第16話 敗走

 エリコさんが帰って来なかったので、僕は食事代を自分の財布から払って札幌ビール園を出た。


「あんなこと言って。嘘つきじゃないか」

 僕は涙をためながらすすきの辺りを歩いていた。


 同時に、


「どうしたんだろう。エリコさん、ひょっとしてあのオヤジに捕まったのかな」

 と心配をしたりしていた。


 僕は仕方なく、また昨晩のように大通り公園に出かけて宿をあっせんする男を探した。 


 すると、また性懲りもなくあの劇団の女が声を掛けてきた。


「お姉さん、このチケット、インチキだよね?」

 女の人は僕の顔を見て驚き、そして逃げて行った。


 結局チケットに書かれた演劇など、存在していなかった。エリコさんに喫茶店で見せた時、


「なんかそう言う詐欺が多いって」

 そう言われたから、芝居を打ってみたんだ。


 僕もまさか同じ女にチケットを再び売り込まれるなんて思ってもみなかった。


 なんだか憧れの大地北海道も世知辛いな、と思った。


 殴られるし、だまされるし。

 

 でも。ひょっとしたらあの女は北海道の人ではないかもしれないし、これでがっかりするのはよしておこう、そう思った。


 結局、2時間ほど待ってみたが宿をあっせんする男は現れなかった。


 仕方なく、僕は思いがけないことに昨日嫌で嫌で仕方なかったあの連れ込み宿に直接行ってみた。


 今思えば、中学生が自らそんな宿に自分の意志でいくのはどうかしていると思ったけど、その時はそれしか選択肢はないと思い込んでいたのだ。


「空き部屋はありますか?」

 宿でそう言うと、窓口の奥から、


「4000円」

 という声が聞こえてきた。


「6000円もぼったくりやがって」

 小声で毒づいて4000円を差し出すと、反対に差し出されたキーをひったくるようにして取り、また昨晩と同じ203号室に入った。


 昨晩と違い、僕はすぐに眠りにつき、朝まで起きることはなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 翌朝はあいにくの雨。


 というより、土砂降りだった。


 僕は折り畳み傘を差して札幌駅まで行き、函館行きの普通列車を待つことにした。


 順調にいけば、明日の夕方には東京の家に戻れる。予定外の食事代に、宿泊代。所持金は正直心もとなかった。


 大雨の中、札幌発長万部周りの函館行きは出発した。


 大雨でも今は夏の行楽シーズンだ。


 残念ながら僕は座席を確保することができなくて、デッキに腰を下ろしていた。

  

 それでも小樽を過ぎると席が空き、僕は何とか座ることができた。


 本当なら、隣にエリコさんがいたはず、そう思うとなんだか寂しいし、なんで嘘をついていなくなったのか腹立たしくもあった。


 羊蹄山の麓にある駅、倶知安でしばらく停車時間があったので湧き水を飲んだ。


 冷たかったが、雨のせいか気温も低くて身震いした。


 そして相変わらず雨の勢いは強かった。


 そして予想外の展開に。


 冠水したらしく、不通区間この列車の先にできてしまった。


 列車は3時間は停まっていただろうか。


 ここで僕の帰りの行程は破綻を来した。もう、乗りたかった青森発仙台行きの普通列車間に合わない。

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