第2-6話 水中戦

イーナさんの紹介してくれたバイトは、シャトルタンカー積載のマリンワーカーのパイロットだった。内部での作業予定はないので、浮上して接岸までコックピットにすわっていればいい。ワーカーを降ろすときも、港の作業員と交代することになっている。各機2人乗りだが、レオはネイラと同乗した。

指定された集合時間にバックヤードに集まると、蛍光オレンジのジャケットの港湾作業員のおじさんが待っていた。ワーカー専門なのか、屈強な肉体労働者には見えない。物腰といいオペレーターのようだ。

廃棄物の積み込みが終わると、出港し、5000mまで潜れる廃棄物を乗せたドローンを海溝の上で分離し、ドローンで皿に潜ってから投機ポイントへごみを捨てる。

海溝の最深部では、超深海作業用のロボットが常駐しており竪穴を掘削してごみを管理している。万が一の海底地震などの対策用である。大陸プレートが潜り込むので、長期的には投機物はプレートに巻きこまれ、長大な時間を経てマントル層に到達する。人間が地上で山間のコンクリの地下道に保管するより、よほど安全である。

それでも、これを海洋投棄といい反対する強硬な活動家はいる。

音乃たちがコクピットに収まると、数分後に通信機から、出港準備の指示が艦橋から入った。船のエンジン音が徐々に大きくなる。

コックピットのモニターに注水の様子が映っている。これは、ワーカーのカメラではなく、タンカーのマストに取り付けられたカメラの画像である。


出港して30分後、艦内放送で、

「ドローン分離準備!」

が発令された。ガコンという振動が上の方から聞こえた。ドローンは、タンカーの背中にドッキングされているのだ。タンカーは一般的な潜水艦と同じような円筒形のシルエットだが、艦首部分に艦橋、その後ろに客室。その後ろはフラットで、ヘリポート兼ドローンデッキになっている。間もなく艦内放送が

「分離完了。ドローン潜航位置へ移動」

ワーカーのモニターにもドローンの位置がレーダースクリーンに表示されている。

海溝の上で、ドローンのアイコンが停止した。

「ドローン潜航開始」

ドローン潜航指示がでると、スクリーンの端から2つのアイコンが現れ、ドローンに向かっている。ドローンには低レベル放射性廃棄物をガラスで固めたインゴットである。ドローンは、投棄ポイントになるべく近くまで潜水してカーゴを開く。

落としたインゴットは位置を追跡され、ある程度ずれた位置に落ちると、超深海作業ロボットが回収に向かう。

接近中のアイコンはドローンに向かっている。この深度は、まだクジラなどの生活圏ではあるが、音響は明かに生物のものではない。

「マリンワーカー01,02、出動してドローンに接近中の移動物体を確認し、接触を阻止せよ!」

海中では、レーダーも光学センサーもほとんど役に立たない。音響探知機いわゆるソナーが唯一の頼りだが、解像度が低いうえ、相手に察知される為こちらから発信するアクティブソナーは使えない。相手が敵性のテロリストなら攻撃される可能性もある。

音乃機のメインモニターにネイラのワイプ画像が映った。

「ノン?どうするの?話が違うじゃない?」

言ってる間に、デッキに注水が始まり、発進口が開いた。

「ノンは船体につかまっといて。あたしが見てくるわ」

ネイラの操縦は見事で、発進口から頭部を出すと、推進器を一切使わず、前腕を、ハッチに引っ掛けて腕力だけで海中に出た。ネイラのパイロット志望は口だけではないようだ。操縦センスが抜きんでている。クラブ活動でも、才能は垣間見えていたが……。

ネイラはワーカーを巧みに操って、ドローンに接近していく。ネイラのワーカーのカメラ画像は共有されているが、ライトの届く範囲では、何も見えない。命令は目視で、ドローンから離れるように警告、最悪の場合戦闘の可能性もある。その場合は、後方待機の音乃にやくが回ってくる。

どうやらドローンに接近している相手も、マリンワーカーのようだ。かなりの大型で。長距離も単独で移動できるタイプだろう。

音乃たちに割り当てられた機体は、作業用色が強く、母艦から遠く離れることは想定されていない。海中の単独行動では動力も酸素も30分程度しか持たない。

共有カメラ画像にかすかにライトが見えた。相手機のものだ。音乃は、その照明の配置に見覚えがあった。某国の民生用ワーカーだが、軍用で開発されたものを一応デチューンして販売しているのだが、お国柄で、ちょっとした改造で、軍用スペックに戻せるし、輸出用の武器もそのまま装備できるという物騒なやつである。評判になったので、web記事で盛んに特集されていたのを、覚えていたのだ。

