第2-3話 海底都市へ
まあ、警察に相談するには根拠が乏しすぎるし、かといって誰にも相談せずに行動するのも何かあった時に言い訳のしようがない。
とりあえず、先日やってきた保険屋の兵頭氏に意見を求めた。また彼ならば、その後の捜査状況など最新の情報を入手しているかもしれない。
ネイラが電話を入れて話してみたが、当ては外れた。捜査に進展はないようだ。音乃はせかすネイラに従って、二人で海底都市に向かうことにした。S-IOSIMA2と呼ばれていた。最寄りの陸地が、南硫黄島だからである。急峻な島孤の中腹辺りに張り付いている。水深1000メートルほどシャトルタンカーの安全深度が2000メートルなので、かなりの深海である。安定した海盆に到達するには、そこからさらに2000メートルほど潜らなければならない。深海への中継基地である。
ロケットの打ち上げ場まで連絡橋を渡り、打ち上げ場から連絡船が出ている。直線距離にすると、日本本土よりグアムのほうが近いくらいの場所だ。海底都市は南海トラフに多数建設されており、火山地帯特有の莫大な鉱物資源の採掘と海溝への廃棄物処理基地のコンビナートがある。
音乃の小遣いでは交通費が結構負担なのだが、ネイラが半分負担してくれた。
ネイラはファストフード店などのクラス会にも一緒に行くし、彼女は飲食ができないのだが、参加費といって割り勘分をいつも出す。なので、見かけの異質さをのぞけば、クラスの中に溶け込んでいる方である。そもそも、家庭的に裕福な様子だし、服や食費もいらないとなると、お小遣いを使うこともないのだろう。今度コンサートにでも誘ってみようか。
打ち上げシリンダーまでの連絡橋が700クレジット、海中トラムが3000クレジットである。
早朝にロブ4のショッピングモールで待ち合わせた。巨大なロケットのオブジェが展示してある広場である。音乃は打ち上げシリンダーまでのシャトルバスの時間を確認して、スケジュールを組み、ネイラと待ち合わせた。
時間になると、金属バットを持ったネイラが現れた。
「これええやろ?昨日届いたんや。ネットのスポーツ用品店で注文してん」
「野球なんてやったことないでしょ?何に使うのよ?」
「武器なしで敵地に乗り込むなんてありえへんで?相手はビルを爆破するような爆発物を持っとる。絶対に重火器を隠し持っとるわ」
海底都市のセキュリティは非常に固い。このバットも持ち込みが許可されるか怪しいレベルである。
ショッピングモールは高層ビルで、展望階から見ると、打ち上げシリンダーまで一直線で海上を走っている。車かバイクで走ればさぞや気持ちがいいだろう。二人は、ハイウエイを並走する鉄道に乗った。小ぶりな車両で、長身な外国人ならば入り口で頭をぶつけるのではないか。またシートも窮屈である。観光客や一般人を想定していないので、樹脂製の固いベンチである。ロケットの搭乗員や作業員が対象である。
ましてやムーンピープルにとっては何ら苦痛ではあるまい。それ以前に、彼らは座ることに意味があるのか?ネイラはバットを脚の間に立ててグリップを両掌で包み、額を押し当て、輪郭線が赤く発光しているかのようだ。ただならぬ雰囲気である。ノウちゃんがしっかりいなしてくれないと、とんでもない大事が起こるかもしれない。
連休初日なので、学校は休みのはずだ。
音乃が母親に訪ねたところ、レオナルド家に問題はなく、両親は決してテロなどに関係するような人物ではないという。子供が起こせるような犯罪ではないので、家庭で社会運動などに参加しているようなケースであれば犯罪性向の仲間がいる可能性もあるが聞き込んだ程度の情報では怪しいところはない。
学生運動が盛り上がっているようなこともないし、レオナルド=ハオ君の個人的な交友関係に問題がないとは言い切れないが、疑う根拠は現状全くない。
列車が連絡橋を渡ると、管制センターを兼ねたターミナルビルに入っていった。ここで連絡船に乗り換えである。
窓から見ると、筒を二つ重ねたような打ち上げシリンダーが見える。外側の筒とうち筒の間に海水を落としてリフト用の圧縮空気を作り、ロケットの初段の燃料を節約しているのだ。シリンダーの中は次の打ち上げ準備中のようで、クレーンが盛んに上下している。
連絡船の出発まで、時間があるのでホールでネイラと別れ、一人でビルの屋上の庭園に向かった。ようやく海を感じられる。潮風と海水のにおいが身を包んだ。
目の前に広がる海を見下ろすと、遠くに大型クルーザーが停泊していた。ホエールウオッチングなどの観光用だろうか?
