第二十章〜ダイアウルフ〜

「え、えぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜!?」

 前回のあらすじ【ローズマリーさんがなかまになった】とだけ言っておこう。

 そこで私がホムンクルスであり、製作者様が「ピュグマリオン」であるであろう事。

 そしてローズマリーさんが吸った血液の持ち主が製作者様であるという事を話した。

 話した結果、劇場版青狸のオープニングみたいな叫び声が響いた。

 勿論、声の主はローズマリーさんである。

「わ、私、知らなくて……クルスお姉様のご家族で、有名な方を……」

 ローズマリーさんは動揺で震えている。

「別に気にしなくて良いと思いますよ。既に死んでたわけですし」

 しかも「ご家族」と言われても話すらした事のない人なのだから情も無い。

「け、けど……わ、私大変な事を……」

「それでローズマリーさんが助かったなら良いんですよ」

 しかし、ローズマリーさんの中に製作者様の血が入ったという事は嫌な気持ちになる。

 純情な乙女の血液に混ざらないで欲しい。

 まぁ、私の中に流れている血液も製作者様を媒体としているので何とも言えない。

 血液の中に製作者様の意思があるなら歓喜し悦び、血管に頬ずりしているだろう。

 最悪でしかない。

 ローズマリーさんが製作者様の血液を全て吸ってしまって良かったとも言える。

 何かの拍子で製作者様に復活などされては困る。

 特に私が。

 よく「ゴキブリ並みのしぶとさ」と表現するが、この場合は「蝉ファイナル」だろうか。

 道に落ちた死んだように見える蝉。

 死に損ない。

 製作者様がもしかしたらであったかもしれない。

 まぁ、血液が全て無くなり、埋めてしまえば復活もしない。

 出来る事ならコンクリートでガッチガチに埋めてしまいたい。

 それ程までに製作者様のセクハラが死して尚、酷いのだ。

 ここまできたら私にとって特級呪物だろう。

「本当に良かったですよ」

 私がニコニコしているとローズマリーさんは不思議そうな顔で見てきた。


「お嬢おるかー?」

 何だそのセイノーみたいな入りは。

 荷物でも持ってきたのか?

「今月分のや」

 本当に荷物だった。

 パーディンは今月分の魚介類を玄関口に置いた。

「パーディンさんいらっしゃい。こちらも今月分です」

 パーディンに箱を渡す。

 虫下しと魚介類の交換だ。

「何や?新入りか?」

 ローズマリーさんを見つけたようだ。

『お嬢様がたらし込んだ私の後輩となる者です』

 失敬な。誑し込んでなんていないのだけれど。

 あれは異文化的な……事故なのだけれど。

 と言えるはずもなく。

「ロ、ローズマリーです。よ、よろしくね」

 ローズマリーさんは可愛らしく挨拶を済ませた。

「このヒトはパーディンさん。人魚で……えー、偉いヒトです」

「いや、間違ってはいないんやけど、嫌な紹介やな。あんまり偉くもないんで気にせんといて」

 偉いヒトと紹介して震えるローズマリーさんにパーディンは気軽に握手を求めた。

「あ、あの私吸血鬼ヴァンパイア……」

 それを聞いてパーディンはギョッとするが、私を見て頷いた。

「まぁ……お嬢ならやりかねんな」

 何だか失礼な物言いだ。

「き、嫌ったりしないの?」

 ローズマリーさんは怯えているが、パーディンさんは鼻で笑った。

「吸血鬼と人魚は会う確率が低いからなぁ。脅威とは思わんな」

 確かに陸で物資の配送などは現地のヒトに任せているし、普段は海中にいる。海中生物が蚊に怯えるとは思えない。

 今ここにいるパーディンが稀なのだ。

「人魚族の血ィ好む吸血鬼は変態やろ」

 その言い方はどうかと思う。人魚も哺乳類ではある。だから飲めなくはないのだろうけど。

「海に潜ってまで吸血とか採算合わんって」

 確かにコストパフォーマンスが悪い。商人らしい意見だ。

「あ、改めてよろしく……お願いします」

「よろしくな。ローズマリーちゃん」

「さて、紹介も済んだので、ゆっくりしてって下さい」

 客人を玄関口にいつまでも居させるわけにはいかない。

 パーディンを居間に促し、椅子とお茶の用意をする。

 と言っても、やってくれるのは優秀なシルキーさんだ。

「さて、先にこれを渡しとくか」

 一息ついたパーディンが取り出したのは綺麗な海藻……と思ったら海藻で出来た封筒のようだ。

「凄いですねコレ」

 馴染みのない封筒に興味を持って色々眺めているとパーディンは話を続けた。

「これは招待状や」

 招待状?

