第10章 決戦
地下はほとんど明かりが届いていなかった。
窓がないため当たり前だが、これでは照明のスイッチすら見つけられない。
一つずつ階段を降りて行く。踏み外さないか心配だ。
一応懐中電灯もあるが、あまり使いたくなかった。ゾンビに位置を知らせるようなものだ。最も、もう知らせている可能性も高いが。
階段を降りると、先程の部屋より広い開けた場所に出る。
地下倉庫なのだろうか。暗くてよく見えないが、埃を被った段ボールや棚が壁一面に並べられていた。
「臭うな…向こうにいるぞ」
徳田だ。正面を見ると、奥にまた扉がある。
扉越しから確かに気配がした。だが、咲原は違和感を覚える。
以前ゾンビと対峙した時と、何処と無く別の者の気配ような気もする。ゾンビも恐ろしいが、もっと更に禍々しいような…。
四人が慎重に扉まで歩く。
「「グオオオオオオォ!」」
扉までの道を中頃まで行った時だった。
突如叫び声が聞こえる。慌てて辺りを見回した。
いた、ゾンビだ。複数いる。辺りの物資の陰に身を潜めていたらしい。
そう思った次の瞬間には襲いかかってきた。
狙いは自分と吉田か。
鋭い鉤爪が暗闇の中で妖しく光る。
「させるか!」
杉山と徳田だ。それぞれ咲原と吉田の前に立ち、ゾンビの奇襲を蹴りで受け止めていた。
ゾンビ達は奇襲を弾かれ少し仰け反る。
その隙に二人も距離をとって戦闘態勢をとった。
危なかった。杉山達が庇わなければ自分も吉田も無傷ではいられなかっただろう。
しかし、安心してる暇はない。咲原は慌ててスタンガンを構え自身も戦闘態勢とる。吉田も同様だった。
状況を確認する。ゾンビは4体。うち3体は奇襲をかけていた奴らだ。
最後の一体は壁際にいる。
こちらも四人。4対4の戦いだ。
咲原の中にもう恐怖心はなかった。
戦闘開始だ。
まず始めに動いたのは吉田だった。
近くにあった石を拾い、ゾンビに投げつける。
命中だ。一番手前にいたゾンビの顔面にクリーンヒットするが、大きなダメージにはなってない。
だが、その衝撃でゾンビ(ゾンビ1とする)はよろけた。
次に咲原と杉山がほぼ同時に動く。咲原が少し早い。そのままゾンビ1を狙って殴りつけるが、躱されてしまう。
拳が空を切り、バランスを崩した咲原はそのまま転倒してしまう。さらに悪いことに、その衝撃で手に持っていたスタンガンは壁際に放り投げられてしまった。
丸腰の状態で目の前にはゾンビ。あまりにも危険な状態だったが、ゾンビが動くより先に杉山が間に合う。
そのまま咲原の目の前にいたゾンビ1に回し蹴りを叩きつけた。
「大丈夫か!?」
杉山が即座に振り返りこちらを見る。
ゾンビ1は吉田と杉山によって頭部に大きなダメージを負ったようで、既に満身創痍のようだ。
杉山に「心配ない」と言って咲原も立ち上がろうとする。
しかし、残った二体のゾンビ達は咲原が態勢を整える前に襲いかかってくる。今度はゾンビが鉄パイプで武装していた。
一体目(これをゾンビ2とする)の攻撃を、咲原は倒れながらも転がって躱す。
二体目(これをゾンビ3とする)の攻撃が来る前に杉山が前に立ちにカウンターで蹴りかかるが、これはゾンビ3が躱し空振ってしまう。
隙を見て咲原が立ち上がると、戦況は既に変わっており、自分と杉山の前には先程のゾンビ2とゾンビ3が立ち尽くし、吉田と徳田は既にゾンビ1と戦っている。
徳田の方は吉田を守りながらだが、ゾンビと一対一でも充分に応戦出来ていた。
やはり吉田と杉山が与えた攻撃のダメージが大きいのだろう。
だが、対峙しているゾンビ3の他にも奥にまだゾンビ(これがゾンビ4だ)がいるため、あまり油断も出来ない。
何故動かないかはわからないが、不意を突かれれば一気に形勢は覆されてしまうだろう。
杉山もそれに気づいているようで、数秒ごとに対峙しているゾンビ2、3と奥のゾンビ4をそれぞれ目で追っている。
自分も対峙しているゾンビ達に目を向ける。
杉山の蹴りを恐れてか向こうからは仕掛けてこない。数秒、睨み合いが続いた。
「咲原、お前奥の奴を見張ってくれ」
そう言うと痺れを切らした杉山は対峙していたゾンビ達に向かう。
杉山が蹴りで仕掛けるが、ゾンビ達はあっけなくそれを躱す。
そのまま鉄パイプで反撃に出たが、杉山をそれを躱し、再び蹴りで応戦する。
今度は杉山とゾンビ達の戦闘だ。
二体一。杉山も決して負けてはいないが、いつ傷が開くかわからない。
徳田達か杉山、どちらかに加勢したい状況だったが、見張らなければならないゾンビ4がおり、頼みのスタンガンも何処かに飛ばされてしまっている。
武器がない咲原ではあのタフなゾンビに決定打を与えるのは難しいだろう。
