エピローグ 日常へ…

7月下旬、昼

病院の自動ドアが開き、若い男が中へはいる。

つい先日来たばかりだと言うのに、そこだけで以前にはない新しいものが加わっている。

真新しい監視カメラが、来院した咲原に向き注視する。

これを見るたび、咲原は自戒の念に苛まれる。

あれからすぐ、咲原達は杉山を車まで運びだし、病院へと運ぼうとした。

吉田の運転で別荘を離れ、街中まで移動し、そこから救急車を呼んだ。

徳田はついて来なかった。やることがある。と言って一人屋敷に残ったのだ。

理由は翌日に分かった。朝のニュースで町外れで火災が発生し、黒須家の別荘が焼失。

持ち主である黒須隆弘が行方不明。警察が行方を調査中という報せを聞いたからだ。

杉山を病院へ運ぶのには苦労した。本来入院しているはずの杉山が何故外を出歩いていたのか、吉田と二人でなんとか理由を考えた。

結果、咲原が病院生活に退屈していた杉山をこっそり遊びに誘うが、出かけ先で傷口開き気絶。

慌てて休みだった吉田を呼び、応急処置を頼んだ、という説明で納得して貰えた。

もちろん病院側も咲原に対し酷く叱りつけ、退院日まで咲原の面会を禁止した。

叱られたのは咲原だけではなく杉山もだった。

その日からはトイレ、入浴以外外出禁止、面会も禁止、連絡も禁止、従業員口を含む全ての入り口に監視カメラを設置。という有様だった。

だが、吉田は休日で、加担もしてないというように咲原が弁解したため、監督不届きという扱いにならずには済んだ。

一番恐れていた、吉田の医者としての経歴に傷が付く、ということはないだろう。

それでもやはり責任を感じているようで、時折会うと申し訳なさそうにしていた。

階段を上がり、杉山の病室へ向かう。

中にいた杉山は着替えも支度も全て済ませ、待ってましたとばかりに咲原の元まで向かう。

「遅かったな」

「悪い、調べ物してて」

咲原が詫びるが、杉山はさして気にしている様子はない。

さあ、行こうと杉山が扉へ向かう。

既に病院側と挨拶を済ませておいたらしい。

咲原は少しホッとした。あれだけ怒られたのに、また顔を合わせるのは気が進まなかったからだ。

咲原と歩く間、杉山はずっと入院生活について話していた。

病気ではないため食事は普通に美味しかったが、ジャンクフードが恋しいとか、少し身体を動かしただけで先生や看護師に止められたとか、こっそり吉田がマンガやゲームを差し入れてくれたりなどだ。

一緒に歩く杉山はすっかり元どおりだ。

首元から覗く包帯が、怪我はまだ完治してないことを物語ってはいたが、吉田の話ではよっぽど無理しなければもう傷が開くことはないらしい。

その様子が、咲原は嬉しかった。

杉山の復帰が、日常が戻ってきたと実感できる何よりの証拠のような気がした。

吉田も徳田も、それぞれの仕事に戻り精を出している。

街には眩しいほどの日差しがおり、あの事件が嘘かのようだ。

ゾンビも消え、あの屋敷も消えた。

魔道書は徳田が然るべき扱いを知る人間に託すらしい。

もうあの事件が起きることはないだろう。

ふと、裏路地に目がはいる。

薄暗く奥は見えない。だが、何かに覗きこまれているような。そんな感覚を覚えた。

「咲原?どうした?」

杉山の声で咲原は我に帰る。不気味な感覚は既に消え去っていた。

「何でもない!すぐ行く」

そう言って咲原は駆け出した。きっと気のせいだ。

…この時、咲原は気づかなかった。

自分は既に深淵に囚われていたことに。

運命の歯車は、既に入れ替わってしまったことに。

そう、まだ咲原達は、自身に待ち受ける過酷な運命の一ページへ歩み出したばかりであった。

彷徨う屍 fin

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クトゥルフクロニクル 彷徨う屍 @kaniten0713

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