最終話 リフレインする言葉

 不通区間が再開通しないことが発表されたのは結局5時間後だった。


 もう、今日は先に進むことができない。


 羊蹄山から仕方なく札幌へ引き返した。


 時計を見ると9時を回っている。


 また僕はあの忌々しい宿に三度までも宿泊することになった。


 自宅までの切符はあるとはいえ、所持金がほぼ尽きてきた。このままではまずいことになる。


 3回目のチェックアウトでは、いつも無言の窓口の奥から珍しく声がした。


「なあ、ここはお前が来るような宿じゃない。もう二度と来るんじゃないぞ」

 そうは言われたが、最初に連れてこられたのは自分の意思じゃない。


「最初は僕の意思じゃなかったです」

 そう言うと、


「あとはお前の意思だろ。とにかく、ここは裏社会への入り口だ。もう、来たらダメだぞ」

 ゾッとしなかった。僕は返事もせずに宿を出た。


 そのまま再チャレンジとばかりに札幌駅に行く。


 幸いにも運転は再開されていて、函館方面に行きたくても行けなかった乗客で寿し詰めになった列車に僕は乗り込んだ。


 そして列車はまたもや不通区間で立ち往生することとなった。


「呪われてるな。僕」

 自嘲気味に独り言を言ってみたが、虚しくなった。


 結局函館にはまたもや5時間遅れで着いたため、青森行きの青函連絡船が無くなってしまった。


 もう、僕には怖いものはない。


 あの宿の人に警告はされたが、函館の観光案内所を尋ねて、どんな安い宿でもいいから、と告げると今度はビジネスホテル崩れの安宿を6000円で紹介された。


 もう、所持金は1000円しかなかった。


 そこで頭によぎったのは父の「困ったら開けなさい」のごつい字のメモの書いてある封筒だった。


 背に腹は代えられない。荷物の底の方を探すとくしゃくしゃになった封筒を見つけた。


 封筒は糊付けされていて、それを無造作に破って中身を改めると、2万円が入っていた。


「結局、自分では何もできないんだな」

 と、改めて無力さを感じた。


 僕はそういえば家に電話をしていなかった。


 母が電話口に出た。


「勇希、いまどこ? 大丈夫なの?」

 

「今函館だよ。大雨でなかなかたどり着けなくて。電話しなくてごめんね。それでさ。あの女の人、食い逃げしていなくなった」

 

「えっ」

 母は驚いていた。


「あの人、警察に逮捕されたのよ? 一緒にいたんじゃないの?」


「なんだって?」


「じゃあ一緒じゃなかったのね?」


「いや、札幌でジンギスカン食べていたらいなくなった」


 母の説明によると、エリコさんはあの結婚相手を刺した。


 なぜ刺したのかは教えてはもらえなかった。


 殺してしまったと思い込んだエリコさんは咄嗟に逃げてしまったが、彼は生きていて友人に連絡。

 

 友人の通報によってエリコさんは手配されていて、僕を置いて札幌ビール園を出たところで警察に身柄を確保されたのだそうだ。


 それを聞いた僕は、意欲も自信も喪失してしまい、翌日青函連絡船に乗り、父が困った時に使うように用意してくれた2万円を使って上野行きの寝台特急列車、「はつかり」乗って、逃げるように北の国を後にした。


 憧れの583系にこんな形で乗るとは思いもしなかった。


 帰宅後、僕は両親ともに警察に呼び出され、学校に呼び出され、始末書を書かされたり散々な残りの夏休みを過ごすことになってしまった。


 それでも、両親は僕の旅行を許可したことに一片の後悔もない、と警察にも学校にも言い張ってくれた。


 残った2枚の青春のびのび18きっぷを使ってどこかに行こうという気持ちにはなれなかった。


 告白しよう。36年経った今でもその切符は捨てられずにいる。


 その切符を見るたびにエリコさんの笑顔を思い出し、


「頑張れ、少年」

 というエリコさんの言葉が耳の中にリフレインする。


 男が相当ひどいことをしたのだろう、エリコさんには情状酌量が認められて執行猶予がついたと後で聞いた。


 僕がエリコさん会うことはないだろう。


 それでも僕はエリコさんに言われた通り頑張った。


 そう、僕は今日も種村直樹のように、旅をして、鉄道の写真を撮り、旅行記を書き続けている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

種村直樹と僕 Tohna @wako_tohna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