五.シンプルな前途多難その一

 閻魔の進む先は蜘蛛の子を散らすように逃惑う人々でごった返している。


 猫耳のある母親は耳先の毛をピンと立て無我夢中で子供の手を引っ張って駆け出し始める。若草色の肌をした4人家族のラグビー選手のようである父親は持っていた荷物をほっぽりだし息子と娘を両脇に抱え、隣に並ぶ母親と全速力で逃げる。背の小さな、丸い耳をもつ鼠耳のある若いカップルは男が先を走り、女が失望の視線を前に送りながら後を追う。

 ある露店の店主はホットドックを作るためにフライパンからまな板に移したソーセージを調理台の端まで転がし、それが台から落ちる前に外に飛び出す。あるストリートミュージシャンは目の前に置いていたチップの入った楽器ケースを蹴飛ばし、自身の大切なバイオリンと弓を両手に持って走りだす。

 広場の異変に気付き始めた周りの建物の住人らはバック走で走る反磁性体のような者を窓から見つけ、驚愕の表情に変わるや否や乱暴に窓を閉め、急いで中に戻る。


 閻魔の息が切れることはない。息をする必要もない不死身の肉体なのだ。

 そのため持久力という差から後ろを追ってきていた警官の姿は広場の大きな噴水を超えようとした頃には見えなくなっていた。


 しかし、危機的状況は変わらなかった。

 なぜなら右から新たに複数の警官が現れたからだ。先ほど後ろを追ってきていた警官とは装いが異なる、恐らくここに常駐している憲兵であろう。

 

 閻魔はそれらを無視してとにかく走る。前方には広場を抜ける3つの通りが見えた。その中で閻魔は最も少ない人が逃げ込んでいる先を目指す。最も直線距離が短いことと、閻魔に住人を傷つける気がなくとも憲兵の攻撃が誤って住人に当たってしまうことを極力避けるためだ。だが、どの選択をとっても閻魔の逃走劇はここで第一の関門が待ち受けることとなっていた。


 しばらく走った後、正面に新たな憲兵班である。閻魔はこの広場に入った時点で既に包囲されていたのである。そしてその正面に壁の様に並ぶ全員が左手を右腕に添え魔法を繰り出す構えをとっている。


「ちょっと待って!わしは悪者じゃない! 危害を加えるつもりもない!」


 問答無用と言わんばかりにそれぞれの手の中心に火が灯り、それが円を書くように回転し始める。そして次第にそれはまるで綿菓子を作るかのように球体となり大きくなる。


「焼射!」


 まだ周囲に住民の逃げ惑う声が聞こえるのにも関わらず、彼ら彼女らからは先ほど見たものと同じ攻撃魔法が放たれる。


「うぉぉぉぉぉいい!だから話を聞いてって!」


 ただ放たれるタイミングが異なってくれていたおかげで右左となんとか咄嗟に躱すことが出来た。 放たれた複数の火炎球は閻魔の後方を通り過ぎて飛んでいき次第に自重で落下。石畳に触れる間際にマッチの炎が消えるがごとくすっと消えた。


 間もなく後ろから足音が聞こえてくる。閻魔に必要でもない呼吸を整える時間はないようだ。背後を振り返ると、先ほど右にいた憲兵班もこの場に追いついていた。そしてまた「焼射」の声とともに魔法が放たれる。

 

 ここにいる憲兵班は単純に練度が低い、または現場経験が浅いようだ。なぜなら放たれるタイミングがまたバラバラなのである。相当慌てているようでいくつかは閻魔に当てる気がないのではないのかと思える方向に飛んで行っている。


 最後の火炎球が放たれるほんの少し前、閻魔の耳は少し左後方から人の声を拾っていた。


「バロ!こっち!はやく!」


 それは広場にいた子ども達と比べてはるかに身なりの良い少年、そして大きすぎるビーグル犬だ。金持ちはでかい犬を飼うというのはこの世界でもお決まりらしい。少年はリードを力いっぱい引っ張ってふらつく犬を引きずり広場から逃げようとしていた。犬が元気であれば逃げ遅れることはなく、こうはならなかっただろう。その犬がふらつく理由は別段病気であったり、老犬であったりしたわけではなく、首輪が怪しく光っているところを見ると何かしらの魔法の効果が働いているためであった。


 少年は両親が店に入っている間、犬は入店できないことから一緒に外で待たされていた。犬は魔法によって強制的におとなしくさせられている。だから子供とこんなに体格差があっても親は安心してリードを渡すことが出来るのだ。