 ここで破り捨てて「お前を殺す」デデン!みたいにやれたら面白いのだけれど、誰も元ネタを知らないから確実にヤバいヒトだと思われる。

 封を開けてみると、中には手紙と小さな石が入っていた。

 手紙も防水仕様らしく、ちゃんと内容が読める。

「この技術は素晴らしいですね」

 水の中にいる生物との文通など地球ではあり得ない事が異世界では普通にあり得る。

 それが技術や文化の発展となっているのだから面白い。

「お嬢らしい目の付け所や。やけど、話が進まん。これは我が海域主催パーティーのお誘いや。ホンマ断ってもエエで。親父……海域長には言っとくさかい」

 文面を読むと「我が海域で戦勝パーティーを行うので招待する」という内容だった。

「戦勝……あー、魚人マーマンのヤツですか?」

 パーディンは頷く。

「まぁ簡単に言えば、馬鹿に痛い目みさせたっちゅう話や」

 魚人が人魚族に対し借りがあるので、人魚族は仲の良い陸のヒトを助けるよう魚人に求めた。

 最初は理解していたが、時を経て魚人は「何故ヒトを助ければならないのだ」と怒り、反抗した。

 ヒトは人魚族に助けを求め、人魚族はヒトと共に魚人を倒した。という話だ。

「そうなった経緯を知らんのは当事者としてアカンやろ」

 パーディンは肩をすくめた。

「最終的にどうなったんですか?」

「責任者の打ち首と降伏せんかったヤツの犯罪隷堕ち、後は……奴隷まで行かんとも労働の強制や」

 まぁ、それで済んだなら良い事だ。

 人魚族が無闇に魚人を使い潰すとは思えないし、使い潰した所で「しょうがない」と言える。

「妥当ですね」

「お嬢の迫害……殲滅よりは全然エエやろ」

 パーディンがため息を吐いた。

 私は「種族全体を指名手配並にして出会ったら直ぐに滅するようにする」という提案をした。

 まぁ、良心あるヒトならばやらないだろうが、私としては理解し合えないならしょうがないとも思っている。

「また忘れて歯向かうかもしれませんよ。後は、今回の諍いから出た怨恨によって」

「……そン時はそン時や。最悪一族殲滅や」

 パーディンは遠くを見た。

 起きてはならない事と思っているのだろうが、こればかりは相手しだいだ。

『全く醜いですね』

 シルキーさんの言葉に頷く。

 ヒトは醜い生き物なのだ。

「とりあえず、パーティーは断ってエエからな」

 何故そこまで断りよりなのだろうか。

『何か隠していますね』

「あ、怪しい感じがします」

 パーディンはわかりやすく目を逸らした。

「いやー、お嬢をひと目見たいと海域長が言うてな。お嬢をワイの嫁に……も、勿論、こ、断ったで。殺さんといて……」

 パーディンの周りに冷気が渦巻き、ローズマリーさんまでもがメスを握っていた。

 パーディンの護衛が動いたが、シルキーさんが牽制して動きを止めた。

 私の周りが怖いのだけれど。

「こんな嫁貰ったら早死にしそうや」

『……なら良いでしょう』

 いや?良くないが?

 私と結婚してパーディンが早死にするってどういう事か説明してもらいたいが?

