15
店の中は、まさに古民家を改造した感じの、素朴なあったかい雰囲気だった。11:00。開店直後なのに、意外に人が入っている。日曜だからかな。
シオリが「和牛丼二つ、できますか?」とお店の人に聞くと、「ええ、大丈夫ですよ」とのこと。やった!
そして。
「お待たせしました」
「!」
お店の人が持ってきてくれたものを見た瞬間、俺は度肝を抜かれた。
固形燃料で温めるタイプの小鍋に、キノコとだし汁が入っている。肉は生の状態で皿に置かれていて、トレイの上にはご飯と小さなかけ蕎麦、温泉卵、フルーツなどが並んでいる。「和牛丼」という名前のイメージからはかけ離れているが……2,500 円という値段にふさわしい……というか、むしろそれ以上とも思える内容だった。
「いただきまーす!」
さっそく俺は肉をだし汁にくぐらせる。
「しゃぶしゃぶと同じくらいの時間でいいげんよ」
シオリのアドバイスに従い、肉の赤みが少し残るくらいになったら、引き上げてご飯の上に乗せる。ああもう、旨そうなにおいが……たまらない。さっそく口に運ぶ。
……!
旨すぎる……思わず顔がほころんでしまう。味付けは薄くも濃くもなく、絶妙だ。キノコから出ている出汁がとてもいい風味。これは、マイタケかな? 俺、マイタケも大好きなんだよな……
蕎麦も香りが立ってて美味しい。ツユがまたいい感じだ。なんか、独特の甘みがある。
「おいしいやろ?」満足そうな俺の顔を見たシオリもニコニコ顔になる。
口の中いっぱいに蕎麦を頬張っていた俺は、笑顔のまま無言でうなずいた。
---
「まだ出発までだいぶ時間あるよね? カズ兄ぃ、珠洲の海岸って行ったことないやろ? 行ってみんけ?」
二人で和牛丼を堪能した後で、シオリが言う。
「いいけど……この時期じゃさすがに泳げないだろ?」
「誰も泳ぐなんて言うてないわいね。ウチ、カズ兄ぃと一緒に行きたいところがあるげん。ほやさけ……ね? 行こ?」
「って、どこに?」
「うふふ……ひ、み、つ」
……。
ま、まさか……ホテルとか、言わないだろうな……コイツ、意外に肉食系女子だからなぁ……未経験のくせに……
---
珠洲道路をまっすぐ東に向かい、国道249号に入ってすぐ、シオリは軽トラを右折させて海岸に向かう。
海岸の手前に噴水がある公園のような広場があって、そこの駐車場にシオリは軽トラを停める。俺たちはそこから50mも離れてない海岸に向かって歩いていく。
どんよりと曇った空を映した海は灰色で、夏に見た能登島の真っ青な海とは似ても似つかない。だけど、海の水そのものはとても綺麗だ。透明度が高く、底までよく見える。
あれ……何だ? 切り立った崖の上に草木が生えている、縦長の島……というか岩? が、目の前の海の中から空に向けて突き出ているんだが……
「
そうなのか……確かに昔の軍艦みたいな形をしてるな。桟橋のように島に向かって石が並んで道ができてるけど……島の手前で海に沈んでしまってるな……
「ここは縁結びで有名な場所ねんよ。ここから能登町の
「いや、知らないよ」
「えんむすびーち、って言うげん」
……。
何そのストレート過ぎるネーミング……
「ほやさけ、ウチ、カズ兄ぃとここに来たかってん。ほら、あそこに鐘があるやろ?」
シオリが指さす方向に視線を向けると、すぐそばに、高さ3mくらいの、くさび形をしたオブジェがある。近づいてみると、1mくらいの間隔を開けて垂直に立っている二本の角材の上部を、梁と屋根の形をした角材がつないでいた。その梁の中心から小さな鐘がぶら下がっている。
正面から見ると、梁の部分に「見附ー恋路」、左側の柱に「NOTOえんむすびーち」とそれぞれ書かれていた。右側の柱の手前に、四角すいの屋根を持つガラスケースがあって、その中に小さな観音像がある。
「この鐘をカップルで鳴らすとぉンね、その二人は末永く幸せに暮らせる、っていう話ねんよ。ね、カズ兄ぃ……ウチと一緒に、鐘、鳴らさんけ?」
シオリが照れくさそうに頬を染める。
なるほど。それがコイツの目的だったのか……ったくもう、かわいらしいこと言いやがって……
でも、俺もシオリも、もう互いに告白したようなものだからな。恋人同士って関係になった……と言っても、いいよな……?
「ああ、もちろん」俺は微笑みながらうなずく。
そして俺たちは手をつなぎ、互いに空いている手で鐘から垂れ下がっているひもを掴むと、左右に振る。
俺たちの新しい関係の始まりを告げる爽やかな鐘の音が、能登の海に鳴り渡った。
連作短編:能登シリーズ Phantom Cat @pxl12160
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