 しかし、この状況は想定されていなかったようで少年は魔法を解く方法を教わってはいない。


「バロ!バロ!おねがい!ぼくたち死んじゃうよ!」

 

 火炎球が飛び交い始めている。彼はリードを引くことでの手段は諦め、犬を後ろから押す。だが犬も限界のようで動く気力が見られない。そうしているうちに最後の一つが放たれ閻魔の懸念通りそれは彼らに向かう。


「うわああああああああ!」


 最早閻魔につべこべ言っている時間はない。この火炎球を避ければ彼らに直撃するのは間違いない。迫りくる釈熱の小太陽に対しその身を壁とすることに一切の迷いは無く、その身を投げ込んだ。

 

 衝突の衝撃は全くなかった。球体の実体は無いようで空気玉だ。だが、体を包み込む熱量は凄まじい。閻魔の服を焼き、背中を焼く。表皮を焼き、真皮を焼き、その下の皮下組織に到達、接触した所から離れた場所はそれで済んだが、近いところは筋肉組織まで焼け一部が炭化している。


「巻き込んですまんの。平気か?」


 閻魔は少年に振り替えることなく尋ねた。


「う、うん」


 閻魔は正面の彼らを見る。憲兵らが一歩後ろに下がった。別に睨んだりしたわけではない。顔の皮膚は体のどこと比べても全体的に薄い箇所が多い。そのため顔に皮膚というものはほとんど残っていなかった。全体的に黒く焼け焦げ、顔を構成しているパーツは普段皮膚の下に隠れている赤い筋肉繊維、眼窩と白い歯という恐ろしい容貌となっていた。少年に顔を見せなかったのもそういう理由である。


「この場は危険じゃからすぐに・・・・・・ってその犬がおると難しそうじゃな」


 ここで閻魔は信じられない光景を見た。彼らがこの場に追加で魔法を飛ばしてくるのだ。少年と犬が再度この場にいることを確認する。最早正面突破するしかない。閻魔は即断すると迫りくる無数の魔法に対し突進していく。体中のありとあらゆる場所が焼け、ひどい臭いがするが、幸い進行を阻害されることは無いのだ。憲兵を肩で突き飛ばし、黒こげになりながらも閻魔は奥の通りに抜け、第一の関門を突破した。






「どこに行った!くそっ!絶対この辺りにいるはずだぞ!」


 目の前を憲兵が通り過ぎていく。閻魔は裏路地に逃げ込み座り込んでいた。閻魔が広場から少し進んだ先は上り坂の細い小路がいくつにも入り組んだ街路になっており、身を隠すには絶好の場所となっていた。


「やばいやばい。もう最悪じゃわ」

 

 やはり神様とやらはいるのだろうかと閻魔は思ってしまう。閻魔が本来の仕事をほっぽり出し、うつつを抜かそうとしたことを見て咎めているのだろうか。閻魔の地獄での仕事は別に誰かに言われてやり始めたわけではない。いや厳密には初代の秘書に言われてやり始めたのだが、閻魔の意志もなく強制的に社長の席に座らせられたわけではない。閻魔という役職は彼の善意、それだけだ。地獄のありとあらゆる制度設計、人員配置、法整備、生活環境・・・・・・等々時間をかけて全てを決めていった。これらがなければ今様々な世界は存在しない。それも神に仕向けられていたのだろうか。答えはでない。


(私は何を知りえるか。じゃったか)

 

 閻魔の体はぼろぼろだ。学ランとシャツは完全に焼け落ち上半身は裸の状態で真っ黒に焼け焦げている。徐々に治り始めているとはいえ相当時間がかかりそうだ。そして常識外の不死身の肉体に加えてもう一つ常識外のことがある。それは服の方も徐々に補修され始めていることだ。閻魔の学ランはこの肉体と同じ扱いであるのだ。この肉体はあくまでも魂の形を再現しているに過ぎない。地獄にて閻魔の魂は学ラン姿の佐藤浩之として存在していた。だから学ランも再生の対象なのである。


 「Ⅲ度熱傷が9×4+4.5で40.5。予後指数は56.5といったところ・・・・・・。この治癒スピードからしてこれくらいのダメージは1日程度で全回復といったところじゃな」


