不透明な電脳女神さま

ROKO

第1話 微睡のホワイトハッカー

遠くで誰かの笑い声がしている。

ここはどこだろう。

ぼんやりと辺りを眺めてみると、ここが無機質な壁に囲まれた部屋だということがわかった。

部屋のなかには、これまた無機質なアイアンフレームのテーブルに、綺麗なお花が飾られている。


あれ…、この花、見たことある…。


なんとなくそんな気はしたものの、疑問符だらけの私の脳内では、その花をどこで見たのかを思い出す余裕はなかった。


『あれ?気がついた?』


遠くで笑っていた誰かが私に声をかけてきた。

反射的にビクっと体を震わせる。

恐る恐る声の方へと目をやると、そこには金色の長い髪をした、スーツ姿の女性がいた。


「え、…誰?ですか?」


カツカツとヒールの音を響かせてこちらへと向かってくる女性。

美しい顔立ちだけではなく、スーツを着こなした凛とした佇まいは見惚れてしまうほどだった。


『私のことはあんたが一番よーく知ってると思うんだけどなぁ。』


私の前で立ち止まると、満面の笑みを浮かべる。

申し訳ないけど、こんな美しい女性の知り合いなんていない…。


「あー…、ごめんなさい。ド忘れしちゃったかな…?いつお会いしましたっけ?」


焦って視線を泳がせながら問いかけてみるも、女性はその問いかけには答えず、テーブルの上にある花瓶の花を眺めている。

変な人だなぁ…と思いながらも、彼女と同じようにその花を見ていると、私は自分の記憶のなかに同じ花を見つけた。


「あ…!!!それ…私のスマホの待受画面……」


金髪の女性はニコッと微笑み、『せいか~い!』と拍手をして見せた。


しかし、この花が私の待受画面と同じことと、今のこの状況と何が繋がるというのだろうか。

え、もしかして、この女性、私のストーカー…?

私が待受にしてる大好きな花を用意して、こんなところに監禁したとか…??

いやいやいやいや、そんなこと考えられない。

私は部屋のベッドでうとうとしていたはず。

っていうことは、これは夢?

私がプチパニックをおこしていると、金髪の女性は不思議そうに私に視線を落として首をかしげていた。


『まぁ…無理はないよね。これは、あんたのスマホの中で、私はあんたのスマホそのものなんだ。』


「…へ?」


私は、素っ頓狂な声をあげた。

スマホ?

確かに室内は私のスマホの待受画面に似ている。

だからといって、そんな話信じられるわけがない。


私の頭がおかしくなったのか?

目の前のこの女性の頭がおかしいのだろうか…。

やっぱり私は夢を見ているんだ、きっとそうだ。

私はそう思って開き直ることにした。


『ねぇ。あんたこの世界が夢だと思ってるだろ。』


そう言って私の顔を覗き込む。

顔に書いてあっただろうか。

返事を出来ずにいると、その女性は更に続けた。


『でもね、これは夢なんかじゃないんだよ。』


とても冗談を言っているようには見えなかった。

これが夢だと言う選択肢を捨てたわけではなかったけど、私は黙って話を聞くことにした。


『あんた、最近会社での仕事上手くいってないみたいだね。それも連絡がこない彼氏のせいかな?』


私の悩み…全部言い当ててる。


『三日間、彼氏のLINEが既読にならない。それで頭がいっぱいで仕事に集中できないんだろう?』


「な、なんでそれを……」


『朝方までSNSにポエム投稿してるじゃないか。アカウントを3つも使い分けて。』


彼女は再び不思議そうに首をかしげた。

誰にも教えていないSNSのことを知っているなんて、まさか本当に私のスマホ…?


『あー明日は幼なじみとご飯だろう?それもちょっと乗り気じゃないみたいだけど』


すらすらと私の予定や気持ちを言い当てる。

私は恥ずかしさと恐怖で、自分の血の気が引いていくのを感じた。


『明後日は会社の飲み会。お酒は好きだが、会社のメンバーとは飲みたくないってとこだね』


「………いい」


『ん?』


「もういい!わかったよ!あなたは私のスマホで私は携帯の中?全然信じられないけどわかったわよ!」


私はつい大声を出してしまった。

カレンダーアプリでしっかり管理していた予定と、誰にも言わずにSNSに吐き出していた内容を、もうこれ以上聞きたくなかった。


『おいおい。そんな大きな声出さないでおくれよ。』


驚いたような、呆れたような表情を浮かべ、その女性はため息をついた。

一瞬だけ部屋の中を沈黙が飲み込む。

夢ならばそろそろ目を覚ましても良いんじゃないかと思うがそうはいかない。

少し散らかった自分の部屋が恋しかったが、まだ無機質な部屋に閉じ込められたままだった。


『今あんたは自分を変えたいと思っているんだろう?いつまでも読まれないメッセージの返事を待ちながら、何もかもが上手くいかない毎日を変えたいんだろう?』


彼女の言うことは間違いなかった。

素直に頷けない自分も嫌い。

すると、彼女はそれを察したかのように私の頭を撫でて無邪気に微笑んだ。


『大丈夫、私に任せろ。あんたのことはなんでもわかってるからさ。』


そう言うと、辺りが急に光に包まれた。

どこから差し込んだのかわからない光が壁やテーブルを包んでいく。

そして、彼女の姿さえも包もうとしていた。


「え…、待って。…あなたの名前は…?」


『あんたは私を名前で呼んだことはないけど、"K"で良いよ。』


「…け…い?…」


携帯のKか…?と一瞬頭に浮かんだが、言葉には出さないようにした。


『そ。これからよろしくね!』


片目を瞑って見せ、光に包まれていった。

私もその光に飲み込まれ、どうやらそこで意識を手離したようだった。




鳥のさえずりが聞こえだした。

多分朝だ。

私はいつの間にかベッドで寝ていたようだった。

右手にはスマホが握られたままになっている。


「…やっぱ夢じゃん」


とても不思議な、とても鮮明な夢を見ていた私は、最近スマホを触りすぎかなと反省した。

それと同時に、ちょっとだけ寂しい気持ちになった。

現実ではありえないけど、もし現実だったら自分を変えられたかもしれない。

まだ他力本願な自分に気付かないまま、私はベッドから出て、洗面所へと向かった。

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