 私は皆をハッピーにするッピ。おかしいッピ。

 パーディンの降参を意味する両手が下がったので敵意が無くなったのだろう。

「ローズマリーさん、私といたら早死にするって、あの二人酷くありません?」

 ローズマリーさんに耳打ちするとおもむろに私から目を逸らした。

「ク、クルスお姉様はそのままが素敵だと思うよ」

 慰められたが、何故私から目を逸らしたか問いただしたいのだけれど。

 パーディンと結婚したいわけではないのだけれど、何かおかしい。

「即決せんでエエからな。あぁー、護衛陣は落ち込む事ないで。は無理や」

 パーディンは姿が見えないであろう護衛陣を励ましている。

 先ほどシルキーさんやローズマリーさんがやらかした事だろう。

「あー、私の従者がすみません」

 形だけでも謝罪しておく。

 シルキーさんが本気でパーディンを殺そうとしていたら私も止めに入ったが、そうでは無いので放置してしまった。

 パーディン自身もわかっているはずだ。

 わかってるよね?ん?わかってない?そう。

「ワイがお嬢と結婚する言うとったらこの場で首飛んでたで」

 パーディンはそう耳打ちするが、シルキーさんの事だから死なない程度に済ますだろう。

「多分、死なないぐらいで済みますよ」

 攻撃を当てないとは言っていない。

 多分大丈夫だ。

 パーディンは涙目になりながら「断ってくれへんんかなぁ」と呟いた。


 パーディンに虫下しの薬を渡したのを見たローズマリーさんが、虫下しの薬効を聞いて来たので解説。

 異世界植物で他の薬も出来ると言うので、ローズマリーさんに新薬を任せる事にした。

 新薬と言うべきか、旧薬と言うべきか。

「け、けど、春にならないと生えて来ないからまだ無理そう」

 確かに冬の間は動きも鈍くなり、草木が芽吹く時期では無い。

「効くんなら待っとるで」

 パーディンはヒラヒラと手を振った。

 海域全体に行き渡らせるには結構な数が必要だろうから少しでも多く欲しいのだろう。

 また、どうしても再発は防げない。

 寄生虫は養殖の魚を食べるぐらいしか防ぎようが無いだろう。

 それも周りに食料が豊富なのに対して、わざわざ養殖する事も無いだろうから難しい。

 人魚全員が焼き魚を食べるなら良いのだけれど、そういう事は無理だろう。

 人魚にとって虫下しはいくらあっても良い薬なのだ。

「そうだ!これも持って行ってみて下さい」

 新薬で思い出した。

 私は瓶に入った丸薬をパーディンに渡した。

「何や?これ」

 正露丸を元にした虫下し……というより整腸剤だ。

「整腸剤ですね。最高の虫下しまで効き目を強めたら肛門が荒れたので整腸剤止まりです」

 犠牲になった肛門は私のではなく、齧歯目のチャッピーのものだ。

 チャッピーに寄生虫を飲ませてから治験したが、濃度が濃すぎると寄生虫は排出されるものの、腹と肛門が荒れに荒れた。

 寄生虫はギリギリ排出されるが、効果としては今ひとつ。

 一度に多く寄生された者には向かないだろう。

「大丈夫なんやろな」

「大丈夫ですよ」

 多分。

 というのも、チャッピーでしか治験されていない。

 私は毒を飲んでも【毒無効】スキルで効果が無い。

 ましてや、シルキーさんは人形なので寄生虫に寄生される事がない。

 ローズマリーさんならやってくれるだろうけれど、いたいけな少女よりパーディン達でやってくれと思っている。

「何か他に副作用があったら教えて下さい」

「わかったわ」

 強力なものなら腹痛ダメージが凄いだろうけれど、効果を弱めたからまだビタミン剤のノリでいけるだろう。

 まぁ、寄生されて腹痛と虫下し飲んで腹痛だったら後者の方が根本的解決なのだけれど。

 やった事があるのだけれど、乳酸菌飲料を何本もガブ飲みした後の腹痛と思ったらキツい。

 アレは腹の痛みがあるが、どうしたら良いのかわからなくなる。

「お、お薬は用法、用量を守って正しく使ってね」

 ローズマリーさんの金言だ。

 薬の過剰摂取オーバードーズはダメ絶対。

 アヘン作ってる私が言うのもなんだけど。

 まぁ、アヘンは誰かの今際いまわの時ぐらいにしか使う気配はない。

 人魚に渡して異世界アヘン戦争勃発とかしても嫌だな。

 けれど、シルキーさんによれば貴族の花として芥子が人気という事ならアヘン戦争もあり得るのか。

 巻き込まれたくはないものだ。


「さて、ワイはおいとますんでぇ。何かあったらまた来るわ」

『お嬢様の結婚は絶対に阻止して下さい』

「お、おう」

 シルキーさん眼が怖ーい。

 私もパーディンと結婚は嫌なので阻止して欲しいものだ。

 結婚しても誰も幸せにならないだろう。

「さ、さよなら」

 パーディンを皆で玄関まで見送ると外の雪は溶け始めて来たようだ。

 ――いや、おかしい。

「えらい暑いな」

 雪だとかそんなレベルじゃない。

 真夏のように暑い。

「こういう事はここらで結構あるんですか?」