 このダメージレポートを頭の中に入れておく。後々残虐獄長に伝えるためだ。


 さて、これから移動するにしてもある程度の見た目を取り戻してからでないと見つかるリスクも高まるし、この外見だと更なる誤解を生みそうだ。


それに伴い首も元にもどさなくてはならない。閻魔は先ほど憲兵にタックルした際に盗んだ短刀を持ち出した。泥棒としての前世の経験は意外と役立っているものであった。それを閻魔は首に突き刺し、そのままホールケーキを作る時かのごとく刃を水平に動かしていく。大量の血が床に落ち、閻魔の胸、背中を真っ赤に染めるが、閻魔は気にも留めず手を動かし、首の皮一枚残った状態のところで手を止めた。そして短刀を横に掘り投げ頭を掴む。


「よっと」


 ブチン!という音とともに首が180度回った。それからそのまま頭と首が接着するまで頭を持って維持し続ける。


 目の前の通りから2人の憲兵が駆けていく。周辺には段々と憲兵や警察が集まり始めているようだ。


(ひとまず回復するのが第一なのじゃが、そうも言ってられんの)


 それから10分ほどして手を頭から離した。多少グラグラするがひとまずはくっついてはいるようだ。


「よし。これで移動はできそうじゃの。ただ顔を隠すものが欲しいところじゃが・・・・・・。何かないかの」


 目の前にあった鉄でできた長方形の箱をのぞく。異臭の具合からしてどうやらゴミ箱のようだ。ごそごそと底の方を探っていくとかなり大きなぼろきれを見つけることができた。それを閻魔は拾い上げ、裂いてある程度のサイズにし、ヒジャブの要領で頭から被り顔に巻き付けた。これでひとまず顔は隠せたているだろう。ちなみに服の方に関しては学ランの方はまだ治りきっていないが、シャツの方は完全に修繕されているので問題はない。そうして閻魔は周囲を警戒しつつ歩きだした。







「マズいのー」


 町中の至る所に指名手配書が掲示されていた。そこに描かれている閻魔の顏は負傷をする前と後の両パターンで描かれそっくりとはいかないまでも上手く特徴を捉え同一人物であることはわかるようになっていた。


 街の雰囲気は物々しい。至る所に警官が配置され、行き交う住民の姿はかなり少ない。そのため大きく動くことはできず結局今閻魔は先ほどの小路に戻って来ている。

 

 あれからこの都市から逃げようと試みはした。この都市は丘をぐるりと取り囲む城郭都市だ。城壁を伝って外につながる門を見つけたが、予想通り門番が常駐しており、更には出国する人々の身分証を逐一確認していた。この国は見た目こそ中世だが、しっかりと戸籍制度が存在しているようだ。そんな余計な事に遠くからその一連の流れを見ていた閻魔は感心だけして結局そのまま踵を返した。そうしてあちこちをこっそり遠目から散策して戻ってきた頃には日が暮れていた。


 ある程度大きそうな都市なだけあって街灯はともっており、夜になっても人の往来はあるのだが、さすがに深夜になるとほとんどいない。 そのため動けば見つかるリスクも高まると考え、何処かで眠ることにした。地獄の住人に睡眠を取るという生活形態は存在しない。だが、閻魔は休み時間があれば積極的に取っていた。意味はない。そもそも疲労しないからである。しかしながら、転生休暇がベテランの域にある閻魔にとってはもはや体に染みついた習慣となっていた。


 そうして今閻魔のいる場所は日中の散策で見つけた人通りの少ない、先ほどとは異なる小路の裏路地だ。ここら辺りはずっと警官の往来も少なかった。


「はぁ、明日からわし一体どうなるじゃろか」


 夜空には星が煌々と輝き、寒風が吹く。

そう呟いて閻魔はボロきれを被り、星々に看取られながら床についた。




 時刻は夜中の1時ぐらいだろうか。人の気配を感じ目を覚ます。


「あら、坊や。ここはあなたが来るようなところじゃないわよ」


 目の前にいる女性はおおよそ30代ぐらい。艶やかな紫のタイトドレスに黒髪ロングでゆるくパーマが全体的にかかっている。ヒールをはいているため佐藤浩之より背が高く、ウリィに負けないプロポーションだ。いやドレスから見える谷間からしてウリィよりも大きい。警察ではなさそうだが、今閻魔の顏は周囲に知れ渡ってしまっているため彼女も閻魔が指名手配犯だと知っている可能性は高い。


(!)


