お題「イチロー」「電気」「ヘッドフォン」

兎角@電子回遊魚

第1話

 彼の名前は、イチロー。47歳にして衰えを見せぬ肉体―――傍から見ればそうとしか思えない体躯も、その実、齢に勝てるわけではない。しかし、数多の勝利を掴んできた彼にとって、敗北は許されないことだ。

 誰かに強いられているわけではない。ただ、己が志のため、イチローはその身体を磨く。齢による衰えがあるならば、それを上回る鍛錬を積めば良いだけの話。

 だが、身体はただ鍛えれば良いわけではない。休息もまた、鍛錬の内。今日もまた、日課のトレーニングを終えて彼が向かう先とは……?


 道中、かつて練習中、応援に来てくれていた少年と話す機会があった。そこで交した一抹を思い出す。


 少年は問いかける。何故貴方は、そこまでの栄誉を手にすることができたのかと。

 イチローは答える。何故キミは、そこまでの栄誉を手にすることを欲するのかと。

 栄誉が欲しくて野球に打ち込んだわけではない。ただ好きだから。どんなスポーツにおいてもこれに尽きるだろう。ただ好きで、ただ勝利を収め、いつしか周囲が勝手に定義っしたもの―――それが栄誉。

 欲して得られるのならば苦労はしない、と考えれば、栄誉無き人からは羨望の目で見られるのもまた、宿命か。


 格好好いと我ながら思うやり取りを脳裏に浮かべながら、行き着けの治療院へ赴く。さて、鍛錬した後の身体を労わるのもまた、鍛錬。電気マッサージと言う名の鍛錬。しかして、いつものようにリラックスした姿勢でヘッドフォンを耳に当て、「Drop It Like It’s Hot」を流しながら休息をと思った矢先のこと、イチローの身体に電流奔る。いつもの技師が居ないが致しかがなしと思った結果がこれである。正直マッサージどころではない。

 「ちょちょちょ、痺れる!めっちゃ痺れる!ちょっと電気弱くして……お願いします……」

 それでもイチローは止まらない。己が限界を迎えるかもしれないその日まで、彼は止まることを知らないのだ。

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