝説みたいになってるんですよ! 俺らのユーチューブのチャンネルにアップしていいですか? 個人情報は守るように加工しますんで。あ、俺ら――」
小型のカメラを肩に装着した男が紅色に話しかける。語尾の芯が弱く、いかにも若者然とした口調だ。
(都市伝説、か……)
未だ続く男の話を聞き流し、ふと紅色は考える。
丑の刻参りは単なる呪術に非ず。夜毎、丑の刻に社に参拝をし、祈願を続けることでそれを成就させる願掛けの儀式でもあったことを。
生ける都市伝説にお目にかかる、あの動画の真の目的はそれか。
こいつ等の丑の刻参りは結果的に化け物を呼び出しただけでなく、まるで意図することなくその大願すらも見事成就させたということか。
紅色はふう、と息をついた。
――下らん。
「ああ、好きにしてくれ」
「マジっすか?」
出来るものならな、と紅色は口に出さずに付言した。
「顔ぐらいはしっかり隠してくれよ」
紅色は太刀を腰から外し、手早く箱に押し込み背負う。
その傍にいた関内に、
「つまらない金の使い方だったな」
通りかかりにそれだけを呟き、神社を後にした。
(さて、今回の一件、何が嘘で、何が真実だったのか……)
参道を歩きながら紅色は思考を巡らせるが、
(まあいい。金は入った)
赤いコートはそのまま夜陰へと去っていった。
「何あれ説教? うっざ」
「それな」
「ってかさ、さっきのあれ、ガチの本物じゃん? まさか本当に私の名前で呪ってないよね?」
「いや……使ったよ、アップすれば音消すし」
「はあ? 有り得ない。私色々と死ぬところだったんだけど?」
「俺らのせいにするなよ。あんなのが出るなんて思わないだろフツー」
「ってか、お金さ、私と久実が出した分、多すぎない?」
「ほとんど同じじゃん。どうせお金あるからいいじゃん。ってかうっちー、バイトする必要ないんじゃね?」
「あれ?」
「どうしたの?」
「……今の、何にも映ってない」
「そもそもこれ、何、撮ってたんだっけ?」
「何って、あれだよ、えーと……何だっけ?」
――大願/呪詛 了――
紅色に断つ [現代和風伝奇] 弱塩基性みりん @ph89bayfihes
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。紅色に断つ [現代和風伝奇]の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます