3人目は若手女優
「ご、ごめん! 急に手なんか掴んじゃって!」
慌てて掴んだ手をパッと離す俺。
彼女は掴まれた右手首をさすりながら、俺の顔を怯えた表情で見つめる。
「あ、あの……旅行部って……」
「そ、そうそう! 今、旅行部の部員を募集してるんだ。もし良かったら、どうかな?」
「な、何で、私なんでしょうか?」
「ん? 何で?」
んー? 別に特別な意味はなかったんだけどな……。
「何というか、君が特別に感じたから?」
「はぅっ!?」
ボブカットの少女は赤面しながらモジモジしている。
あれ? 俺何か変な事言ったかな?
「か、考えさせてください」
「本当に!? ありがとう! 待ってるよ!」
彼女の両手を掴み、満面の笑みで入部届けを押し付けるように渡した。
「じゃ、じゃあ今日は失礼します」
「うん! 突然ごめん! ありがとう!」
彼女は急ぐように廊下を走り去っていく。
よしっ! この調子であと3人! って、まだ彼女が入部すると決まった訳じゃないよな……。
「そう思えば、名前くらい聞いておくんだった」
誰もいなくなった廊下で1人、ボソッと呟き、俺は帰宅した。
その日の夜、ベッドの上で目を瞑ると、夕日が照らす彼女の顔が脳裏に浮かんでなかなか寝付けなかった。
5時30分にセットした目覚ましの時計の鳴る1分前、いつも通りパチっと目が覚める。
カーテンを開けると外は大雨。
こんな日は、日課のランニングに出掛けるか少し悩む。
「はぁー、雨かよ」
ぶつくさと独り言をかましながら、大きめのグラスに注いだ水をゴキュゴキュと飲み干し、ラインコートに袖を通した。
「行ってきまーす」
誰も起きていない早朝、小声で挨拶をして玄関のドアを開ける。
アスファルトにザーザーと降りつける雨風の音は、どうしてこうも人のやる気を
少し
「フゥー。少し休憩するか」
橋の下で雨宿りがてら10分程度の休憩を挟む。
レインコートで
ピチャピチャと橋の上から下に雨が落ちる音。
ん? な、なんか音が近づいてきてないか?
その雨音は確実に、俺に近づいてきていた。
やばいやばいやばい。これって、幽霊ってやつ!? もう日も出てて明るいぜ!?
恐怖から出た汗か、はたまた蒸れた汗か、それともただの濡れ髪か。
恐る恐る後ろを振り向く。
「あ、ああ、や、やっぱり、昨日の人だ」
昨日の放課後、廊下で出会ったボブカットの女の子が、濡れた紫色の傘の先端を俺に向けている。
彼女は先端恐怖症を知らないのだろうか……。俺がソレだったらどうする気だ。違うけど。
「や、やぁ。ここで出会うなんて、偶然もあるもんだね」
「やぁ、って」
腹を抱え、口元を押さえながら笑いをこらえる彼女。
そんなに変な挨拶だっただろうか?
「昨日、名前聞きそびれちゃってさ。名前聞いてもいいかな?」
「僕は
「桃瀬か。俺は高宮新太、よろしく」
「新太君ね。いつも1人でいるから目に止まっていたよ」
ぐっ! 桃瀬の野郎、まさか早坂と同じで、知らず知らずのうちに人を傷つけるタイプの人間か?
桃瀬は別に悪気があって言ったのでは無いのであろう。
あっけらかんとした顔でいる。
ただ昨日、放課後に出会った時より、話し方や表情の作り方が、
そんな気がした。
ボクっ娘だし。
「こんな朝早く、雨の中何しにここを通ったの?」
「僕は今日仕事でね。たまたま橋を通りかかったら、新太君が見えて。声をかけに来たってわけさ」
仕事? 八ツ木北って、バイト大丈夫だったっけ?
