第2-4話 ネイラ犯される

シャトルタンカーは武装していないが、海賊対策に、例のマリンワーカーを搭載している。先の波頭で見かけた2基である。水中用ワーカーは、高い水圧に耐えるために陸上用や宇宙用よりも非常に頑強な作りで、それに伴い大出力のジェネレーターを搭載している。重量級の機体積み込みの振動は、客室にも伝わってきた。

タンカーは、タキシングで、突堤を離れると潜水を開始した。停船状態からなので、船体は水平のままだ。客席に窓があるが、深海に潜るので分厚いガラスで外はやや歪んで見える。外の風景が見えたのは、潜水開始から10分ほどで。潜水開始位置は、すでに水深が深いのですぐに外は真っ暗になった前の方の席から子供が、クジラだ!と叫んだのが聞こえたが、音乃は見つけられなかった。音乃は、シャトルには何度も乗っているのですぐに寝てしまった。到着までは1時間ほどだ。

音乃は、到着のアナウンスで目を覚ました。

隣のネイラを肩でつつくと、こちらを向いたので起きていたようだ。

大した荷物はないので、席上のケージから、ナップサックを降ろし通路から人が減るのを待って搭乗口へ向かった。

表のゲートで、ネイラはバットを返してもらった。

AIフォンでハオ君の家を探す。水中都市は、紡錘上のタワーを何本か束ねた構造をしている。彼の家は、ドックがあるこのタワーの居住区のようだ。だいぶん上階に昇らなければならない。

エレベーターを何本か乗り継いで、目的階に到着した。通路には、似たような扉がいくつも並んでいる。学生寮のようだ。というより、社員寮か。

0327号室である。不用心にも、扉が薄く開いている。ネイラはバットを握りしめると通路の真ん中でスイングを始めた。音乃は小声でささやいた。

「あの部屋よ……」

「行ってくるわ」

「ちょっと考えなおしたほうがいいんじゃない?」

「最初にガツンとやらないと」

「何をガツンとするの?」

「こっちの言うことを聴かせるのよ?」

「身体を返せ?」

「……」

いがいにもネイラは口ごもった。

「本気で彼が体泥棒の犯人だろうと?」

「急に色々聞かないでよ?」

ハオ君がネイラの体を盗んだ可能性はまず皆無である。

証拠もないし問い詰めることもできまい。

「じゃああんたなにしにきたのよ!」

ネイラは口に人差し指を当てて「シー!」のポーズをとった。

そして反対の手の指で、頭を指した。

意味が解からない。

ヘルメットに丸を書いて点を打つ。

ノウちゃんに秘密にしたいということか。

察するにノウちゃんは、ネイラと表層的な思考を共有したり会話はできるようだ。

しかし、深層の思考はよめないようで、要するにネイラはノウちゃんに秘密で悪だくみをしているのだろう。

とりあえず。ハオ君と会って、どういうことか当たりをつけるしかあるまい。

ドアベルを押すと人の気配がして、間もなくドアが開いた。

背は低いが、細身の金髪を短く刈った少年が現れた。

音乃も見覚えがある顔だ。記憶よりも面長だ。成長したのだろう。

相手もおぼえがあるようだ。しばらく考えるようなしぐさをしていたがすぐに不安げな声で

「宙井さん?」

と問いかけてきた。

すぐに後ろのネイラに気づき

「そっちの人は?」

ネイラはさっきのポーズをとった。ハオ君には通じたようで彼は奥に引っ込むと大きめのAIフォンを持って戻ってきたネイラの耳に何かのノイズを聞かせると

「30秒だけだよ」

ネイラは

「レオ君ネットニュースに出てたでしょ?ホワイトハッカーの大会で上位に入ったとか」

「うん。企業の主催の小さな大会だけどね。よくしってたね?」

「私をハッキングして欲しいの。お願い!」

「その前に君は誰?」

「この顔に見覚えがないと?」

「あんたに告られたんやで?」

「もしかして、スカイリンさん?」

「ロボットじゃん」

隣で聞いていた音乃は思わず

「レイ君には、この脳みそが目に入らぬか?」

と突っ込んだ。

「全員知り合いなんだから水臭い。レオでいいよ」

「ムーンピープルだろ。まあ、中に入りなよ」

そのタイミングでノウちゃんの目玉がヘルメットの上に浮かんだ。

レオ君の部屋は典型的な機械オタク部屋でわけのわからない機械や、作りかけの機材が、部屋中に転がっていた。足の踏み場もない。

おそらくはレイ君の寝床と思われるところのスぺースを作ると、ネイラは、音乃の背中を押して部屋の外に追い出した。

「何なのよいまさら?」

「知らんほうがええ。ここからは、犯罪やねん」

追い出された後、音乃のドアに耳を押し付けて中の様子をうかがうと

レオの声が聞こえた

「じゃあ、パンツを脱いで、横になって、脚を開くんだ。」

何だこの会話?ネイラがパンツなんかはいてるところは見たことがない。

それでも中からごそごそという音が聞こえた。

「ほんとにいいんだね?」

ネイラの返事が聞こえた。

「ああ~ン」

生なましい嬌声?

音乃は、きけんな雰囲気を感じた。止めるならタイミングは、今しかない。

音乃は扉を蹴飛ばして開けた。

「あんたら何やってんのよ?」

音乃の怒号が響いた。

ネイラとレオ君は、しばらく顔を見合わせた。

そしてしどろもどろにネイラが答えた

「違うねん。ノンが考えてるようなことやない。そもそもこの身体でエロいことは無理や」

「じゃあ何なのよレオ君立派な変態に育ったわね?」

「何言ってんだよ?ネイラ説明しろよ」

中にはM字に開脚して横たわるネイラと、AIフォンを片手に股間をのぞき込むレオがいた。ネイラはおなかのふたを開けて何やら説明しているようだ。

なんでこの娘は、自分の中身を見せたがるのか?

生身の時は露出狂だったんじゃ?

レオがネイラの中から、白い液体が流れるチューブを持ち上げると、ネイラは

「あっ、それダメ!ああー」

と奇妙な呻き声をあげた。

「あんたら何やってんの?」

「レオ君変なフェチに染まったようね!立派な変態だわ」

「違うぞ。話せばわかる」

「ノン、ちょっと待ってーな。今大事なとこやねん」

「パンツって何よ?」

これだ。レオは、傍らにあった、薄手の樹脂製のプレートを差し出した。

臀部の形に造形してあるのでパンツに見えないこともない。

「何その辺たちっくなアイテムは?」

ネイラが叫び声に近い大声で答えた。

「股間の保護カバーや。つまりパンツや!」

音乃がすかさず突っ込む。

「あんたが股間を保護して何の意味が?私は、変態の逢引きにつきあって、深海まできたの?」

「だから交通費は出したじゃん。」

「この変態ロボットの時間泥棒」

「サイボーグをロボット呼ばわりするのは差別よ。まあ聞いてや」
















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