勧誘開始
今日から部活動の勧誘を始める。
俺は手当たり次第、帰宅部の奴らに声をかけた。
「あのぉ、旅行部入りませんか?」
「旅行部? そんな部活ないだろ。変な勧誘はやめてくれ」
当然のごとく、最初は興味ゼロ。
しかし早坂の名前を出すと、大抵皆んな食いついてきた。
「6組の早坂さんが部長なんだけど……」
「早坂さん!? あの美人の?」
「あぁ、まぁ」
「……まぁ俺、旅行とか好きだし考えてみるよ。入部届けくれ」
男っていうのは低俗な生き物である。
可愛い女子と一緒になれるのなら、自身のプライドなど直ぐに切り捨て意見を変える。
たしか早坂は男子が嫌いって言っていたが、確かにここまで下心ありありだと嫌になるのかもな。
一日でおよそ30人程度の男子が、早坂の手書き入部届けを受け取ってくれた。
「なんだ、案外集まるもんだな」
次の日になれば、早坂が部活動を作っている、という噂が校内に広がり、俺の所に入部希望者が殺到した。
恐るべき美少女パワー。
放課後、俺はどっさりと盛られた入部届けを抱えながら早坂の元を訪ねた。
「5人どころか50人くらいの入部希望者が集まったぞ」
「あら、案外人脈が広いのね」
「ふふ、少しは見直したか?」
全部、君のネームバリューだがな。
早坂は入部届けの名前、一枚一枚、丁寧に目を通していく。
木製の机と椅子に向かっているだけなのに、その姿はまるで
そして約10分間、入部届けとにらめっこした早坂は、小さな溜め息? をついた。
「私、男子は嫌と言ったはずなのだけど。入部届けのサインが全員男子なのは何故?」
俺の目をまじまじと見ながら、少し強い口調で聞いてくる。
「そ、そりゃあ……あれだ! 八ツ木北は男子比率が多いからな! たまたまだよ」
もちろん嘘である。
男女比率など知らないし、そもそも男子にしか話しかけていない。
むしろ俺みたいな『ぼっち』がいきなり女子に、『部活入らない?』、なんて聞けるはずもない。
「却下。明日からは女子を中心に集めて頂戴」
「却下って……お前、そりゃあねぇぜ。入部届けにサインした奴らになんて言えばいいんだよ?」
「部長が許可を降ろさなかった。これでいいじゃない」
そんな調子のいい事、言えるわけがない。
早坂の名前で釣った男子達が激怒する未来は目に見えている。
「ちょっ! 無理無理無理! 俺だって一応、高校生活を楽しく過ごしたいと思ってんの! そんな事したら、マジでイジメの対象にされちまう」
「あら、今の生活より、私といる方がよっぽど楽しい高校生活を送れるわよ。保証するわ」
早坂は表情を一切変えずに話す。
一体、彼女の自信はどこから湧いてきているのだろうか。
心の中に自信の
だが俺は、何も反論する事は出来なかった。
彼女が言っている事は、事実であるから。
未だに友達が出来ない俺が、唯一話しているのは早坂。
さらに言えば性格を差し引いても、充分なお釣りが返って来る程の外見。
そんな彼女と一緒に過ごす高校3年間は、濃密になる事間違いない。
「なぁ、じゃあ別に部活なんて作らなくても良くないか? 普通に友達に……」
「タダで旅行に行きたいじゃない」
「ファっ!? 今なんて?」
「部費で旅行に行けたら最高でしょ?」
思い返してみれば、俺はまだ早坂に、『旅行部』を創設したい理由を聞いていなかった。
そして、まさかこんなくだらない理由とは想像すらしていない。
「お、お前……旅行に行けるほどの部費が、高校から貰えると思ってんのか?」
「ええ」
ああ、こいつ頭良さそうに見えてバカなのか。
バカなんだな。
うん、バカだこいつは。
「あのな、大会すら存在しない部活に、部費が支払われるわけないだろ?」
「あら、科学部や漫画研究会、ゲーム部もそれなりに部費を貰っているのよ。部活動案内のプリントに書いてあったわ。これから配られたプリントにはしっかり目を通すのね」
こいつは何処まで自信たっぷりなんだ。
両腕に腕時計つけてるサッカー日本代表でも、もう少し
「お前が今、例に挙げた部活は、大会はなくとも賞に応募したり、文化祭で出し物をする需要のある部活だから部費を貰ってるの! 旅行部なんて遊びの延長部活、部費が支給されるわけないだろ!」
