異な人

清水優輝

縛る人

 伸二が6歳の頃である。彼は住んでいた古いアパートの黴臭い押し入れの中で、息を潜めて体を丸くするのが好きだった。家族が出かけている際や、母親が台所に立っているとき、人目を盗んでは度々押し入れに忍び込んだ。その場所は彼に安らぎと癒しを与えた。

 だが、伸二は物足りなさを感じていた。押し入れの中に家の座布団を集めて腹の上に乗せてみた。悪くない。次は敷布団をぐるりと体に覆ってみた。窮屈で心地良い。しかし少しでも体を動かせば、それらは崩れてしまい長続きしなかった。

 そうこうしていると、物音を聞きつけて母親が押し入れの戸を開けた。押し入れの中で布団に包まり、火照った息子と目が合う。母親はふしだらな一人遊びをしていると思い込み、その場で伸二を折檻した。

 伸二の密やかな楽しみはそれ以降禁止された。押し入れを開ける音を聞くや否や、母親が部屋に飛び込んでくる。布団を出すために押し入れの戸に手を掛けるだけでも睨まれ「悪いことはしないでしょうね」と言われる始末。父親や姉までもが伸二を見る目が冷ややかで、伸二が決して家で一人にならないよう家族から監視されていた。

 人は禁止されたものほどしたくて堪らなくなる生きものであり、伸二も例外ではなかった。

 ある朝、伸二はいつものようにランドセルを背負って家を出た。学校へは行かず、家の前の茂みで家族が家から出るのを待った。父は会社へ、姉は学校へ、しばらくすると母親が町内会の集まりへ出かけた。伸二はこの日のために念入りに準備をしていた。予め鍵を開けておいた寝室の窓から家に侵入し、押し入れへ入った。

 体を動かすとよくないのだから、動かなければよい。そう思いついた伸二は押し入れの布団を整えて下に潜るとランドセルに入れておいたビニール紐を取り出した。自分の体にでたらめに巻き付けて、動けぬように縛った。

 こうして彼は押し入れの中、紐に拘束された状態のまま敷布団に圧迫された。伸二は不自由と快感を存分に満喫し、夕暮れまで過ごした。

 母親が買い物に出てる間に、ハサミで紐を切って押し入れを出た。母親が買い物から帰ってくる前に家の前に出て、学校から帰ってきた振りをした。大成功だった。

 それから彼は何度か押し入れの中で自分自身を縛り付けた。10代になるとその思い出を忘れ青春に熱中したが、家を出て一人暮らしを始めるとふと思い出し、今ではお金を払って女性に縛ってもらっているという。

 

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異な人 清水優輝 @shimizu_yuuki7

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