第2話 相談相手はウエアラブル
いつもと変わらない日々。
毎日仕事に行って、仕事をこなして、夜遅くに帰ってきて、寝る。
私はいつからこの生活をしているんだろうか。
少なくとも、仕事を始めたばかりの頃は、全てが新鮮で楽しくて、彼氏も出来て、充実した毎日を送っていたかのように思える。
いつからこうなってしまったのだろう…。
仕事の帰り道、私はよくこんなことを考えながら歩いていた。
自分で答えを出すつもりなんかないくせに、まるで悲劇のヒロインかのように不幸オーラを纏う。
ずっとこんな生活をしてきたせいか、そんな自分がそこまで嫌いではなかった。
不幸でもがんばる私。なんちゃって。
私はふと数日前に見た夢を思い出す。
「変な夢だったなぁ…」
数日前に見た夢は、私自身が変わりたいと望む気持ちや、現状抱えている不満が見せたものだったのだろうと思う。
だが、変わりたいと願う気持ちは漠然としすぎていて、何を始めたらいいのか、何をやめたらいいのかすらも思い浮かばなかった。
そもそも、考えたこともなかった。
本当に変わりたいかどうかも自分に問う必要がありそうだ。
モヤモヤとしたネガティブと戯れながら、仕事で疲れた体に鞭を打ち、家へと急ぐ。
歩き慣れた帰り道も、終電前となると暗くて少し怖い。
ちょっとオシャレな家が並ぶ住宅街の外れに、私の住むマンションはあった。
駅までは徒歩15分ほど。
駅まですごく近いわけじゃないけど、すごく遠いわけでもなくて、通勤には便利だと思っている。
街灯はちらほらあるのだが、零時前の住宅街では、明かりの灯る家は少ない。
早く家に帰ってシャワーを浴びたい気持ちが歩みを早めた。
そんな時、私のスマホが鳴った。
ピコン。
初期設定のままの通知音。
私はスマホを取り出し、画面を確認した。
「ん……?何これ…。」
SNSに軽く依存している私は、てっきりSNSへの反応か何かだと思っていたが、通知の正体はSNSへのリアクションではなかった。
見た事ない通知のポップが出ている。
―ねー、帰りまだ?
…え、ちょ、怖!
見慣れないポップには、まるで帰りを待っているかのようなメッセージが書かれていた。
私の帰りを待つだなんて、何かの育成アプリでも間違えて入れてしまったのだろうか。
入れた覚えはないんだけど。
無意識でダウンロードしてしまったのだとしたら相当疲れているんだと思う。
こんな暗い帰り道では、恐怖が加速する。
私は暫くその画面を眺めていたが、すぐに次のメッセージが届いた。
―私のこと忘れたの?悲しいなぁ。
―とりあえず早く帰ってきなよ。
―何突っ立ってんのさ。
―立ち止まってないで歩け!
「ひっ…」
思わず声を上げた。
どこかで私を見てる…?
怯えながらそのポップをよーく見ると、文末に「K」の文字があった。
「け…い…?」
ピコン。
―あ!やっと思い出した?
―そうそう、いいから早く帰っておいで!
そのメッセージを最後に、私のスマホは大人しくなった。
まさか、あの時の夢は、本当に夢じゃなかったの…?
まだ信じられない気持ちを抱えつつも、あの夢が夢だったことを残念に思っていた私は少し嬉しくなった。
わくわくすることなんてここ暫くなかったし、何かに期待するようなときめくような気持ちは久しぶりだ。
心なしか、家へ向かう足取りが軽い。
さっきまで、闇に溶け込みそうなほどに暗く見えた世界が、少しだけ明るく見える気がする。
なんて単純なんだろうか。
"K"はあの時、自分自身をスマホだと言っていた。
ということは、この数日間もまた私の生活を見守っていたのだろうか。
とにかく聞きたいことはたくさんある。
仕事が忙しくなってからというもの、仲良しの友人たちとはどんどん疎遠になっていった。
普段の悩み相談どころか、遊びに行くことすらも激減してしまった。
もしかしたら、そんな悩み相談や、遊びに行く相手ができたかもしれない。
そう思うと今すぐKと話したくてたまらなくなった。
今のスマホは歩数や心拍数を感知できたりするから、言葉を発しなくてもきっと私の現金な喜びはKにも伝わっているはず。
私は静かな住宅街を走り、家へと急いだ。
不透明な電脳女神さま ROKO @hirokokiyohana
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