部活始めようか
「じゃあ、これ」
未だに顔を赤めている早坂の手には、手書きの入部届け。
用紙の上には『旅行部』の文字。その下に名前の記入欄が記されている。
A4サイズの紙の下半分は白紙になっていて、スペースの使い方が、どう考えても可笑しな事になっている。
てか八ツ木北に『旅行部』なんてあったか? 部活案内の紙には書いてなかったような……。そもそも旅行部って運動部? それとも文化部?
「あ、ああ。じゃあ名前書いて今度渡すよ……」
紙無くした、って言ってバックレよう。
「何言ってるの、今ここで記入してちょうだい」
そう言うと早坂は、ブレザーのポケットから可愛げなペンを手渡してきた。
うさぎ柄って、小学生かよ。似合わねぇー。それに今ここで記入しろって? ほぼ脅迫みたいなもんじゃないですか早坂さん?
「……」
「早く」
俺は泣く泣くペンを受け取り入部届けにサインをした。
「これで2人目ね」
「……はい?」
「これで部員は2人よ」
「ちょ、ちょっと待てよ! 2人って……」
俺は早坂を指差した後、指を俺に向けた。
「そう、私と高宮君2人」
「な、なぁ、一応聞くけどよ。その旅行部って言うのは学校から認められてんのか?」
「まだよ」
まだ、か。あたかもこれから容認される程で話す早坂の女王様っぷりたるや、感服するね。
「いつ認められるんだよ」
「部員を5人以上集めたらよ」
後3人か……って俺は何で部発足の手助けをしようとしてんだよ。
「じゃあ明日から部の活動を開始するから、放課後、2年生の空き教室にきてちょうだい。それじゃ」
早坂はそう言うと、屋上の倉庫から箒を俺に手渡し、下に降りて行った。
「また用件だけ伝えてどっか行きやがって……あっ、今日は俺1人で掃除しろと?」
くそったれがぁーーーー!!!
寺の坊さんも
帰宅した後、夕飯を済ませた俺は、2階にある自分の部屋に戻り、ベッドの上にティッシュ箱を用意して早坂のパンツを思い出していた。
「はぁー、今日から意味のわからん部活動が始まるのか……」
明るく元気の出る曲を聴きながら登校しているのに、俺の気持ちは酷く沈んでいる。そりゃあもう地底人が生息してくらいの深さまで。
前屈みになりながら重い足を進めていると、また俺のイヤホンが取られた。
今日はもう驚きもしない。
後ろを振り返り、憂鬱(ゆううつ)な気持ちの決定因子となる女を睨みつける。
「よぉ、朝から嫌がらせか?」
「ふふっ、そのゾンビの様な目は朝だからなのかしら?」
「ウルセェ……おはよう」
俺はボソッと、挨拶をした。自分から挨拶をしても無視される様(よう)になってから、初の試(こころ)みである。
「おはよ」
早坂は昨日よりも可愛げな笑顔で挨拶を返してくれた。
昨日のパンツの事は、あまり気にしていない様子だ。
「なぁ、1つ聞いていいか? 何で俺なんだ?」
「どう言う意味かしら」
「何で俺を部活に誘ったんだ? それも初部員として」
「あなたが一番暇そうだったから」
少しでも好意を抱いているから、と言う憧れの台詞を期待した俺が馬鹿だった。恥ずかしくて死んじゃいそう。
「お、俺だって暇なわけじゃ……」
「あら、いつも昼休みに寝ているから暇なのかと思ってたわ」
ぐっ、こ、こいつ無意識の内に人を傷つける特殊能力でも神から授かってんのか!?
「そりゃあ、あれだ。寝る子は育つ、ってやつだよ」
「寝ても精神年齢は育たないのね」
もういいよ、こいつ嫌い!
昨日はそそくさと先に行ってしまった早坂だが、今日は学校まで一緒に歩いた。
平凡に生きてきた俺ともあろう男が、大事な事を忘れていた。
早坂は学園のアイドルみたいな存在だ。
それでいて知的な雰囲気と誰にも
周りの目線が突き刺さる様に感じる。
当たり前だ、俺と彼女では不釣り合いもいいとこ、一緒に登校だなんて
「おい、あいつだろ? 昨日の昼休みに早坂さんと話してたやつ」
「あんな冴えない奴が仲良くなれんのかよ」
「俺も早坂さんに声かけてみようかな」
悪かったな、冴えない奴で。
その日は一日中、俺の噂で持ちきりだった。
ヒソヒソと聞こえてくる会話の内容は、早坂を脅してる、だったり、早坂が先生に頼まれて仲良くしてるだの。
噂を立てるのは構わないが、せめて本人に聞こえない声で話せってんだ。
そして放課後がやってきた。
これ以上変に目立つのが嫌な俺は、空き教室で待っているであろう早坂に申し訳ないと思いつつ、そのまま帰る事に決めた。
手短に荷物をまとめ、誰よりも早く教室のドアを開けた。帰宅部の時期エースは俺で間違いない。
「あら、随分と準備が早いのね、じゃあ部活に行きましょうか」
引き戸のドアを、ガラガラと開けると、両手を腰において堂々と立つ早坂がいた。
「……」
「あら、どうしたの暗い顔して。さっさとついてきなさい」
こいつ絶対帰りのホームルーム参加してないだろ。
机と椅子は全て後ろに追いやられており、均一な広さのはずの教室がかなり広く感じる。
「椅子を2つ、後ろから取ってきてちょうだい」
俺は召使いじゃねぇっつーの。と思いつつ、埃まみれの椅子を2つ、教室の真ん中に運んだ。
「この教室かなり汚いわね。まずは掃除からしましょう」
「そもそも勝手に使っていいのかよ」
「長瀬先生に許可はもらってるわ」
あんのババァ、どうせ適当に返事したんだろ!
