第29話 田舎で恋しちゃお♪

「おい、マジで撮んのかよ、こんなとこ……」

「個人情報ダダ漏れじゃない……」

「リコちゃんアホかい? 名前以外の欄にはモザイクをかけるに決まっているだろう。本当に君達はいつになっても世間知らずのままだな」


 ビデオカメラ片手に、相も変わらず俺とリコを煽ってくるヤエ。自覚なさそうなのがタチ悪い。テレビマンとしてどうなんだ、その無神経さは。


 あれから四か月。俺達はそこそこの有名人になっていた。

 あの二日間の映像が「幼なじみの大喧嘩からの仲直りドキュメンタリー」として配信されたのである。もちろんこの若手アホディレクターの手によって。曰く、澄香の言葉がヒントになったらしい。それこそ田舎の奇習じゃないが、俺達にとってはごく自然なやり取りも、外の人間の好奇心をくすぐるのには充分だったというわけだ。


 番組はそこそこ話題になり、そこそこヒットして、ヤエは会社に残りディレクターを続けている。

 ちなみに自分達の登場シーンをほぼカットされたりモザイクを被せられたりしたことが不満だったらしく、澄香からの手紙にはよくヤエへの愚痴が書かれている。週二ペースでちょっとした小冊子みたいなラブレター送ってくるのやめてほしい……。


「こんな大事なシーンを撮り逃がすわけにはいかないからな。ん、むしゃ、仕事としても趣味としても! んぐ」


 そして現在、俺とリコは俺の実家の殺風景な居間で隣り合って畳に座り、婚姻届に署名をしようとしている。


「ねぇお兄。ちょっと役場に行って新しい用紙もらってきてくれない? 証人の欄を書き直したい。別の人に」「そうだな。てか普通にうちとお前んちの親だけでいいしな」

「何でそんな酷いことを言うんだ二人とも!? むしゃ、私は誰よりも近くでずっと君達を見てきたんだぞ!? んむっ、こんな大事な時につまらない冗談はやめてくれ! むしゃ」

「こんな大事な時に梨を豪快に丸かじりしているからよ。梨汁が婚姻届に飛んでくるのよ」「さっきから何をむしゃむしゃ頬張ってやがんだ。カメラ片手に器用だな、おい」

「今年もジューシーでおいしい」


 相変わらずめちゃくちゃ旨そうに食うんだよなぁ、こいつは。作る側より出る側の方が向いてんじゃねーの。CМいけるだろ。


「というかこんなところを撮ったところでどうするのよ。あの番組は単発ものだったはずでしょう? シーズン2なんてやっても絶対に出ないわよ、わたし達は」

「フフフ……よくぞ聞いてくれたな、リコちゃん。これだよ、これ! 見てくれ、ユーチューブにリコおに公式チャンネルを作ったんだ!」


 ヤエがスマホを差し出してくる。俺とリコのガキの頃の写真が載ったページが表示されていた。


「何だよ、リコおにって……常にリコが鬼の鬼ごっこ?」「ただのイジメじゃないのよ、それ」

「リコ×お兄の略。カップルチャンネルというやつだな。これに今まで撮りためてきた映像やこれから先の結婚生活まで、いろいろとアップしていこうと思って。記念すべき初動画がこの『好きって言ったことも言われたこともない幼なじみと入籍してみた』というわけだな」

「というわけだな、じゃねーよ。ふざけんな」「誰が興味あるのよ、それ……」

「いや意外と引きがあるぞ。番組で君達を知って、君達の関係がどういうものなのか気になっている人達が結構いるみたいだからな。あの番組内容だと幼なじみということしか分からなかったはずだが、それでも只ならぬ関係だという空気は伝わったようだな。個人情報は隠して関係性だけを匂わすという、私の天才的な編集力が発揮されたわけだ。えっへん。きっと二人の関係の進展をめちゃくちゃ応援&祝福してもらえるぞ。ちなみに華乃久チャンネルも作ろうと思っている。勝手に」

「やめてやれよ……あからさまに応援とか祝福とかされると却って意地でもくっついたりしないような奴らだぞ……」「というかわたし達だって別に知らない人から応援とかされたくないから。こんなことをするメリットがないわ。却下よ却下」

「はぁ……本当にものを知らないな君達は……。チャンネルの人気が出れば広告収入が入るんだぞ? 君達はいつも通りの生活を送っているだけでガッポガッポなんだぞ?」

「な……! ま、マジかよ……!?」「で、でもそんなに上手くいくわけ……」

「まぁ、機を逃せば難しいかもな。しかし今なら、番組終了直後で君達がバズっているまさに今なら、成功間違いなしだ! 鉄は熱いうちに打てと言うだろう!? 和梨は追熟しないんだ! 君達ならよく知っているはず! 大切なのは鮮度! 旬を逃さないことなんだ! 一か月後に後悔しても遅いぞ! 今すぐ! 今すぐ始めてみんなで大金持ちになってやろうではないか! 農園を拡大してやろうではないかっ!!」

「…………! しょ、しょうがねーなっ、やってやろうじゃねーかっ」「ま、まぁ、どちらにせよ既にちょっとした有名人になってしまっているわけだものねっ。特にデメリットもないものねっ」

「ちょろい」

「「は?」」

「何でもない。ではそうと決まれば……いや、せっかくだしもっといい機材を使うか……最初が肝心だしな……よし、私はちょっといろいろ取りに行ってくるから、まだ署名は待っててくれ。一時間ぐらいで戻る」