 思わずシルキーさんとパーディンに訊く。

「んなワケないやろ。異常や」

『ええ。これは普通ではないかと』

 晴れから曇りとなり、陰って来た。

 温度上昇による熱帯低気圧か。

 太陽と雲の間に何か飛んでいるものが見えた。

「アレは……亜竜?」

「はぁ!?ンな……いや、ドラゴンや!じゃなきゃこんな異常気象あり得るかいな。そりゃドラゴンなんておったら雪なんて消えるわな」

 そういうものなのだろうか。

風亜竜ワイバーンとは違うんですか?」

 風亜竜なら前に戦ったが、別に大して熱いだとかそういうものは無かった。

「ンなモン格がちゃう。ヒトと猿ぐらい……いや、雑魚と鯨ぐらい違うモンや」

 ヒトと猿ぐらいなら霊長類として繋がりはあるが、雑魚と鯨だと魚類と哺乳類で全く違うものになる。

 パーディンはそれをわかって言っているのか、それとも大きさや強さなどから言っているのかは不明だ。

「風亜竜は爬虫類みたいでしたから、次は竜を解剖してみたいですね」

「アホか!命いくつあっても足りんで」

 私は命がいくつもあるようなものだから大丈夫かもしれない。などと悠長に思ってしまった。

「しっかし、竜をここで見るなんて思わんかったわ」

 シルキーさんも竜はあまり見ないと言っていた。

 それほどレアモンスターなのだろう。

「お、お姉様が造った雪のゴ、ゴーレムも溶けちゃったよ」

「あ!本当ですね」

 動力源の魔力鉱石だけが散らばっている。

 このまま雪が降らないと良いのだけれど、雲行きは怪しい。

『この気温なら雨でしょう』

 私が天気を心配しているとシルキーさんが察した。

 その通りなのだが、明日明後日まで暑さは続くのだろうか。

「最悪また作り直しですねぇ」

 嫌だなぁ。

「このまま春よ来い」

『暖かい風が来ると良いのですが』

 春になったら生誕一周年か。私一歳になるわけか。

「暖かくなったらエエなぁ。海はまだ寒いままや」

 確か海は陸と二ヶ月ぐらい遅れて温度が上がっていくのだっけ。

 秋口の水温は温かく、春はまだ冷たい。

 そんな中パーティーするという事は、冷たい海の中行くのか。それも嫌なのだけれど。

「嗚呼、パーティーの移動は水中馬車や。温度は気にせんでエエ」

 水中馬車とは不思議なものがあるのか。

 潜水艦みたいなものだろうか。

 まぁ、陸の要人を招く事もあるだろうから必要な事だろう。

 そういう文化の発展は面白い。

「まぁ、また来るで。その時にパーティーの返事してな。待っとるで」


 パーディンは去ってから置いていった荷物を確認する。

「おぉ!タナカゲンゲだ」

 一番上には不思議な深海魚タナカゲンゲがあった。

 灰褐色の鰻のようなナマズのような魚。

 スズキ目のゲンゲ科に分類される魚であり、別名「ババア」と呼ばれる魚だ。

 よく「ババア」と名付けたものだ。モデルとなったババアがいるのだろうか。

 それは逆に見てみたい。

「お、お姉様はそれどうするの?」

 ローズマリーさんはタナカゲンゲを見て恐る恐る聞いてきた。

「勿論食べますよ」

 クラーケンを食べて以来、パーディンには色々食べられると言ってあるのでパーディンからしたら渡しておいて「マジか!」という反応だろう。

「えっ!?こ、これ食べるの?」

 ローズマリーさんからしてもそう思うのだろう。

 日本人の食文化は貪欲だから仕方がない。

「シルキーさん、今日はお鍋です」

『承知致しました』

 根菜などの野菜もあるし、タナカゲンゲがある。

 今宵は鍋パーティーだ。

「ほ、本当に食べるの?」

 まぁ、見た目はアレだが、美味しいらしい。アンコウみたいなものだ。

 私も存在は知っているが食べた事はない。

 刺身や練り物にするのが一般的らしい。

 まぁ、練り物が無難だろう。


 ローズマリーさんが来る前にズワイガニのようなものを貰って食べたが、パーディンからしたら硬い甲羅に覆われているものを食べる労力がイマイチわからないらしいので「そこまでして食べるんか」と言われた。

 蟹は美味しいのに。

 蟹といえば、面白い話がある。

 生き物の終着点は「カニ化」である。だ。

 カニ。十脚目短尾下目に属する甲殻類の総称なのだけれど、タラバガニなどは正確に言えば「カニ」ではない。

 異尾ヤドカリ下目。つまるところ エビに近いものである。

 甲殻類がカニに似ていない形態から、カニに似た形態に進化するという、収斂進化の一例。それがカニ化。

 カーシニゼーション とも言う。

 そう思うとカニという生き物はもの凄い最終進化形態なのだと思う。

 エイジャの赤石など使わなくても究極生命体アルティミット・シイングとなったのだ。

 まぁ、どの辺が究極生命体なのかは不明なのだけれど。

 スベスベマンジュウガニはマンジュウガニ属に分類されるカニで有毒種なのだけれど、毒成分にはゴニオトキシン、サキシトキシン、ネオサキシトキシン、テトロドトキシンがあり、なかなか危険なカニなのである。

