終
「――で、結局、今回の事件ってなんだったノ?」
激闘から丸一日。カルダモンは開店し、拉致されていたダモンはもうコーヒーを淹れ、フライパンを振るっている。
あたしたちは初めてカウンター席ではなくテーブルで注文した食事が届くのを待っていた。
あたしとセロだけならカウンターの方が都合が良いんだけど、エルちゃんには座り難いしね。
「不明なことが結構多いが……まあ、そうだな……五月二一日、ダルバン白爵が地下遺跡を発掘して行方不明になった」
「うん。それはわかってル」
「次の事件が起きたのが二五日。トルアキフ光爵がペガサスから落馬して死亡した」
「……そこで普通に警察に届けられていたら、なんてことのない事故だったんだよね」
エルちゃんが合いの手を入れるように言葉を続けた。
その頃、見慣れたパンツルックのウェイトレス、五十嵐さんがあたしのコップに水を足してくれた。
確か五十嵐さんはミニスカを希望したが、可愛すぎてお客さんがストーカーとかになってもマズイ、とスラッとしたヤギ足をズボンに収めている。
「光爵家には跡取りがいなかったからな。執事の瀬蓮さんと長尾譚爵の行動が事件の発端だった。“替え玉を用意しよう”と」
「それでカルダモンに、ネ。ダルバン白爵を探しに行くあたしたちとすれ違っタ!」
「で、ダモンの仲介で変身の達人であるヴザライに白羽の矢が立ったわけだ。跡取りが産まれるまでの替え玉として。既に奥さんがご懐妊してたから、出産後、事故死とかを偽装する気だったんだろうが……」
「地下の本棚を発見したヴザライが裏切っタ、ってことネ。
……ちょっと待っテ。これってあたしたちがダルバン白爵を探してるときから始まってるのよネ?」
「そう。三日くらいの出来事だな。その間に譚爵を自殺に見せかけて殺害し、そして仲介をしたダモンを拉致したわけだ」
二七日から二八日の間に計画し、光爵の家を奪い取ることを計画し、ひとをふたり殺してダモンまで拉致して見せた。どういう電撃作戦なのよ。
その前に譚爵が死にたいと漏らしていたらしいが、替え玉を立てたことを悔いていたのか、それともヴザライの変身だったのか。それは永遠にわからないだろう。
答えを持っていたはずの譚爵とヴザライはもういない。人が死ぬということは、そういうことだ。
「真実のために。ヴザライはそう言ってたわよネ」
「ああ。そのためにふたり殺した。密室殺人にしたのは自分に疑いが掛からないため、だろうな」
「そういうことネ。表向きの顔は光爵さま。使えるわけない魔法で嫌疑を掛けられるわけないよネ」
「……ねえ、それであの大きいヒト……なんだったの? セロさん、ワトさん?」
「わかんなイ。それこそあの地下に答えが有ったかもしれないけど……埋まっちゃったしネ。光爵家は取り潰されるわけだから、発掘作業なんていつになるか分からないしネ」
――襲ってきたのは、あたしも知らない魔神だった。
大昔、この地下都市が作られたときに封印された魔神のうちのひとりなのは間違いない。
第二階層地下には幾魔学の刻む魔脈(レイライン)が走っていた。第二階層と第三階層で人が生活することで発散される微量な魔力で半永久的に封印が維持されるシステムだった。
……あの魔神がどこから来たのか、どうして眠っていたのか。真実は埋まってしまった。
明らかに大量の破壊や殺戮を撒き散らすための存在だった。硬質な装甲と軟体を併せ持ち、目や鼻がないのに周囲へ正確に攻撃して口がないのに呪文を唱えていた。
かなり高位の魔術を扱えていたが、エルちゃんが止めてくれなければあたしたちには防ぎようはなかった。
……って、そういえば。
「魔神といえば、エルちゃん。あなた呪文を唱えてたわよネ? 何か思い出したノ?」
「ふえ? 思い出してないよ?」
「でも、呪文……」
「だって、五郎丸さんが捕まえた悪い人が炎の呪文、使ってたでしょ? あれを見たから」
「……それってふたり組で逃げてた炎魔術のアイツ? あれってド低級魔術じゃない」
「炎の出し方と、威力を下げた発動の仕方だったよね」
「それを見て、あんな高位呪文を使えたの?」
「うん。力を強くするように組み替えれば良いだけだったから」
一を聞いて十を知るっていうレベルじゃない。億とか知ってるんじゃない?