 ヤエが部屋を飛び出していき、居間には俺とリコだけが残される。ホント慌ただしい奴だ……。


「カップルチャンネルか……気恥ずかしい気もするが、まぁでもどうせたぶんすぐ慣れるよな」

「そうね。あー……でも……」

「ん?」


 苦笑いを浮かべて何かを言いよどむリコ。

 どうしたんだ? あ、そうか、そういえば俺とリコって番組内でずっと「お兄」「リコ」としか呼ばれてなかったから本名はまだ知られてないんだったな……。この動画で初めて知られちまうってわけか……。リコはそれを、


「いえ、別に本名とかどうでもいいのだけれど……ほら、その……まぁ間違いなく結婚式の様子とかも配信されてしまうわけじゃない? それ以外でも結構密着してくると思うのよね、ヤエは。多忙な癖に、妙な嗅覚を発揮して、わたし達にとっての大事な場面では絶対に駆けつけてくるはずだわ」

「まぁ、そうだな。現に今日だって何も伝えてねぇのに勘だけで急に帰ってきたわけだからな」

「そう考えるとほら、初めてあれを言い合うのも撮られてしまうのかもしれないと思って……それだけは、初めてだけはできれば配信してほしくないかな、とか……もっと言えば、ヤエや華乃や久吾にさえ見られも聞かれもしない、二人っきりの時に……みたいな……?」

「――そ、そ、そうか、それは確かに俺も……」


 顔をほぼ原色まで紅潮させるリコを見て、俺まで体中が熱くなってきてしまう。

 しかしリコの言うことは一理ある、っていうか絶対そうしたい。二人だけのものにしたい。


「じゃあ、今言っちまうか」

「え」

「今ならヤエもいねーわけだし……」

「そ、それは、そうだけれど……」

「それに、梨は暑いうちに食えって言うだろ」

「ええ、初めて聞いたわ」


 リコと一緒にクスッと笑って、真っ赤な顔のまま見つめ合う。


「リコ、じゃあ……」

「う、うん……」


 リコを抱き寄せるようにして、身体ごと正面から向き合わせる。膝を突き合わせるように、お互い自然と正座になってしまう。俺はリコの両肩をつかみ、顔を近づけて、


「リコ……すまんな、こんなに待たせちまって」

「お兄……」


 うっとりと細められたその潤んだ両目を真っすぐと見つめ、


「――リコ、俺はお前のことが――――……………………」

「…………お兄……?」

「すまん。ちょっと……」


 リコだけを見ていたので、それが目に入ったわけではない。ただ、感じたのだ。二十五年間の経験から、脳が自然と感じ取ったのだ。

 俺から見て右側、さっきヤエが出ていった方向の襖に、小さな小さな穴があいていることに。そこから黒い何かが覗いていることに。


「…………ヤエ……お前そんなとこで何やってんだ? 機材取りに帰ったんじゃねーのかよ」

「てへっ☆ 何かお兄がカッコつけてる匂いがしてきてな。二十五年間の経験から自然と第六感が働いたというわけだ。で、これは記録しておかねばと思って」


 襖を開けるとヤエがハァハァと息を荒くしながらお馴染みのビデオカメラを構えていた。ホント予想通りすぎて真顔になる。


「嘘つけ。お前この状況作るために意図的に俺達二人きりにしただろ」

「てへぺろっ☆」


 まぁ、ということはある意味、こいつのおかげで言えそうになったというわけではあるんだが……。


「ヤエ……あなた、本当に懲りないのね……っ」

「お、どうしたリコちゃん。怒ったのかい? 激おこなのかい? まぁまぁ、私達の仲ではないか。ここは一つ落ち着いて、もう一度キャメラの前でちゅきちゅき大ちゅきビームを撃ち合ってくれたまえ!」

「許さない……許さないわよ……っ」

「え、リコちゃん大丈夫かい、そんなにプルプル震えて? 生理?」

「絶交よ!!」

「えーっ」


 リコ、ブチギレる(四か月ぶり二回目)。


「最悪よ!! 最悪最悪最悪!! このままお兄と好きって言い合ってその流れのままめちゃくちゃ熱いえっちできると思ったのにぃぃぃ!!」


 頭を掻きむしって吠えるリコ。お、おお……確かにそうなってたと思うが……恥ずかしいからやめてくれ。あと絶交は言いすぎだし。


「い、いやダメじゃないかリコちゃん、そんなことしたら……。明日も早いのだろう? 大事な収穫期なのに君達二人とも大寝坊してしまうじゃないか。ホント何度同じ過ちを繰り返すんだ君達は」

「お前そこはイジらねぇ約束だろぉぉぉ!? もう絶交だ!!」

「えー……」


 あーあ、こんなんじゃいつまで経っても言えねぇかもな。結局一生、俺達はポン闇だ。

 まぁでも、そんなこいつらのことがどうしようもなく好きなんだけどな。

 ヤエのことが好きだ。華乃のことが好きだ。久吾のことが好きだ。リコのことが、好きだ。これまでも、これからも、ずっと。


 俺とリコは今日、夫婦になる。

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高校生による青春恋愛リアリティショーにアラサー幼なじみ男女を現役高校生としてぶち込んでみた アーブ・ナイガン(訳 能見杉太) @naigan

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