 そんな危険なスベスベマンジュウガニ――有毒ガニが究極生命体であるなら理解出来るが、有毒ガニはそんなに種類が多いわけではない。

 それなら、貝の方が毒の種類も多く、保有種も多い。

 甲殻類は生命の進化で五回のカニ化と七回の脱カニ化が起きているとも聞く。

 それほどカニに憧れを持つって事はヒトには知らない魅力があるのだろう。

 まぁ、食べる側としては違うカニの魅力があるのだけれど。

 カニの面白い――カニとしては面白くない話がある。

 ケントロゴン目とアケントロゴン目に分類されるフクロムシという甲殻類の根頭上目に属する寄生動物がいる。

 フクロムシは「ムシ」とついているが、フジツボなどが近縁の生物の甲殻類だ。

 そしてフクロムシは寄生動物として同じ甲殻類の、十脚目のほか、ワラジムシ目やクーマ目に寄生する。

 その宿主しょくしゅにカニが入って入っている。

 フクロムシに寄生されるとどうなるか。

 フクロムシは宿主の繁殖能力を失わせる。

 繁殖に使うエネルギーを無くし、より多くの栄養を奪うためのフクロムシによる適応であると考えられている。

 その結果、宿主はむしろ長生きする傾向が確認されている。

 多くのフクロムシ類は雄に寄生した場合、宿主の雄性腺を破壊することで雌化を引き起こす。

 どういうことかというと――男の娘になる。

 そして、男の娘になると長生きするのだ。

 ヒトに寄生するフクロムシがいたら……薄い本になるな。

 カニ化は良いが、そういう点じゃどうなのだろうか。

 私自身も成人男性から童女になったのだけれど。

 カニに親近感が湧くってどうなのだろうか。


 ◆

「ごちそうさまでした」

 タナカゲンゲは、すり身を揚げたり焼いたりしてから鍋に入れて食べた。

『見た目以上に美味しかったですね』

「あ、あのままだと食べるのに躊躇しちゃうけど」

 タナカゲンゲは評価良かったらしい。

 まぁ単品ではなく、色々合わせてすり身にしたのも良かったのだろう。

「見た目がグロテスクなゲテモノほど美味しかったりしますからねぇ」

 アンコウなんかが代表だろう。

 アンコウ目アンコウ科。食用とされるほとんどが深海魚である。

 深海魚は見た目がグロテスクだから仕方がない。

 アンコウの肝。通称アン肝に寄生虫のアニサキスは多い。

 捌く事が難しいアンコウだが、もし捌く事があれば新鮮な内にアニサキスを除去する事をオススメする。

 アニサキスは酸に強く、体内に入っても1週間くらい生きるとも言われているので、しっかり火を通す事。

 アンコウは英語でモンクフィッシュと呼ばれたりする。

 モンク――僧侶モンクなのだけれど。

 実はモンクフィッシュと呼ばれるのはアンコウだけでは無い。

 カスザメもモンクフィッシュと呼ぶ。

 カスザメはカスザメ属に属するサメの一種でアンコウとは全く別である。

 確かにカスザメは体はエイのように平たく、待ち伏せ型捕食者でアンコウと似ているが……腑に落ちない。

 どちらかというとエイと似ているから、そちらと混同してしまうならわかる。

 アンコウとカスザメは……ちょっと違うだろうと思う。

 英語でアンコウは総称で「アングラー」とも呼ばれる。

 これはアメリカの潜水艦の由来だ。

 小魚からしたら結構な脅威であるアンコウ。

 まさか潜水艦の名前にするとは。

 韓国語でアンコウと餓鬼(悪鬼)が同じ読みで、とあるゲームの翻訳誤植になっていたという話もある。

 次はパーディンにアンコウを持って来てもらおうか――いや、捌けるか不安だ。

 アンコウは体全体が柔軟で粘りがあるため、普通の魚と異なり、吊るし切りという独特の方法で捌かれる。

 素人の私には難しいだろう。

 タナカゲンゲは、すり身だったから良かったものの、身がボロボロになりそうだ。

 アンコウにすり身はもったいない気がする。

 特殊調理は流石に出来ないから断るしかない。

 まことに残念だ。


 ◆

 さて、これからの予定はどうしたものか。

 雪で外出もままならないと思っていたのだけれど、ドラゴンによって雪どけとなってしまった。

 竜の雪どけから一週間経つ。

 雪どころではなく、春の陽気だ。

 良い事――都合の良い事ではあるのだが、いきなり雪どけが進むとは思わなかった。

 こういう所は「流石異世界」と言える。

「ティマイオスの街まで行きますか」

 いきなり長旅とも言えるが、仕方のない事。

 ローズマリーさんが住む事になったのだ。

 女性は入り用なものがある。

 私がもしかしたら必要かと思って買った物を、今はローズマリーさんが使っている。

 どうやら私は代謝があるのか無いのか不明な部分がある。

 ローズマリーさんの服も買わないといけない。

 私とシルキーさんは同じ体型なので着回せるが、ローズマリーさんは違う。

『ティマイオスへ行くならパーディンに連絡しましょうか』

 どうしたものか。

 別に今回は村長や領主と会わなくても良いのだ。

 わざわざパーディンの手を煩わせる必要も無い。

「置き手紙だけ置いて、陸路で行きましょう」

 ルォーツがいる村からティマイオスまで馬車を使う必要も無い。

 あの時はパーディンの威厳と荷物のついでだった。

 私にはそのような威厳もプライドも無いし、馬車で運ぶ荷物も無い。

「ティ、ティマイオスって?」

 普通に話を進めていたが、話の波に乗れていないローズマリーさんがいた。

「ここから四日ほど歩いた所に辺境伯が治める街があるんですよ。色々と買う物もありますから行こうかと」

「そ、そうなんだ」

 面倒な事になりそうなので、私が魔女だとか聖女だとか言われてた事は伝えないでおく。

 途中にいた山賊だか盗賊だかはどうなったかは知らないが、辺境伯の管理下になったから多少は整備されているかもしれない。

『それではローズマリー、早速支度しますよ』

「う、うん」

 そそくさとシルキーさんとローズマリーさんは旅支度の為に厨房へ戻った。

「私も旅支度をしますか」

 そうは言っても大した荷物は無いのだけれど。


 ◆

