第2-5話 ボディ・ハッキング

一息つくと、ネイラが話し始めた。

「基本的な話だけど、ノンって、サイボーグは、電脳空間に入って、変なイメージのオブジェクトを壊したり動かしたりして、ハッキングできたりするとか思ってない?」

「思ってるわよ、電脳化ってやつでしょうらやましい」

レオが後継いだ。

「それ都市伝説だよ。そんなことできたらネイがAIフォンを持つ必要はない」

「でもネットの膨大なデータにはアクセスできるんでしょ?」

「そんなの知らない。見たことないし。でも世界中のサーバーの合計容量だとすれば、えらいことだろうね」

「そもそもサイボーグもムーンピープルも人間の一種なので、ボディを、他の機材と、デジタル接続することは禁止されてる。あくまでスタンドアローンな存在なんだ。ムーンピープルは例外的に通信機を体内に搭載してるけど、それもアナログ変調してるんだよ。極端に言うと、一度スピーカーで鳴らしてマイクで受信してるわけ」

「何そればかばかしい」

「あたしらはあくまで人間だからね、体を乗っ取られたら大変やで」

「さっきのネイラの体内AIを無効化したのはマーキュリー301用の裏技で、デジタルコマンドをアナログのノイズにして聞かせたんだ他では使えないし、すぐにバグフィックスされると思う。ちなみにメーカーに通報したら結構な賞金がもらえるんだよ」

「でも、今どきの機械でデジタルデバイスと接続できないとメンテナンスもできないじゃない?」

「一応物理ポートはあるのよ」

ネイラは股間を指さした。股間にデジタルポートと、スイッチらしきボタンがいくつか見えた。

「何よそれ変態っぽい。いやらしい」

「これは、ロボット三原則を考えたアイザック・アジモフ博士の発案やねんで?考えてみいや?股間やったらうなじなんかよりアクセスしやすいし、隠しても守っても、不自然とちゃうやろ?」

「いわれてみればその通りだ、偉大な学者は発想が違う」

「で、ネイは、何がしたかったわけ?」

「この体のいろいろな機能をアンロックしてもらいたかったんや。でも、ノウちゃんの管理下では、それは無理や。で、適当な理由を考えて、ノウちゃんを説得して、ノンを誘ってここまで来たんや」

「アンロックするとどうなるの?」

「単純に出力が上がる。生身の5倍くらいの筋力が出るな。あと、全身に内蔵されたバーニアが随意で点火できるから、空は飛べなくてもジャンプ力とか上がるで」

「そんなことしてなにするの?」

「もちろん身体を盗んだやつを捕まえてボコるねん」

「犯人が判らないのに、制裁だけ考えるのは不健全だわ」

「相手はテロリストやで。戦う準備は必要や」

ま、それはそうかもしれない。

「で、レオ、作業はどれくらいかかるの?」

「すぐに終わるけど、サイボーグの機能をアンロックすることは結構な重罪だ、何しろ、人の命にかかわるからね」

「だからノンにはだまってたんやで?」

なんとなく恩着せがましいのが癇に障る。

「じゃ、さっさと済ませなさいよ」

「まず、ボディのAIをスリープさせないと」

ノウちゃんを眠らせるのか。

「これは、物理的作業になるから、中身をいじらないとだめだ」

「もう一つ。再起動時に、ネットワークに違法改造の警告が流されるから、再起動後は、しばらくこの部屋にいてもらう」

「わかったから、早く済ませて頂戴」

「ネイラ、始めるよ?」

レオが問うとネイラは、何か覚悟を決めたように目を閉じてうなづいた。

レオは、AIフォンからつながるケーブルを、ネイラの股間に差し込んだ。

どう見てもエロシーンである。

ネイラは

「ン……」

小さな呻き声を出した。

これはやっぱりエロだろ?でも、世間的なエロ要素は何もないから、動画にとって公開してもいいんじゃないかしらん。で、思わぬ大反響で閲覧数爆上げ。

音乃の妄想中に作業は終了したらしい。音乃は、ネイラの声で我に返った。

「終わったで」

「どう?ス-パーパワーは?」

「そんなん判らん外で試そう!」

言い終わらないうちにネイラは部屋の外に出た。

レオが叫んだ

「ちょっと待てまだ外に出るな!ボディが、サーバーへのアクセス不能を返してからだ……」

もう遅かった

「改造が知られたらどうなるの?」

「実はピープルのボディはレンタルなんだよ、勝手な改造は契約違反だから莫大な違約金をとられるんじゃないか?」

「ノウちゃんに聞いてみれば?」

「知らんて言うてるで?」

「ボディのAIには改造は認識できないように細工してある」

レオは有能だ。ネイラが間抜けすぎる。

とりあえずもう世間にばれた、改造したムーンピープルは凶器扱いである。シャトルタンカーに乗れない。水深1000mから、泳いで戻るのも無理だ。

どうやって帰るのか?悩んでいてもしょうがないので、人気のないところで、ネイラのパワーを試すことにした。中央広場をめぐる回廊は、昼休みや夕刻にジョガーが使う程度で、今は誰もいない。

「あっちの角まで走ってみなさいよ」

音乃は、直線通路を指さした。100mほどか。突き当りには、植物のパーテ-ションがある。

「よーい、ドン」

ネイラは一歩目でスリップしてスタートに失敗した。

それでも50mくらいまでは、並のアスリートクラスの速度で走り、限界と思われたあたりで背中と仙骨のあたりに、ノズルが付きだしてきて噴射し、猛烈な加速を見せた。そしてそのまま、植え込みに体当たりして逆立ち状態で止まった。

音乃は、恐る恐るネイラに近づき、無事を確かめた。

「ネイ。やっぱこれは危ないわ。元に戻したら?レオ、できるんでしょ?」

「あかん犯人逮捕までこのままでええ。心の強さで制御するわ」

ネイラはあてにならないことを言う。

ネイラを救出していると、音乃は、発着場で話した、水中用のムーンピープルを見つけた。

「こんばんは。昼間はどうも。この子が上で探していたネイラと友人のレオ君です」もう19時を回っていた。

「あら、こんばんは?こんなところで何をしているの?ネイラちゃん?きれいなボディね、スカイリン教授のむすめさんよね?昔研究室で会ったことがあるのよ、まあ、この外見じゃわからないでしょうけど」

ムーンピープルは頭を下げた。のヘルメット様の頭蓋シェルはモニターになっているのだ。ヘルメットに、若い女性の写真が表示された。

「イーナさん?ここの開発スタッフなの?」

「海底資源調査チームの本部長よ」

偉い人だったのか。そりゃ、物理的な作業はロボットがやるから、ムーンピープルは、ほとんどが監督業務や管理職になる。

音乃は、ネイラを隅に手招きすると、イーナというムーンピープルについて質問した。ネイラとの関係や融通が利きそうな人か、性格はどうかなど。

「地上に戻るのにこの人に相談したらどうかしら?」

「理由は?」

「金がない、バイトしたい。でどう?」

「まあ聞いてみる」

ネイラは、イーナのところに走っていくと、二、三言話すと、意気消沈した様子で戻ってきた。

「どうだった?」

ネイラは満面の笑みを浮かべ、両手で大きな丸を作って見せた。

クソバラエティの真似なんかせんでいい。

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