 ここで閻魔は重大なことに気づいた。顔の再生はまだ終わっていないはず。顔を隠していたぼろきれも今はブランケット代わりに使っている。だが、彼女が閻魔の顏を見て驚いた様子はない。閻魔が自身の顔に触れると驚くことに皮膚の感触があり、完全に治癒が終わっていた。


(眠れば治癒速度が上昇するのか・・・・・・)


「行くところはないんでしょう。今日は冷えるわ。うちに来なさい。悪いようにはしないから」


 確かに気温は昼間と比べてうんと下がっていた。体感では10度もないだろう。確かに側から見て体は震え寒そうにしているのだが、まったく辛くない。「寒いけど、だから何?」という感じである。


「ご飯は?まだ食べてないんでしょう?今日はシチューの売れ残りがまだあるから 」


 彼女がそう言葉を発すると閻魔の腹が鳴った。空腹感はないし、そもそも栄養を取らなくても生きていける体なのだ。なのに腹が鳴る。なぜなのか。閻魔が食べてみたいと思ったら鳴る仕様なのか。


「ふふふ、さぁ早くいらっしゃい」


 ここにいても現状を打開できるすべのない閻魔は博打を打つことにした。ぼろきれを顔にまとい女の後ろをついて行く。裏路地を抜け辺りを見渡せばあちこちで客引をする男女が見て取れた。眠る前にはなかった看板があちこちに掲げられ煌びやかに光っている。 どうやら歓楽街だったようだ。





 閻魔は女に連れられ小路の奥にあるちいさな店に連れていかれた。看板は出されていない。いわゆる隠れ家的な店なのだろうか。閻魔が中に入るとまず右側に階段があり、2階に通じているようだった。その左には縦に長いカウンターキッチン。席が7席並んでいた。全体的に少しほの暗く大人の通う店といった雰囲気がある。閻魔はそこに座るように言われ今座っている。


 それから彼女は台所に立っている。コンロのように見えるがそこには火をつけるツマミもなければ、火の出るバーナーキャップも無い、あるのは五徳だけ。彼女はその上になべを置いた。 そして彼女はマッチを擦るかのように指から小さな火を放った。 その火は徐々に大きくなりある程度の大きさになるとその形を維持し、鍋を熱し続けた。 どうやらこの世界はガスというもののかわりに魔法が使われるらしい。  

別に驚きはしない。ごく一般的で既知ある。何度も繰り返した転生休暇と事前の下調べのおかげである。


 それよりも重要なのは何故彼女は閻魔を助けたのだろうかということだ。

 彼女は閻魔が現在指名手配されていることを知っているのだろうか? その場合この後警察に売り渡すのだろうか。 それとも別に何か裏組織との繋がりがあり、逃亡犯であることをネタに脅迫でもされるのだろうか。

 閻魔はこれまでの経験から考えつくことを頭の中で列挙する。


「心配しなくてもそんなことしないわよ」


 閻魔の思考は止まる。


「ふふ、顔に書いてあるわよ」


「では何故なのじゃ?」


 彼女は少し驚いた顔をした


「“じゃっ“てあなたまるでおじいさんみたいな口調なのね。ハーフエルフか何かなのかしら」


 この世界では御多分に漏れずエルフは長寿らしい。


「まぁそんなところじゃ。それで何故か教えてもらってもいいかの?」


(まぁそんな簡単に信じるつもりは無いが)


 その質問に返答が返ってくる前に奥の部屋から女が出てきた。


「あれ?お客さん?」


「あらフレリア起きてたの」


 赤髪の2つのみつ編み、身長は佐藤浩之とほとんど同じぐらいで、閻魔より少し上の年齢だろう。皮鎧を身に着け、いかにもファンタジー感あふれる冒険者又は用心棒である。


 「いつものところでさっきまで飲んでたからね・・・・・・って、ん? 今日ギルドから渡された手配書に似てるけど、もしかしてそいつ昼間街中で騒ぎ起こしてた奴じゃないの?」


「恐らくそうよ。デラウェの裏通りで寒そうにしてたから助けてあげたの」

 

