婚礼 最終回
馬が山のあぜ道を砂埃をあげながらかけていく。ハクの家来がシュウシュウの居場所を求めて。
「見つからなければ俺の首が飛ぶ」
隊長は真剣だ。チリヂリになりながらシュウシュウの行方を追っている。
多英はいつもハクと特殊なやり方にて、居所についてやりとりをしていた。いつでもハクがシュウシュウを迎えに来られるようにだった。
だが、あの辺鄙な場所にあった屋敷には、今やもう誰ひとりいない。
そして、また幾つか山を越えた辺鄙な場所に小さな屋敷があり、婚礼の赤い札がそこかしこに貼ってあった。
これは本当の婚礼の儀式ではなく、真似事である。多英はわかっていた。身内だけの儀式で誰にも伝えていない。
紗々が新しい二人の侍女と大忙しで動いてる。下男はここにいない。侍女が三人だけ。多英は呆然と部屋で座っている。
ハクに居所が知れたら殺される。いや、もしかすると殺されずに済むかもしれない。シュウシュウさえいれば誰も殺されずに済む。砂瑠璃は別だろうが…。
多英は狭いながらも小綺麗にしている部屋にて立ち上がり、入口の戸を大きくあける。庭を挟んだ向こう側には真っ赤な婚儀の衣装を着たシュウシュウと砂瑠璃が向かいの部屋で微笑み合っているのがみえる。
二人は、まるで最初から一つだったかのようにぴったりと寄り添い、そしてここで暮らしている。
赤子のぐずる声で多英ははっとして寝台へ戻った。可愛らしい男の赤ちゃんが手足をもそもそ動かしている。目がさめ、母親を探して泣いているのだ。
「貴方の母は、婚礼の儀式の真っ最中ですよ。順序も決まりも…栄誉もここには無いに等しいわ。泣きなさるな。さあさあ、いつ、お乳がもらえますかね」
独り言であったが、栄誉を付け加えなければ、多英はやっていられなかった。多英は指でちょいちょいと赤子の頬をつついた。仏頂面だが幸せそうにもみえる。
「この幸せが、いつまで続きますかねぇ」
多英は開け放たれた扉から、砂瑠璃とシュウシュウをふりかえり見た。
穏やかな春先に、幸せそうなたくましい新郎と美しい新婦。客人も誰もいない。紗々が泣きながら二人の幸せに寄り添っていた。
田舎者の侍女の一人がどたどたと多英の部屋へ上がり込み、赤子を抱きにきた。
「始まりますよ!」
と多英に声をかけ、また、赤子に笑いかけて抱き上げた。
「父上と母上の婚礼を見られらるなんて幸せな子ですこと!」
人の良さそうな太った侍女はそう言って笑った。
ーーーーー完ーーーーー
砂瑠璃 糸杉賛(いとすぎ さん) @itosugisan
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