音乃は通信機に叫んだ。

「ネイラ、気を付けて。そいつ、危ない奴よ!」

ネイラ機は相手に照明で警告をおこなっているが、相手はドローンにとりついたようだ。

一機がネイラに逆警告を送り、タンカーからの通信で、相手がドローンのケーブルを切断しようと試みていることが分かった。低レベルとはいえ、放射性廃棄物である。奪われたら大事件である。

一機のアイコンが、ドローンを離れて、ネイラ機に向かった。

ネイラは急いで帰投を始めたが、やはり相手は、チューンアップしているようで、速度はネイラを圧倒している。

「これはあかん。撃ってええんかな?」

ネイラも音乃も一応武装している。このクラスのマリンワーカー戦では、豆鉄砲レベルだ。嘘だ、逆である。ガチの戦闘用だ。

マリンワーカー用の武器はそれほど種類が多くない。脅しのための武器なので、やたらとでかく大げさで、そうそうぶっ放せるものではない。ワーカーサイズのバズーカ砲で、スーパーキャビテーションガンという。一言でいうと、超高速の魚雷を撃つ銃だ。しかし、追尾能力がないため、狙って撃って外れれば終わりである。威力はマリンワーカー相手には明らかに過剰で、脅し用たる所以である。

音乃はずっと照準している。艦橋から指示が来た。

「目標マリンワーカーE1。01警告射撃せよ」

つまり当てるなということだ。ま、照準もソナーなので、レーダーと違って、位置情報もワンテンポずれる。よほど訓練しないと、そうそう当てられない。音乃は、安心して発射した。

魚雷の接近を察知したマリンワーカーは、ネイラの追跡をあっさりと諦め、反転して逃げ出した。追跡していた軌道を、そのまま引き返したので、本来ずれるはずの照準の誤差がなくなった。直撃ではなかったが、マリンワーカーの近くで爆発したらしい。敵マリンワーカーE1は爆風で大きく跳ねた。

だが、吹き飛ばされたのはネイラの02も同様であった。ネイラ機は、海溝の縁に激突した。

ドローンにとりついていた、もう一機のマリンワーカーは、ドローンを放棄して逃げ出した。

「ネイラ、大丈夫?」

「あかん。海底に推進器が埋まってしもた。動けんわ!」

ネイラが発艦してから20分ほど過ぎていた。ネイラ機にはレオも乗っている二人分では、予備が倍量でも酸素の残量が心配だ。

「ネイ、今助けに行くわ!」

音乃はシャトルタンカーから離れた。

ネイラ機までは、全速で10分はかかる。救出にどれくらいかかるかわからないが、手際よく済めば、ぎりぎりネイラ機の酸素は持つだろうか。2機のワーカーのパワーは相当のものである。重機が二台なら、救出は楽なはずである。

近づいてみると、状況は思ったより悪かった。ネイラ機のアームは片側が破損していて使えそうにない。音乃は、ネイラ機の破損した片腕をひっぱった。

「ネイ!ふかして!」

埋まった推進器から土煙が上がり、視界が遮られた。

「アカン。完全にスタック状態や」

音乃は、ネイラ機の背中からキャビテーションガンを取るとネイラ機の埋まった推進器と海底の隙間に差し込んで梃子で推進器を浮かせた。

「ネイふかして」

ゴボゴボという水が空間に流れ込む音がすると、ネイラ機が大きくかしいだ。

脱出成功だ。

「ネイ酸素は?レオは大丈夫?」

「あかんもうほとんどない。急ぐで」

ネイラ機は片腕を失ったせいで重量が減ったのか、速度は音乃機よりも早い。

ハッチに飛び込むと、急いでデッキの排水が始まった。

レオは大丈夫だろうか?

コックピットのハッチが開くと、ネイラに続いてレオがでてきた。機体の周りを人が取り囲んだ。救急チームの姿も見える。

「ネイラ、操縦が上手いね。間に合わないかと思ったよ」

などとしれっとレオが言う。

音乃が心配げに

「あんた、空気は大丈夫?一人分しか積んでなかったんでしょ?」

横からネイラが言う

「私は呼吸せえへんから、全然大丈夫や」

ムーンピープルは、体内で炭酸ガスを酸素に還元できるのだった。さすが宇宙開発用サイボーグである。
















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月のネイラ cocoron @KILON

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