13
あの黒牛は関内の夢に出た『車のような何か』に相違ないだろう。ならばあれの突撃は、ヒト一人を軽々と中空へ撥ね上げるくらいは容易い。正面からそれを受ければ致命的だ。
だが、紅色は前進する。関内への進路を塞ぐように、大きく五歩。
剣先が黒牛の双角の一つを掠めた。
黒牛の滾る血のような双眸と、紅色のコート、二つの赤が交錯する――
黒牛の巨体を左へ僅かに躱した紅色は手首を返し、
(まずは
そのまま頸へと太刀を降り下ろす。刃が皮を、次いで頸骨をも切り裂き、黒牛が軋んだ梁の如き悲鳴をあげる。
だが、黒牛はなおも力を失わない。右の角が紅色の胸元を突き上げた。その僅かな間隙にも紅色は太刀を持つ右腕を伸ばし続け、頸の下方まで刀身を振りぬいた。
紅色のこの太刀――紅色の直系に連なる妖斬りの間で『御影打ち』と呼ばれ、受け継がれてきた。無銘のこの一振りは妖斬りの面々が徹底して『物の怪を打ち、人を打たず』との累代の掟を守り続けてきた。その結果、御影打ちは物の怪を一刀にして両断する妖刀の類へと成り果て、今もなおその性質の純度を高め続けている。
紅色が宙に浮く。コートの記事が抉り取られ、歪な拳大の穴が開いた。
そのまま俯せに地面に落下し、一連の衝撃に咽せこむ。
(牛はどうなった――)
頸の骨肉の殆どを切断された黒牛は、その頭が逆さまになっていた。辛うじて胴体にぶらさがっているだけの逆さまの頭部を揺らし、同じ場所を回り続けていた。視覚に生じた異常を自覚できていない様子である。
(まさに首の皮一枚、か)
紅色は深呼吸をして立ち上がり、絶え絶えの呼吸を整えつつ黒牛へ駆け、躰の横につける。
紅色と逆さまの顔の眼が合う。
刹那、紅色は残った頸の皮へ一閃。その頭部を斬り落とした。
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