豪華客船の定期便はないので、どこかのセレブのヨットだろうか?青い空と紺碧の海、そして白く輝く客船の姿はまるで絵画のように美しく、音乃の心を奪っていく。この風景を見た瞬間、自分の存在の小ささを感じざるを得ない。
庭園は広大で、人でひしめいている。屋上庭園には相当数の樹木が植えられていて、幾分山土の匂いもする。人工の林だが天海島も、緑が少ないので、ここには緑を求めて人が集まっているようだ。土のにおいがする。
風向きのせいか、今は海の風情が強く磯臭い。しかし、それも不愉快ではない。
林の中をぶらぶらしていると、見慣れた後ろ姿にぶつかった。
「ネイ?ロビーにいたんじゃなかったの?」
相手が振り返ると、顔はネイラの肉面ではなくのっぺらぼうの顔面で、目の高さに水平のスリットが入っただけのマスクだった。ネイラとは別のムーンピープルだ。比較的小柄な「マーキュリー301型」と言う奴である。やっぱりネイラと同じように頭部は透明なシェルで脳みそが鎮座している。確かに、これならばロボットと間違うことはない。よく見ると、このムーンピープルは脚のひざから下が通常のタイプと違う。足ヒレがついている。ムーンピープルとは極環境での作業に従事するために機械化した人間の総称だ。
この人物は、海中作業のためにムーンピープルになったのだろう。
「ごめんなさい。人違いでした。友人とよく似ていたので」
音乃は謝罪した。
ムーンピープルの女性は首をかしげた。
「もしかして、マーキュリー301でソフトマスクの子かしら?」
「その子です。ネイラ=スカイリン」
「スカイリン?スカイリン教授の身内かな?教授は月に行ってるはずだけど?」
「多分その人です。ご存じなんですか?」
「そりゃ、教授は有名人だから。ネイラちゃんが、ムーンピープルになってたのは知らなかったわ。宇宙暮らしをしたいっていうのは聞いていたので、いずれそんな日も来るかと思ってたけど、まだ高校生でしょ?」
「月の大学に行くため、と聞いてます。で、どこら辺にいましたか?」
「ついさっき見かけたけど、この庭園の反対側かな?」
そう言ってムーンピープルは庭園の中央に突き出した、エレベーターシャフトを指さした。
屋上から突堤を見るとすでにシャトルタンカーが突堤に接岸しており、ボーディング・ブリッジが船体とつながっていた。
荷の積み込みに、2台のマリンワーカーが作業をしている。潜水服をパワードスーツ化して全長を10mほどに大型化した作業用のロボットである。低レベルとは言え、放射性物質をあつかっているので、マシンもみはりも武装している。ただし、ワーカーが装備しているのは、スーパーキャビテーションガンという水中銃で、水上でのテロ攻撃には役立たないだろう。もっとも打ち上げ場には、それなりの警備がなされているはずだ。
ブリッジを渡って船内に入ると客室はやや狭い印象だが、中型の航空機と同じくらいだ。
基本的に輸送船なのだが、それなりの旅客量があるので、増設にしては十分にきれいでよい設備が付いている。特にシートはゆとりをもって配置されており。クッションもいい。
打ち上げ場までのトラムとは比較にならない。おそらく海底都市には生身の人間の移動が多いのだ。
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