 家から出発して二日が経った。

 雪は解け、道もある程度乾いていた。

 道中は相も変わらず、角兎ホーンラビットは私達を見つけては襲い掛かって来て鬱陶しかった。

 食料確保という面では嬉しいのだが、流石に十羽を越えたら面倒な方がまさってしまう。

 魔力の河を越え、盗賊のいた小屋直前まで来た。

 すると、くさむらから葉が擦れる音がした。

「お、お姉様。ダイアウルフだよっ」

 ローズマリーさんが叢を指差した。

 叢から百八十センチメートル以上の大きな赤毛の狼が数匹襲いかかって来た。

 角兎の縄張りから離れていたので、角兎ではないと思っていたのだけれど、まさか狼とは。

 咄嗟に攻撃をいなして体勢を整える。

「――って、ダイアウルフ!?」

「えっと……そうだ……よ?」

 思わずノリツッコミの様になってしまったが、仕方がない。

 地球では新生代第四紀更新世中期から完新世初期にアメリカ大陸やユーラシア大陸に棲息していた絶滅種だ。

 それが目の前にいるとは。

 ダイアウルフか……。ダイアウルフ……。

「ちょっと陰茎骨見せなさいよ!!」

 私はダイアウルフの一匹に剣先を構えて言った。

「い、陰茎骨!?」

 ローズマリーさんの戸惑いと共にシルキーさんの『ハァ』という溜め息が聞こえた。

「いやっ、ダイアウルフはですね!!現生の――私がいた所のイヌ科の種に比べて、際立って大きな陰茎骨を持っていたとされてですね……」

 戦闘体勢を維持したままの弁明タイムである。

『お嬢様、もう少し警戒心や危機感を持って下さい』

 当然の反応だと思う。

「いや、あの、私がいた所じゃダイアウルフは絶滅種でですね……」

 シルキーさんが私を睨んだので私は「あっ……ハイ」としか言えなくなった。

 流石にシルキーさんには勝てなかったよ。

 家畜医療専門のローズマリーさんなら陰茎骨がわかってくれるのだろうけど……いや、ローズマリーさんは家畜ヒト専門医だった。

 そもそもローズマリーさんに「陰茎骨って知ってるぅ?」なんて訊いたらセクハラじゃないか。

 それは嫌だなぁ。セクハラは良くない。

 ちなみに、陰茎骨とは多くの哺乳類の陰茎の先端部にある軟骨性の骨で、人間には無い。

 だからローズマリーさんも知らないかもしれない。

 生物学や、医学的な話だからセクハラじゃないと言いたいが、流石に直接言えない。

 女性の下ネタはエグいと聞くけれど、ローズマリーさんがエグい下ネタ言ってくるヒトだったら嫌だ。

 だから陰茎骨の事は思うだけにしておこう。

 食肉目では交尾の時間が長い種は陰茎骨が長い傾向があるが、陰茎骨の長さと陰茎の長さは異なるノットイコールなので注意が必要である。

 イヌ科は陰茎が勃起していない状態で挿入して挿入後に海綿体が膨張し勃起するので、陰茎骨のおかげで非勃起状態で挿入できるのだ。

 ちなみに、「中折れ」という状態は実際折れるわけではない。

 生物学、医療などの話であって、下ネタではない。

 エッチだと思う方がエッチなんだぞ。と念の為、防線をひいておく。

 さて、襲われたのだから大義名分もあり、解剖の為に戦いましょうか。


 ◆

「ふむ、連携が出来ていますね」

「お、お姉様、関心している場合じゃ……」

 ダイアウルフは四頭いる。

 数としては三対四でこちらが不利。

 二頭が先に牽制して、もう二頭が不意を突くように攻撃してくる。

 実に頭が良い。

 ちゃんと狩りが出来るやり方だ。

『はぁ……お嬢様、じっくり観察しているでしょう』

 バレた。

 シルキーさんもダイアウルフの攻撃をかわしたり反撃しているはずなのに、何故わかるのだろうか。

『お嬢様ならダイアウルフなど一瞬でしょう』

 いや、そりゃあ……斬殺――もとい惨殺魔法ならいくらでもあるわけですが、それをやったらダイアウルフの“遺体”も“痛い”も残らないのだけれど。

 上丘じょうきゅうすら残らないのに解剖なんて上級者レベルどころじゃない。

 ちなみに上丘とは、中脳蓋に左右対称に存在する丸い隆起の対の上方の部分である。ほ乳類以外の脊椎動物の場合は視蓋しがいと呼ぶ。

 視蓋も残らないって言いたいけれど、ほ乳類だから上丘である。

 こんな意味のない言葉遊びを考えていないで、言い訳をしなくてはならない。

「ちゃんと、一体は残そうと作戦を考えてですね……」

「えっ!?お、お姉様が作戦を!?」

『お嬢様はいつも考え無しですからね』

 ん?それは私が脳筋だと言いたいのだろうか。

 そこは詳しく聞きたいぞ。

 詳しく聞く前にローズマリーさんが二体のダイアウルフを串刺しにした。

 流石は吸血鬼とも言える。

 ドラキュラの元となったヴラド三世は“串刺し公”と言われていた。

 ローズマリーさんは血液に魔力を練って操り、凝固させた。

 それで串刺し。

 ただ、成人の体内には四千ミリグラムしか鉄分が無い。

 言い換えれば、四グラムだ。

 その内の数ミリグラムであの強度を保つ事は不可能だろう。

 やはり魔力が繋ぎとなっているのだろうか。

 吸血鬼っぽい戦い方だ。

 そう思うと私は「それっぽい戦い方」というのが無い。

 羨ましい。

 ホムンクルスの「それっぽい戦い方」ってなんだろうか。

 一般的なホムンクルス自体イメージがフワッとしている。

 いっそ私の戦い方が「ホムンクルスっぽい」に定着してくれると有り難いのだけれど、いつも戦い方が決まっているわけじゃないので定着しないだろう。

 そうこうしている内にシルキーさんが残りのダイアウルフを倒してしまった。

 私が「それっぽい戦い方」なんかを考えている内に。

 今回、私の出番は無し。

「お疲れ様でした」

 ねぎらいの言葉しかかけられない。

 戦闘に参加しなかっただけなのだけれど、何か切ない。

 仲間はずれ感がする。

 討伐ゲームで張り切って参加したは良いが、敵と遭遇する前に討伐完了してしまった野良プレイヤーの気持ちだ。

 人によってはラッキーだと思うだろうけれど、私は物足りないというか虚しさが残る。

 そういう時は――開き直って剥ぎ取りだぜ!