平然と言っているが、やっぱりこの子、天使、なんだろうね。魔術へ順応力が果てしない。
「で……一番の謎は残ってしまったな。エルを送り付けてきた男の正体」
「セロのお父さんの剣を持ってた人だよネ。あいつがダモンの名前を使ってエルちゃんを送ってきた……ってこと? なんのたメ?」
「さあな? そればっかりは……ダモン、何か情報はないか?」
ちょうどその頃、両手に皿を持ってダモンがあたしたちのテーブルにやってきた。
ウェイトレスの五十嵐さんが他の卓で注文を取っているから、厨房からそのまま出てきたみたい。
「今回は助けてくれた借りがあるからタダで教えても良いんだけど、その男の情報はないね。
はい、ワトさんはカツカレートッピング全部乗せ。エルちゃんはハムサンド。セロは……これね」
ドンと置いたのは、あたしとエルちゃんのお皿を乗せたお盆より大きい皿からこぼれ落ちそうな特大オムライス。タマゴ何個分? これ?
しかも、ケチャップで【
「一日過ぎてしまいましたが、昨日だったよね。五月二八日! 誕生日! おめでとう!」
おめでとうございます、と五十嵐ちゃんも店の端から声を張ってくれる。
なるほど。五十嵐ちゃんが秘密にしていたのはこれか。確かに誕生日用のタマゴを用意していて、そのダモンが店に出社しなければおかしいと思うか。
……でもさ。
「セロ、誕生日、昨日だっケ?」
「いや? 十一月だな」
え? っと五十嵐ちゃんとダモンの動きが、安らぎの喫茶店というには混みすぎている店内で、止まった。
あたしたちがなんの話か分からないわけだ。ポンコツ情報屋のダモンは、セロの誕生日を間違って覚えていたんだ。
ダモンは焦げちゃうからと取ってつけたような作り笑顔で、厨房に戻っていった。
「……大丈夫なのかナ。あれが第六階層のナンバーワン情報屋っテ」
「さあな。仲介屋や情報屋は必要だが……そういえば、昨日の男もエルのことをプレゼントと言っていたが……」
「言葉のアヤでしョ。ダモンとあの男が、ふたりしてセロの誕生日を勘違いする理由なんて……」
そのとき、お腹が鳴った。
エルちゃんじゃないし、もちろんあたしでもなくセロだった。
丸一日以上、何も食べてないもんね。そーいえば。
「ゴハンにしましョ。みんなでネ」
「ハイ! それじゃ……」
『いただきます』
あたしたちは、三人で声を揃えて食べはじめた。
カウンター席と違って、テーブル席はウィンドウ越しに外の様子がよく見える。
あたしは足でスプーンを使って、あたしが目玉焼きとゆで卵、どっちから手を出そうかと考えていると、路地を切羽詰まった顔で、見慣れない顔が見慣れた表情で歩いていた。
その人物はドアベルを鳴らしながら入ってくると店内を見渡し、あたしたちのいるテーブルへ大股で歩いてきた。
「すいません! ここが情報屋さんだと聞きました! 探偵さんを……腕の良い探偵さんを、紹介していただけませんか!」
エルちゃんがなんでサンドイッチにしたのか、理由がわかった。ゆっくりゴハンができるわけじゃないと察していたんだろう。
パパっと口にサンドイッチを詰めこんで、あたしもいつものことだと食べ続ける。
困ってる人は見捨てておけないんだよね。当のセロは手を止めて、テーブル席に座るように促した。
「――情報屋ではありませんが、俺は探偵をしています。よければ、話を聞かせてくれませんか?」
今日も今日とて、あたしたちに休日なんてあるわけがなく。
地下都市は、喧噪に溢れている。人が生きているから。
幾魔学地下都市の猛城セロは、斬殺探偵なのか。 84g @8844gg
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