うそ…私の当たり判定…大きすぎ…!?

ちびまるフォイ

バカめ! この体に当たり判定はない!

「あれ? 取れないぞ?」


テーブルに置いてあるマグカップへ手をのばす。

指がカップに届く前にぶつかった気がした。


マグカップは倒れて中のコーヒーをこぼしてしまった。


「ああ、もう。やっちゃった。

 まったく……俺、疲れてるのかなぁ……」


自分では気づかないほどに疲れが蓄積しているのか、

精神的ストレスとかで脳がおかしくなっているのか。

そんな心配をぬぐうために病院へ向かった。


診断結果はどちらでもなかった。


「当たり判定が大きくなっていますね」


「は? あたりはんてい?」


「今はあなたの体の周囲数センチが当たり判定ですが

 このままだと当たり判定が大きくなっていきますよ」


「言っている意味がわからないんですけども」


「この病院にくる途中、人にぶつかりませんでした?」


「え? どうしてそれを?」


「あなたの体はすでに見えない部分にも

 実体化しているようなもの。

 そのうち、歩道を歩いてて、車道の車にはねられますよ」


「先生こそ一度診察されてみては?」


「薬は出しておきます。増大する当たり判定を

 小さくしていく薬ですから、用量は守ってください」


医者の説明はほとんどわからなかった。


家路につく途中でも何度も人にぶつかった。

道の端を歩いているのにいったいどうして。


「ヤブ医者め。適当なことを言って

 こっちの不安を煽って通院させようってハラだろうな」


部屋着に着替えようとへと歩いた瞬間。

なにもない空間とタンスの角がぶつかった。


「痛ってぇぇぇ!!!」


間違いなく体は接触していないはずなのに、

足の小指がじんじんと痛くなってゆく。


「うそだろ……現実なのか……!?」


自分の体が見えている以上に大きくなっている。

このままでは当たり判定が大きくなりすぎて、

触ってはいけない場所に自然に触れて大やけどする可能性もある。


「は、はやく薬を飲まないと!!」


医者から処方された薬を大量に水で流し込んだ。

変化は翌日から現れた。


「布団が……浮いてない!!」


昨日、当たり判定が大きくなっている状態で寝ると

布団が体にかからずに浮き上がっていた。


今朝はしっかり体に布団が密着しているのがわかる。


「薬の効果は本当だったんだ! 助かった!」


これでもう見えない自分の体の当たり判定で

トラブルに巻き込まれるようなこともない。


あらゆる不安が解消されたついでに、

もう一眠りしようと布団に潜って二度寝した。


「ふあぁぁ……ちょっと寝過ぎちゃったかなぁ」


心地いい惰眠をむさぼりまくったあと、

眠気覚ましにコーヒーを入れた。


マグカップを手に取ろうとすると、指が空をすり抜ける。


「……ん? おかしいな?」


今度はしっかり目で狙いを定める。

マグカップの取っ手に指を入れようとすると。


どう見ても取っ手に触れているはずの指が、

陶器をすりぬけてしまっている。

まるで幽霊を触ろうとしているように。


「ど、どうなってるんだ!?」


両手の手のひらで包み込むように掴む。

今度はしっかりマグカップを手に取ることが出来た。


幽霊マグカップではないことがわかる。

原因は別にあった。


「指が……指の当たり判定が消えてる!?」


手のひらを合わせることは出来ても、

自分の指を交差ができない。すり抜けてしまう。


「あの薬のせいか!?」


医者から処方された薬の袋を引っ張り出した。

指定されている用量の数倍を一度に飲んでしまっていた。


大きくなり続ける当たり判定を抑えるには、

同じだけ当たり判定を小さくし続ける必要がある。


そうすればプラスマイナスでゼロになる。

俺はマイナス側を強くしすぎてしまった。


急いで病院へ向かったが医者からの回答は絶望そのものだった。


「当たり判定を小さくする薬はあっても、

 当たり判定を大きくする薬はないんだよ」


「なんですって!? それでも医者ですか!!」


「風邪の薬はあっても、風邪を発生させる薬はないだろう」


「そ、そんな! それじゃこのまま当たり判定が小さくなったら……」


頭が真っ白になった。

ノミほど小さくなった当たり判定の自分を想像する。


「小さくなり続けたら……それほど、悪くないかも?」


俺は自分のひらめきを確かめるべく、

治安がとくに悪い不良のたまり場へとやってきた。


今こうしている間にも当たり判定は小さくなってゆく。


「なんだァ、てめぇ。さっきからガン飛ばしやがって」


「ふふふ。いいからかかってこいよ」


「ぶっ飛ばしてやる!!!」


不良は目で追えないほどの速さで拳をふるった。

顔の正面を捉えたこぶしは体をすり抜ける。


「なっ……!? どうなってやがる!?」


「はっはっは。残像さ」


実際には俺の当たり判定が小さくなっているため

もはや見えている顔を殴っても当たることはない。


不良がそんなことを知るはずもなく、

息が切れるまで殴り続けた。


「はぁっ……はぁっ……どうなって……やがる……!」


「おいおい。1発も当たってないじゃないか。

 それじゃ俺の番だ! おりゃーー!!」


疲れ切って息も絶え絶えな不良は、

へなちょこ素人パンチに倒れた。


この下剋上を達成したことで、俺は自信を得た。


「いける! 当たり判定が小さくなっていれば

 俺はどんなチャンピオンにも負けないぞ!!」


ボクシングへの挑戦を決めた。

プロレスなどは掴み技があるので当たり判定を特定される可能性があった。


幾多の練習を積み、ついにその日はやってきた。


『赤コーナー! 現在4連覇中のチャンピオン!

 そして、そのチャンピオンに挑むのは!

 

 なんとボクシング経験初心者のチャレンジャー!』


チャンピオンの待つリングへと歩いて向かう。

その間にも観客を煽るアナウンスが響く。


『これまでの試合で一度もパンチを受けなかった挑戦者!

 ついたあだ名はゴーストパンチャー!

 この決勝戦でもチャンピオンの拳をかわすのかーー!!』


リングに上がり、着ていたコートを脱ぎ捨てる。

俺の体を見たチャンピオンは絶句した。


「お前その体……それで勝負するつもりか……!?」


足元をふらつかせながら俺は最後の言葉を振り絞った。



「うるへぇぇ! 食べ物もすり抜ける辛さが

 お前にわかってたまるかぁぁ!!」


試合開始のゴングは、俺がリングで倒れてから鳴らされた。

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