 一頭のダイアウルフの腹をさばいて内臓を観察しみてみる。

「中身は普通にドールと同じですね。ただ、やはり陰茎骨は多少大き目……」

 ドール。イヌ科ドール属に分類される食肉類で別名アカオオカミとも呼ばれる。

 オオカミといえども一般的な「狼」のイメージより狐寄りである。

 ダイアウルフはタイリクオオカミよりアビシニアジャッカルやアカオオカミの方が近縁だとされる。

 オオカミよりイヌっぽいと言った方が良いだろうか。

 ただ、大きさは私より大きい。

 ドールなどに比べても大きい事がわかる。

 尾の先から鼻先まで二メートルぐらいあるだろう。

 そう思うと、前世の俺より大きいのではなかろうか。

 本来襲われたら普通に恐いだろう。

 本来、小型犬でもいきなり襲われたら恐いものだ。

 私はこの世界に慣れたのか、それともこの身体に危機感が備わっていないのか、はたまた壊れてしまったか恐怖心が出ない。

 ただ鈍感なのかもしれない。

 恐怖心が湧き上がらないのは、生き物としてなかなかの欠陥である。

 生き残るためのすべが身に付かない。

「けれど、シルキーさんには湧き上がるんだよなぁ」

 恐怖心。

『お嬢様、何か?』

「いえ、何でもありません」

 危ない。口に出していた。

 シルキーさんは変に勘が良いから余計に怖いのだ。

「の、脳は身体に比例して、大きいね」

 ローズマリーさんがダイアウルフの頭を開いていた。

 あれほどの狩りをしていたのだから、頭が良いというべきだろうか。

 標的の追い詰め方や、仲間との連携、執着心。どれも素晴らしいと言わざるを得ない。

 ただ、引き際を知らなかったのは経験不足だろうか。

 追い詰められても引く事を知らないのは、これまで追い詰められた事が無いからといえる。

 あれほどの頭が良さなら、怪我をして生還出来る機会があれば引き際を見極められただろう。

 強者故の欠点だろう。

 ダイアウルフは脅威ではあるのだけれど、魔物ではないようだ。

『このダイアウルフはどうするのですか?』

 解剖兼解体をしているとシルキーさんが尋ねた。

「け、毛皮は防寒具になるし、お肉は食べられるよ」

 食べられるのか。

 いや、アジアで普通に犬食文化があったのだから食べられるか。

 肉食獣だからあまり美味しそうとは思わないが、どうなのだろうか。

「美味しいんですかね?」

「う、うーん、わ、私は犬っぽいのは好みじゃないかな」

 不安だ。

「け、けど、私は血液しか飲まなかったから……」

 狼男と吸血鬼が犬猿の仲という話が頭をよぎった。

「とりあえず盗賊小屋で休憩して試しに食べてみましょうか」

 私達は出来るだけ食べやすいように解体し、魔法トートバッグに詰めてその場を後にした。


 ◆

 盗賊小屋には辺境伯の関係者が二人在住していた。

「お嬢さん達はアレか、元魔王領に住んでいるっていう……」

「ええ、クルスと申します。こちらが――」

『クルスお嬢様の従者、シルキーとこちらがローズマリーです』

 各自カーテシーをして礼をする。

「いやはや、そんなかしこまらんで下せぇ。儂はトゥス。こっちがドリトでさぁ」

「しっかし、領主様の言ってた通りだなぁ。誰もが目を奪われる程の女子おなごが来たら丁重に持て成せって言うもんだから冗談かと思ってたんだが、本当に来ちまうモンでさぁ」

 辺境伯からは私達が存在している事を伝えているようだ。

 彼らには三つ厳命しているようで、「一つ、戦闘音が聞こえても無暗に向かわず警戒態勢をとる事」、「一つ、誰もが目を奪われる程の女子が来たら丁重に持て成す事」、「一つ、子どもと侮る事なく、大人と同じ態度で接する事」と。