そんな時だった。
「徳田さん!避けてください!」
突如吉田が叫んだ。何事か、と振り返ると、吉田は持っていたスタンガンを構え、ゾンビ1目掛けて振り投げる。
スタンガンが勢いよくゾンビ1に叩きつけられ、半壊する。
一瞬、だが眩い電流が地下室中に光り輝いた。
「グオオオオオォ!!」
ゾンビ1は電流を浴びるとその身体を大きく痙攣させた。
最初の攻撃に加え、スタンガンそのものがショートする程の電撃。
ゾンビ1の身体も限界を超えたようで、その場に崩れ落ち、その身体を塵に変えた。
「よくやった!吉田!」
徳田も吉田に労いの言葉をかける。
吉田を庇いながらの戦いだったためか、よく見ればいくらか傷を負っているが、本人は気にしている様子はない。
奥にいるゾンビ4は動かないままだ。
徳田は杉山の元へ向かい加勢し始めた。
だが今度は杉山の動き鈍り始めめていた。
よく見ると、服が赤く染まっている。
「マズイ、傷口が開き始めたんだ」
咲原と共に奥のゾンビ4を見張っていた吉田が言った。
杉山は徐々にゾンビ達の動きについていけなくなり、躱すのがやっとになっていた。
自分も加勢に行こうと思った咲原だが、それでは奥にいるゾンビ4が仕掛けた時、丸腰の吉田が危険だ。
どうすれば…。そんな時、咲原の手がスラックスのポケットを掠めた。
中身を取り出すと、それはボールだった。
少年と約束したあのサインボール。これを使えば…。
迷っている暇はなかった。咲原はボールを握り、それをゾンビ達を狙いふり投げた。
ボールは勢い放たれ、ゾンビ達目掛けて飛んでいく。そのままゴン、という音とともにゾンビ2の頭に命中した。ゾンビも一瞬不意を突かれ動きを止める。
その一瞬を杉山は逃さない。
そのまま鳩尾に鋭い蹴りを浴びせた。ゾンビ2はそれに耐えきれず吹っ飛んでいく。
ゾンビ2は壁に叩きつけられ、身体は塵と化す。
同時にゾンビ3の劈くような唸りが聞こえた。
声のした方向を見ると、サラサラと砂のようなものが舞っている。
もう一体を徳田が倒したようだ。
「ナイスアシスト!」
杉山が咲原に親指を立てる。
傷は広がったようだが、足取りはしっかりしていた。
これで一安心、というところだろう。
「さあ、後はお前だけだ」
杉山の言葉と同時に、全員の目線は最後に残ったゾンビ4に集まる。
杉山と徳田は再び臨戦態勢を取った。
「や、やめろ!やめてくれ!」
抵抗の意思も、殺意を見せずゾンビ4が突如放ったその言葉に、全員目を見開いた。
「喋った…?」
杉山の言う通り、今この怪物は人の言葉を話した。今まで出会ったゾンビは呻くか、叫ぶのが精々だった言うのに。
「まさか、お前、まだ理性が残っているのか?」
徳田の問いかけに、ゾンビ4は「そ、そうだ」とどもりながら頷く。
「僕は他の奴らとは違う。記憶もある。自我もある。化け物じゃない。だから、見逃してくれ…」
そのゾンビ4は怯えながら咲原達に懇願した。
その姿からは全く戦意は見えない。
どうやら人間としての理性がまだきちんと残っているようだ。
しかし、見た目は他のゾンビと変わらない。
何故このゾンビだけ…。咲原の頭に一つの可能性が思い浮かぶ。
「まさか…お前、黒須隆弘か?」
咲原が問いかける。
その言葉に今度はゾンビ4が目を見開いた。
「ぼ、僕のことを知ってるのか?」
「ああ。教えてくれ。何があった?」
怪物はそのままぽつり、ぽつりと話し始めた。
「僕は、世間一般で言うオカルトマニアだった。それも特に魔術、魔法に関しては人一倍興味ある人間で、色んなとこを歩き回って魔術や魔法にゆかりのある品を探していたんだ…。
はっきり言って、そこらのマニアにも知識もコレクションも負けない自信があった。
何しろ僕はあの黒須ホールディングスの息子だから、お金ならパパがいくらでもくれた。
黒須ホールディングスのことは言うまでもないよね?有名企業だもの、君らみたいな貧乏人でも名前くらいは知ってるはず」
少し小馬鹿にしたような態度が鼻についたが、黒須ホールディングスのことは知っている。
主にドラッグストアの経営で大きな収入を得ている企業で、全国チェーンにまでなっている。
咲原、徳田、吉田は首を縦に降るが、杉山は知らない、とばかり手のひらを上にした。
「何それ?」
「し、知らないのか⁉︎見た目以上に知性がないな君は」
その態度に杉山は手を上げようとするが、徳田と咲原で抑えた。
杉山を止めながら咲原が続けるよう促す。
「とにかく僕には自分に投資する時間も金もいくらでもあったから、色々な場所へ行った。
凄いぞ、魔術師が使ったとされる瓶や魔法陣を書くの使ったとされる筆、あのパルケルススの持ち物だった魔法のナイフ。