そう心で呟いた途端、体に寒気が走る。長瀬先生が何かに勘づき念を送ってきたのだろうか。
妖怪だなありゃ。妖怪『一生独り身ババァ』と名付けよう。
掃除は2人で行った事もあり、随分と長い時間かかった。
「なぁ、もう5時だぜ? 今日は掃除だけで終わりにしようぜ」
「そうね、ただ、高宮君にも、これからの旅行部としての活動内容だけは伝えておくわね」
俺まじで旅行部の部員になってんの? 何かの間違いじゃないっすか?
「今後1週間は部員集めよ。最低でもあと3人は必要なのだけど」
早坂は尖った顎をさすりながら困り顔で言う。
「そんなん、お前がそこら辺の男子に声かけりゃあすぐだろ」
「それは無理よ」
「なんで」
「私、男子嫌いなの」
あっれー? 俺って早坂に男子としてすら見られてないんすか?
「な、なんだよそれ。俺だって男子だぞ!」
「あなたは特別よ」
と、特別!? 早坂に何か好かれる事したっけな? 掃除……は『一生独り身ババァ』に頼まれてだし、そもそも俺は高校に入ってから特に誰とも関わる事なく過ごしてたから、記憶にねぇぞ。
早坂が言う『特別』の意味の答えを見つけ出すため、俺は考え込む。
「何か勘違いしている様だけど、あなたは特別幸の薄そうな男子、だからいいのよ」
一体俺は何なのでしょうか。むしろある一定層に人気のある爬虫類の方が、俺よりよっぽど良い扱われ方をしているんではなかろうか。
あぁ……エリマキトカゲになりたい。
「で、その幸が薄くて『ぼっち』な俺に何をしろと?」
「部員を見つけてきてもらいたいの」
「……無理」
「しなさい」
「だが断る!!」
「……?」
このネタしらねぇーのかよ。さすがは美少女、漫画なんて読みません、ってか?
クラスメイトとですら、ろくに話せないモブにどうしろと言うのだこの女。
俺は自分の付加価値をよく理解している。どうせ部活に勧誘しても、
『旅行部に入ろうぜ!』
『ごめん、忙しいんだにった君!』
みたいな会話しか出来ないのは目に見えている。
「早坂が誘えよ。どうせ女子しか誘わないなら、女子のお前の方が勧誘しやしやすいだろ」
「それは無理ね。私、校内の女子から嫌われてるから」
早坂はオブラートに包む事を知らないのであろうか。自分が嫌われている事を堂々と発表する人間を、俺は未だかつて見た事がない。
「あ、あのぉー、一応聞くけどお前、友達いんの?」
「そ、そりゃあ、友達くらいいるわよ!」
少し焦った様子で早坂は反論する。
よかった、こいつも一応、血の通った人間なのか。
「ちなみに、誰?」
「友人関係を聞いてくるなんて、ストーカーの一歩手前ね」
どこまでも可愛くねーやつだな。
「同じクラスの小野田さんには、よく『ノート写させて』と言われて、私のノートを貸しているわ」
「ウンウン、それで?」
「……それでとは?」
「は!? それ以外のエピソードは?」
「特にないけれど。あっ、そういえば『勉強教えてあげようか』と聞いたら断られたわね」
……間違いねぇ、こいつは俺と同類だ。いや、友達の概念を履き違えている所を察するに、中学でも友達いなかったのか?
世界の
分かりやすい例は『2度ある事は3度ある』と『3度目の正直』だろう。
諺なんていうのは、自分の立場、状況を良いように捉えたポジティブシンキングにすぎない。
今の俺と早坂はさしずめ『類は友を呼ぶ』、と言ったところか。
『
『ぼっち』は自分以外の『ぼっち』を見つけコミュニティーを築く生き物なのだ。
「そ、そうか。それは悪かった。ちゃんと友達がいたんだな。安心したぜ」
これ以上の詮索《せんさくは彼女を傷つける事になる、と思った俺はすぐに話を切らした。
「まぁ、とにかく、最低3人は集めてちょうだい」
「はぁ__とりあえず来週まで頑張ってみるよ……」
「ありがとう。じゃ、さよなら」
またもや用件だけ伝えると彼女は教室を後にした。
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