 もしも会わなかったらそれで良いと言われていたが、運悪く出会ってしまったようだ。

 トゥスの話を聞くと、ここの現場検証は終わり、仕事としてはこの場所までのを探し当てたところらしい。

「盗賊達は東に迂回した抜け道を使って来たようで、そこは魔力の河を下から抜けるっぽいんだ」

 魔力の河は生身に当たれば、魔力の多さに爆散する。

 河といっても重力に従うわけじゃないらしいので、土が掘ってあって下から潜れば対処出来るとのこと。

「ただ、本来は普通に掘って進むのは容易じゃねぇ」

 スコップが少しでも河に接触すれば、スコップは壊れ、安全を確かめようとも河に当たれば爆散。

 河の下を掘る。それが出来る者なら辺境伯が欲しい人材だろう。

「じゃあ、自然に出来た抜け道って事ですか」

「そういう事でさぁ」

 たまたま自然の抜け道を見付け、誰かが盗賊に教え、利用した。

「辺境伯様はこの抜け道を利用して、ここまでの領地拡大はするつもりらしいんだ」

 ここに何かあるわけでも無い。

 ただ、これまで踏み入れなかった場所に入れるから少しでも整地しようとの事だ。

『お嬢様、これはお嬢様の事もあるかもしれません』

 それは私も頭をよぎった。

 私があの街に行きやすくする措置も入っているのかもしれない。

 パーディンが辺境伯に変な情報を入れているから良くも悪くも待遇が手厚いのだ。

「まぁ、近い街に行きやすくなるのはメリットですけれど」

 だからといって激しく行き来するほどじゃあない。

「ある程度の友好関係を持って距離を保ってって事でしょう」

 恩とまではいかないが、ある程度のおもてなしだろう。

 裏道だからなしだろうか。

「お、お姉様。ダイアウルフが焼けました」

 火をおこしてからローズマリーさんにダイアウルフの肉を焼いて貰っている。

 ローズマリーさんはダイアウルフを遠慮し、後で私の血液を飲むようだ。

「しっかし、お嬢さん方はダイアウルフと戦ってたんか」

「そりゃすげぇなぁ」

 トゥスとドリトも倒せる程に強いらしいが、余りにも数が多いと追い払うだけらしい。

 あのダイアウルフだったら執着心が強くて追い払うには苦労しそうだ。

 戦ったのが私達で良かった。

 まぁ、今回私は何もしていないのだけれど。

 どうせ食べきれないのだからとダイアウルフの肉をトゥス達にも振る舞う事にした。

「いただきます」

 とりあえず焼いた物をそのまま一口。

 硬い。

 熟成も何もされていない肉だが、思った以上に硬い。筋肉質というか筋っぽい。

『一角兎などに比べて硬いですね』

「まぁ、狼だかんなぁ。仕方あるめぇで精霊様。けんど、ダイアウルフの肉は独特な香りがあって好きなヤツもいるんでさぁ」

 香り……というよりも臭みとも言える独特な風味。

「ふ、普通は干し肉にするらしいよ」

「へぇ~そうなんですか」

 ローズマリーさんは「血が不味いからどちらにしても好きじゃないけど」と後に付けた。

「ん~まぁ、半分酒の肴みたいなところもあるだよ。冒険者が旅路で狩って、作って持ち運ぶ。冒険者パーティーでどこの干し肉が美味いとかもあるでさぁ」

 干し肉事情をドリトが説明してくれる。

 冒険者組合ギルドで干し肉の交換や情報交換に使われるらしい。

「血抜きの甘い冒険者は金銭が減るばかりだから美味い情報にはありつけんのさぁ」

 それが出来なきゃ当分ゴブリンやスライムなど肉とは関係無い魔物モンスターを狩るらしい。

「ん~まぁ、一人前の指標にもなってるだよ。それが出来なきゃ遠征も出来ないからさぁ」

 確かに。最初は自分で食べれば良いのだけれど、不味い食事は士気にも影響する。

 下手すれば腹痛などでリタイアする事にもなるだろう。

 最悪調理失敗で死に至る。

 戦争時でのジャガイモ料理みたいな話だ。

「冒険者によっては塩気を抑えたりするが、そうすると腐ったりするんでさぁ」

「んだんだ」

 まぁ、それはそうだろう。塩と砂糖は保存食の基本だ。

 塩分濃度の高い状態に置くことで細菌を繁殖させにくくし、長期保存する手段として古くから用いられてきたのだから、それを誤ると腐敗する可能性がある。

 肉類ならシュウドモナス、アクロモバクター、マイクロコッカス、フラボバクテリウムなどだろうか。

 そして、魚介類ではシュウドモナス、マイクロコッカス、ビブリオ、フラボバクテリウムなどの細菌が挙げられる。

 それらの菌類の繁殖を抑制するのが塩漬けなどだ。

 また、塩漬けは食べ物だけじゃない。

 人間の遺体を保存することにも使用したとされる。

 食欲の失せる話だが、ハムやソーセージみたいなものだ。

 砂糖も“細菌を増やす為の水分”を減らす効果がある。

 現代社会であまり遭遇しないが、そもそも「水」という物は腐る。

 そして、水があるから細菌が繫殖しやすいのだ。

 水分を多く含み、砂糖や塩が少ないと細菌が増える。

 現代科学で保存方法が日々進歩しているからこそ基本的な「腐敗」を忘れがちなのである。

 だからこそ自分を守る為に防腐方法を念頭に置いておく事が必要である。

「干し肉の美味い冒険者はケチらず岩塩を使ってるって話だなぁ」

「海水は不味いでな」

 岩塩か。

 岩塩の方が塩味がダイレクトにくるが、海水から採取った塩も良いと思うのだけれど。

 もしかして……苦汁にがり除去していないのだろうか。

 そうなるとエグ味が出てしまう。

 海水という塩水が近くにあるからといって、海水に漬けるだけかもしれない。

 そうなると岩塩の方が好まれるだろう。

「これは!美ン味うんまいなぁ」

 ダイアウルフの肉を三切れ目を食べたトゥスが唸った。

 最初の一切れはそのまま焼き、二切れ目は味を付け、三切れ目で工夫してみた。

 二切れ目までは硬く筋っぽい肉だったが、三切れ目は叩いて柔らかくしてみたのだ。

 トゥスは「美味い」と言ったが、最初の二切れに対したら「美味しく感じる」といった程度だ。

 まだまだ臭みも硬さもある。

 食べやすくなった程度だ。

「や、やっぱり不味いよ」

 一口食べたローズマリーさんは駄目らしく、眉間に皺を寄せている。

「ローズマリーさんには後でちゃんと血を与えますから」

 そう耳打ちするとローズマリーさんは静かに頷いた。

 日本で犬食文化は発展しなかったので食べた事は無いのだけれど、アジアでは普通にあった文化である。

 動物愛護団体から「犬を食べるな」と言われて現代では食べるところが減少してきているらしい。

 犬の肉は「香肉」と呼ばれている。

 チャウ・チャウと呼ばれる犬種は番用、食用として改良されたものだという説がある。

 現代では絶滅したハン・ドッグと呼ばれる警備犬が原型の一つである可能性があるとされている。

 食用となるチャウチャウはちゃんと食用犬として肥育されるので、野生のダイアウルフの肉とは別物なのだろう。

 何でもそうだが、食用として改良されたものが原種より不味いという事はほとんど無い。

 あっても「繫殖力」と「味」を比べて繫殖力に力を入れた時だろう。

 あとは好みの問題だろう。

 セロリやパクチーなど癖の強い食材は好みが分かれる。

 香草やハーブなどは人間と共存しやすいが、好き嫌いがハッキリするので難しい。

「“美味しい”って難しいものですねぇ」

 陽が落ち、パチパチと揺れる焚火を囲みながら独り言ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界徒然生物記 1240/一二四〇 @1240-sennihyakuyonju-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