本当に色々なものを手に入れた。…あの魔道書も、その一つだった。
でもそれが、悲劇の始まりだったんだ。
僕はある魔道書を手に入れて、それからはずっとその本の解読に精を出した。
でも、やっとのことで見つけた呪文を実行したら、気がついた時にはこの姿だった。
その場には僕が呼んだオカルト仲間が沢山いたが、全員やられていた。しかも、僕以外は理性もなかった。
僕は必死で、なんとか元の身体に戻ろうと新たな呪文を見つけたけど、それが最悪の事態を呼び起こした」
そこでゾンビは口を閉ざした。
「最悪の事態?なんだ、それは」
徳田が問いただすが、その言葉に応じない。
両手を抱えて震えている。
「駄目だ、もう遅い。君たちにやられた時点で終わりなんだ…。僕は用済みだ…。あの方はお許しにならない…。生贄を連れてこれない僕はもう終わりなんだ…」
ゾンビはある一点を見つめていた。
それは地下室の奥の扉、咲原達が気配を感じた場所そのものだ。
今やその気配は先程とは比べものにならない程大きくなっていた。
扉はガタガタと震え、向こう側から無理やり押し出されるように曲がっていく。
「あ、ああ…逃げなきゃ…逃げなきゃ…うわあああああああああ!」
ゾンビは叫びながら一目散に飛び出した。
目の前にいた吉田を突き飛ばし、地上への階段へ走り出す。
その時、奥の扉は開いた。否、吹き飛ばされた。
そこから溢れ出たのは吹きすさぶ黒い影。
霧のように舞うそれは一瞬で地下を覆いつくす。
次の瞬間には視界は暗闇で閉ざされ、一筋の光さえ消し去ってしまう。
「やめて、やめてくれ!」
黒須の悲痛な叫びだけが、閉塞した空間にこだまする。
目には見えないはずなのに、黒須が捕らえられている様子が頭に浮かんでしまう。
「やだ!まだ死にたくない!誰か!誰か!助けてくれ!」
しかし、その叫びを聞いても、咲原は動けずにいた。暗闇に圧倒され身動き一つとれない。金縛りのような状態で、何も見えずただ、立ち尽くすことしか出来なかった。
「金ならいくらでも払う!なあ!いるんだろ!そこに!いるんだろ!
こんな惨めな最期は嫌だ!まだ!僕は何も!何も成し遂げていない!誰か!誰か!」
その後はミシミシミシ、と何かを握り潰すような、引き裂くような音と言葉にならない絶叫だけが耳を貫いた。
その叫びは徐々に消えていき、サラサラサラ、と砂のようなものが舞っていく音が聞こえる。
「僕を、許してくれ…」
その言葉を最後に、黒須隆弘は死を迎えた。その事実だけがこの暗闇で理解できてしまっている。
だが、本当の恐怖はここからだった。
一面を覆っていたはずの黒い霧から、眩しい程の闇が現れる。
黒く、決して光とは相容れないはずのそれは、暗闇に呑まれず何処までもその存在を示していた。
それは一つの不規則な塊となって、徐々にその姿を形にする。
最初は円柱のように、そして大きな芋虫のように、最期には竜のようにその姿を作り上げる。その頭部には銀の仮面が被さっており、咲原の目には手足のない黒い巨人のように映った。
これはこの世のものではない。咲原は本能的に察知した。
ゾンビとは比較ならない恐怖。まるで心臓が内部から凍りついて行くような感覚だ。
気力、活力、生命力。その全てを吸い取られているように感じる。
それは身動き一つせず、ただこちらに語りかけてきた。
「我が名は不死者の王、モルディギアン。
人の子よ、其方らに問う。ここに、不死者はもういないか」
頭の中に直接流れ込んでくるような言葉に、返さなくてはまずい、と咲原は感じる。しかし、唇一つ動かすことすら出来ない。
「ああ…いない」
掠れるような声だが、徳田のものだ。動かない唇を無理やり動かしたような話し方だ。
「ならば、もうここに用はない」
徳田の言葉に、部屋の中を嵐のように黒い霧が舞っていく。
それは黒い霧と共ににその姿を消していき、最期には静寂だけが取り残された。
階段の上からわずかだが光が再び差し込み、三人の顔が見えた。
全員無事のようだ。冷や汗をかいて、その顔は一様に青白くなっていたが、誰一人としてアレの餌食にはなっていないようだ。
「三人とも、無事ですか!?」
咲原の問いに、徳田、吉田はああ、大丈夫だ。と返した。
しかし、杉山は返事もせずそのまま床に倒れこむ。
「杉山!」
慌てて駆け寄るが、杉山に意識はない。
シャツには一面赤い海が広がっていた。
吉田が慌てて治療を始める。
その夜、再びサイレンが街を駆け巡った。
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