第15話 僕の未来
「どうしたの急に? さっきのは冗談だよ?」
「分かってるよ。でも、こうしないと僕、」
エリコさんは僕の事をきつく抱きしめ返して、そして、
「ごめんね」
と小さく呟いて細い両の腕で僕の体を押して放した。
「あなたには幸せになって欲しいわ。だからこんな女にもう関わっちゃだめよ」
「そんなこと……」
恋愛なんて全く経験がないくせに。
バカなことしたな、僕はそう思った。
「もう、お腹の調子は大丈夫になった?」
エリコさんは再び僕に食事を提案した。
さっきのアイスティーが良かったのかどうかは分からないけど、随分調子は良くなっていた。
「助けてくれたお礼に、僕がご馳走するよ」
と、提案し返したけど、エリコさんに右手の人差し指を僕の唇に押し付けられて
「バカ言わないで(笑)。中学生に奢らせる大人はなんていないわ」
そう言って窘められた。
二人は札幌ビール園でジンギスカンを食べることにした。
「どんどん食べなさい。お金のことは心配ないから」
「そんな風に言われると却って心配になるよ」
エリコさんは大ジョッキを既に2杯空けていて上機嫌だった。
「明日、二人で函館に行きましょう。それから青函連絡船に乗って青森でお別れね。」
「でも、それだとどこかにもう一泊しないと家に帰れないよ」
行きはよいよい、帰りは怖いとはこのことだ。
結局用意周到だったのは往路の札幌までの行程だけだった。
後は泥縄式。全く自分に嫌気が差してくる。
「少年は、将来何になりたいのかなぁ?」
酔っぱらったエリコさんはなんだか色っぽかった。
シラフの僕はなんだか損した気分だった。早くお酒が飲めるようになりたい、そう思った。
「僕は種村直樹が好きなんですよ」
「誰? 『種村直樹』って」
「鉄道ファンならだれでも知っている、鉄道の紀行文の作家なんだ」
「作家になりたいの? 勇希君」
「うん、漠然とそう思ってるんだ」
エリコさんは、ふんふんと頷きながら、僕の頭をポンポン、と撫でる。
「僕は文章もきちんと書けないし、旅をした経験もほとんどないんだ。でも、種村直樹になることは出来ないけど、作家をめざしちゃダメかな」
エリコさんは今度は首を振りながら、
「君は何にだってなれるよ。大志を抱け、っていうじゃない? 誰だっけ、札幌に銅像がある人」
「クラーク博士でしょ」
僕は笑いながらそう言った。
「もう遅いから、そろそろ行こうか?」
僕はちょっと緊張している。
エリコさんと一緒にどこに泊まる?
この時期きちんとしたホテルが取りにくいのは昨晩十分体験済みだ。
「まあ、とにかくがんばれ、少年。君なら何にだってなれるよ!」
エリコさんはそう言うと、トイレに行くと言って席を離れて行った。
そして、この席には二度と戻ることはなかった。
結局ぼくが奢る事になった訳だ。
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