少し悩みながら困った顔をしている俺を見た桃瀬は、
「ふふっ、これなら分かるかなぁ?」
桃瀬はそう言うと、大人気の連続ドラマ『君の帽子を被った日』の、メインヒロインが被っている、お馴染みの水色のキャップを、鍔(ツバ)を後ろにして、ボーイッシュな感じで被った。
今、俺の目の前でキャップを後ろ被りしている少女には見覚えがある。
と言うか、毎週見ている。
ボーイッシュな少女が、初恋の人に貰った水色のキャップを毎日被りながら恋愛模様を描くドラマ。
絶賛視聴中の、今クール一番好きなドラマのヒロイン。
驚きすぎて言葉が詰まる。
「お、おおお、お、お前は……」
「あれっ? 意外と知ってくれてるんだ。ああ言うドラマは、見ない人かと思ってたよ」
「三宅カンナーーーー!?」
「あったりー!!」
俺が昨日、旅行部に誘った少女は、今をトキメク若手女優だった。
昨日とはなんとなく雰囲気が違うとは思っていたが、まさかここまでとは。
化粧なのだろうか、それとも仕事モードの顔だからなのだろうか。
今はそんな事はどうせもいい。
それよりも、人気若手女優と、2日連続で、しかも2人切りで話せる男子高校生。
そんな平凡のずぅーっと先を行ったような男子高校生が、この国には何人いるのだろうか。
「ま、まじかよ……」
「そんなに驚く事ないでしょ」
「い、いや。だってよぉ、昨日とは全然雰囲気違うし。それに、テレビの中の人がいきなり目の前に現れれば、誰だってこんな反応するだろ」
桃瀬と三宅カンナは、同一人物であり、違う人でもある。
そう思わせる程に、仕事モードの桃瀬は別人だ。
確かに、学校にいる桃瀬夜空も可愛い。
髪型も特に変わってはいない。
少しメイクが濃くなっただけ。
しかし、三宅カンナは可愛いでは言い表せない、どこか別の世界から来たような美少女。
それくらいの差が、『女子高生』桃瀬夜空と、『若手女優』三宅カンナにはあった。
正直、早坂と並んで歩いても、ほとんどの男子は三宅カンナに目を配るだろう。
「わ、悪りぃ。俺、桃瀬が芸能人だって、知らなくて。失礼にも、部活に誘っちまって」
桃瀬は、明るく元気だった顔を、少し寂しそうなものに変えた。
「私ね……、学校で友達、いないんだ……」
「え!?」
「芸能人だ、ってお高く見られてるのかな? 周りの子が近寄って来てくれないの」
早坂と同じだ……。可愛すぎて友達できないって、美少女女子高生のあるあるなのか?
「でも、昨日、新太が部活に誘ってくれて嬉しかった。もしよければ、なんだけど、これからも『三宅カンナ』としてではなく、『桃瀬夜空』として接してくれると嬉しいかなっ」
桃瀬は寂しそうな顔をしながらも、口角をあげ、俺に伝えた。
知っている、彼女は女優で、この笑顔が作り笑いだと言うことを。
彼女は仕事モードだから可愛いのではない。
学校での彼女は、民衆の意見を取り入れ、作り上げられた偽りの桃瀬夜空。
それでもなお、『若手女優』と言うレッテルが、お高い女子のイメージを作り上げている。
俺はぎゅっと拳を握り、下唇を噛む。
そして桃瀬に伝えた。
「これからもよろしく、って言っただろ?」
「……ありがと」
俺の言葉に彼女は、一瞬目を見開き、目を閉じた。
「じゃあ僕はもう行くよ! じゃあまた!」
「ああ、頑張れよ!」
桃瀬の顔しか見てなかった俺は、すぐには気づけなかった。
最後に握手をしていたことを。
それほど彼女に見とれていたのだろうか。
雨音と風が吹き荒れる中、俺の右手に握られた入部届けの紙が、バチバチと音を鳴らす。
名前の記入欄には桃瀬夜空の名前。
旅行部3人目の部員は、桃瀬夜空になりそうである。
「3人目って、なに自分を人数に入れてんだよ俺は」
雨の憂鬱な気持ちなど、どこかに消え去っていた。
俺は
その時も、頭の中は桃瀬の顔で埋め尽くされていた。
モブ男の俺が美少女に旅行部なる謎の部活に誘われた結果 歌川 ヤスイエ @GGmaousama
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