「……そ、そんなの分かっているわよ。部費の件は何とかするから、高宮君は急いで部員を集めてちょうだい」
早坂は強がるように言うと、そそくさと教室を出て行った。
「……なんか俺の方が旅行部について考えている気が……」
3回の窓から校庭を眺めると、運動部の奴らが汗を流しながら練習している。
そんな姿を見ながら、自分は何をしているんだろう、と少しばかり悲壮感を覚える。
バシバシと両手で自分の顔をはたいて、俺はまだ教室に残っている女子を見つけに行く。
周りからすれば、かなりの変態に見えるだろう。
放課後の教室をキョロキョロと見回り、居残っている女子に話しかける『ぼっち』。
警察にだけは通報しないでください。
別にリコーダー盗んだりしませんから。
「あの、部活動に興味ありませんか?」
「はぁー? 誰あんた」
「見た事ない顔、もしかして不審者?」
同じ制服着てんだろうが! あ、でも不審者って、何らかの手段で制服手に入れて不法侵入する、ってテレビでやってたな。
ダラダラと汗が滲み出て来る。
「やっぱりコイツ怪しくない?」
「い、いや。1年生だからまだ顔見た事ないだけですって!」
「沙羅、先生呼んだ方がいいって」
俺は全力ダッシュで教室を後にした。
毎日ランニングしていて良かった。
だがしかし。女子になるとここまでハードルが上がるのか。
どうしたものか。
やはりグループになっている女子はダメだ。
1人でいる子を探そう!
なおさら不審者感が出るが、2人以上の人数で話している女子の輪に、割って入れるほどのコミュニケーション能力も、見た目も、俺にはない。
やはり狙うは『ぼっち』。
『ぼっち』は根暗で人見知りな奴、と言う偏見があるがそれは大きな間違いだ。
オレ達は別に会話が上手くできない訳ではないし、むしろ誰かと話したいと思っている。
ただ、誰も話しかけてくれないから『ぼっち』になってしまう。
ソースは俺。
初対面の早坂の時もそうだが、俺は別に人見知りはしない。
相手が勝手に避けていくだけ。
あぁ、改めて振り返るとやっぱり悲しい。
正直なところ、そんな俺と対等に話してくれる早坂との関係は大事にしたいと思っている。
旅行部の創設に尽力を注ぐのも、それが理由である。
「って言っても、そう
教室の隅から隅まで探したが、1人の女の子はおろか、グループすら鳴りを潜めている。
時計の長い針は既に4時を回っている。
「はぁ……やっぱ無理かぁー」
ため息交じりに、本音が出る。
背中を丸め下を向きながら、腕をダラんと垂らす。
超脱力ってやつだ。
さすがに女子を誘うのは無理だっつーの。あの女王様にガツンと言ってやろう。
干された布団のような格好で超脱力を続けて、早坂への不満を呟いていると突然。
「あのぅ? 大丈夫ですか?」
「……」
だいたい早坂は、もう少し他人の事を考えられるように成長しろっての! あれじゃあ5歳児だね。いや、いつも赤い半袖着た5歳児の方がまだ可愛げがあるな。
「あのー?」
「……」
よっしゃー、言ってやろう! 早坂ファンクラブが何だっつーの! モブなめんなよ。
「あのー!!!!!!」
急に大きな声が耳元で響き、超脱力の体勢をとっていた俺は、黒ひげ危機1発のように、ピン、と飛び上がる。
「あ、はい! はい、何でしょうか!?」
「何度も声をかけてるのに無視するのはひどいです!」
目の前には見た事ない女子。
背丈は低く150cmくらい。ボブカットのオカッパ黒髪に、クリクリとした目。顔は幼く見えるが、体の発育は非常に良い。何となく、和服が似合いそうな顔立ちの女子だ。
「あ、ああ、悪い悪い。通路の真ん中で邪魔だったな」
「いえ。元気そうで安心しました」
その子はニコリと微笑むとそのまま歩いて行ってしまった。
「ちょっと待って!!」
彼女を腕を掴んで引き止めた。
ボブカットの黒髪をなびかせながら振り向いた名前も知らない女の子は、斜めに降り注ぐ夕日を浴びて、とても可愛らしく見える。
「あ、あの……俺と一緒に、旅行部入りませんか!!?」
「へ……!?」
彼女の可愛さに緊張してしまったのか、無駄に大きな声が廊下に響き渡った。
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