 フレリアと呼ばれた者の目が警戒の色を示す。


「ちょっと待って!わしは敵じゃない!この地に着いた途端にいきなり指名手配される状況になってわしもさっぱりわからんのじゃ」


「あんた死人(しびと)じゃないの?」


「死人?なんじゃそれは」


「・・・・・・あんたどこからきたの? 」


 地獄です。なんて言ったら更に不審者だ。なのでここは佐藤 浩之として答える。


「日本というところじゃ」


「ニホン?聞いたことないわね?」


「どのあたりにあるのかしら?」


「極東と言えばいいかの 」


「東の端ってこの国だと思うけれど、更にその東? 小さな島しか無かったと思うけれどそんなところに国なんて出来てたのかしら」


「その通り!島国なんじゃ」


 嘘ではない。


「すげぇ怪しいけど」


 閻魔は背中にダラダラと冷や汗をかく。


「そもそも空から降ってきただとか、首が180度回転してたとか噂があるけど、それについてはどうなのよ 」


 正直に伝えるとなると“自分は別の世界から来ました。そして不死身です。”となる。前者は伝えてもいいが、後者はダメだろう。不死身の肉体など多くの者からすれば垂涎の的だ。それが知れ渡った日には閻魔のこれからがどうなるか想像に難くない。


「わしはこの世界の住人ではないのじゃ」


 彼女らはお互い顔を見合わせる。そしてフレリアが尋ねる。


「それってスカイとかいう新しい英雄と同じやつ?」


「スカイ?なんじゃそれは」


「この前の魔王国との戦争で魔王を打ち取ったっていう奴。私も詳しくは知らないけどこの世界で生まれたわけではないって聞いてる」


 異世界転移者がいる。重大なことを聞いた。あと魔王もいたのか。素晴らしきかなThe Fantasia World。一度目にしてみたかった。


「まぁそいつと同じところから来たわけではないのじゃが、似たようなもんじゃな」


「へーっ。じゃ首の件については?」


「それは・・・・・まぁ種族的な特性で・・・・」


「種族?あんた純人間じゃないの?」


 この世界は様々な種族のものがいる。閻魔が事前に調べたところでは異世界でありがちな動物と人が合わさった猫人、犬人、牛人、豚人、鳥人、兎人、鼠人等、また空想上の生物と合わさった鬼人、龍人等がいるらしい。そして何も混ざっていない、種族的な特徴を外見に持たないプレーンを純人間と呼ぶらしい。ただこの言葉は差別的な意味も含むためあまり公の場で言わない方が良い、とこの世界について書かれた調査書には記されていた。


「人間なんじゃが、その、わしの世界の人間は首が180度回っても生きてられるっていう特性で」


「なにその梟みたいな特性」


 笑い声がキッチンの方から聞こえる。


「それであんたは何しにここに来たの?スカイっていう奴みたいにこの世界を救うためとかじゃないんでしょ」


「それはすまんが、言えん。じゃが、この世界に迷惑をかけるつもりはない。それだけは神に誓って約束する」


 万が一、第一獄丁がこの世界に来ていて隠れているなら閻魔が探しに来ていることがばれることだけは絶対に避けたい。さらに逃げ隠れされると面倒になるからだ。


「ふーん。まぁ言いたくないんなら別にそれでいい。クジェラ姉さんの拾ってくる子は大体が脛に傷があるのが多いからね。だけどまともな奴が多いし別に心配はしてない。ただ、」


 フレリアの眼光に鋭さが宿る。


「もし変なことをこれから少しでもすれば殺す。そうじゃないかと一瞬でも疑いを抱けば殺す。いいわね」


「わかった。そんなことはせんよ」


 キッチンの主人がパンと手を叩いた。


「さぁ、じゃあ改めて自己紹介しましょう。あなたの名前もまだ聞いていなかったしね。私はクジェラ・ウィリップス。デラウェ通りで“バラ色の歌声”という娼館のマダムをしているわ。と言ってもほとんどの経営はもう従業員に任せてあるからこっちで小さな小料理屋さんをしているのが主な仕事ね。何か困ったことがあったら私に聞いてちょうだい」


「私はフレリア・ミチカドール。ここに住んでて用心棒をやってる。あと時々冒険者もやってる」


「わしは佐藤浩之という。先ほど話したと思うのじゃが、異世界転移者じゃ。ほんでもって昨日この世界に来たばかりじゃからこの世界についていろいろこれから教えてくれると助かる。よろしく頼む」


 閻魔は頭を下げた。そのタイミングで火にかけた鍋がコトコトと音を立てる。


「さぁ、シチューが温まったわよ。フレリアあなたも夜食に食べる?」


「いや、遠慮しとく。今日は酒でもうおなか一杯」


 そう言ってフレリアは2階へと上がって行った。


「数日中に安全な場所まで案内してあげるから、しばらく準備が出来るまでここに居てなさい」


 こうして閻魔の多難な異世界生活1日目はようやく終了することとなった。

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心優しい天使の閻魔様は異世界転生してもやっぱTUEEEで恐ろしい。 芦田 黒ばね @ishidakurobane

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