第270話 王に鉄槌を、王に祈りを
俺は地下闘技場でリリディがリゲルとクワイエットさん相手に戦う姿を見ていた
魔法無しの打撃稽古だというけども、リリディのグェンガーを使用した黒煙化での回避を使用してもあの2人は移動先を予想して迫ることが出来るのはとんでもない
まぁ1人と2人じゃ結果は見えているのだろうけども、その2人はリゲルとクワイエットさんだ
まだギール・クルーガーに慣れてないリリディでもかなり辛い稽古と言える
そんな訓練を俺はティアとティアマトそしてリュウグウと共に見ているのだ
《まぁメガネの弱点は体力が無いってことだな》
ティア
『ドレインタッチで体力吸収頼みだけど、魔物相手ならば全然強いのに』
リュウグウ
『対人となれば話は別、ということだな』
アカツキ
『…てか最近の国内の情報だけど毎日見てると怖いよな』
俺はとある事を口にする
蛸の姿をした人型の化け物がコスタリカで騒ぎを起こしてからそれは点々と場所を変えて目撃されているのだ
発生した日付と場所を見てみると俺でもわかる答えが導き出される
あれはここに向かっているのだ
するとリリディが体力が切れてきて前屈みになる
その隙にクワイエットさんは手に持っていた小石を指で弾いて彼の顔に当てる
当然、それによって反射的に目をつぶってしまうリリディだが
目を開けた時にはリゲルが目と鼻の先にいるのだ
『ほらよ』
リリディは額をデコピンされて尻もちをついた
だが2人の攻撃をあれだけ避けながら攻撃に転じれただけで凄いと思える
息を切らしながら地面に座るリリディは大の字に地面に倒れ、『水』と囁いた
パートナーであるギルハルドが水筒を咥えて彼のもとに向かうと、リリディは水筒の中の水をガブ飲みさ
リゲル
『グェンガーは良い感じだ。もちっとギリギリまで筋力つけておけ』
クワイエット
『良い感じだね。細かく言っちゃうとあれだ…物理攻撃が大振り過ぎるってくらいかな』
リリディ
『意外とこのスタッフ重いんですよ』
リゲル
『なら鍛えねぇとな』
クワイエット
『最近の情報紙だとゾンネの移動は緩やかに進んで1週間後にここに辿り着く計算だけど。僕らで戦うには1人1人がそれなりに自衛できる力がなきゃ話にならない』
リリディ
『クワイエットさんはゾンネの今の強さでどこまでやり合えると思いますか?』
クワイエット
『幻界ではみんが極限状態まで疲弊し切ってたから手の打ちようがなかった。だからゾンネはあの場で決着をつけつつも最後の記憶を手に入れたかったんだろうね。でも今僕らは万全を維持することが出来るから今回のゾンネの行動はちょっと困惑してるんだ。』
リリディ
『わざとこちらに向かっているという情報を残しながら向かっていますからね』
クワイエット
『そこまでは理解しているなら嬉しいね。なんでだろうね…わざと爪痕を残しながらここに向かってるって伝える理由がわからなくて困惑しちゃうよ。』
リゲル
『あれは生前のゾンネであってそうじゃないって意味が答えかもしれねぇな。自分で言っててわけわかんねぇけどよ』
《だがあながち間違いじゃねぇ》
闘技場の中の3人は客席の俺に視線を向けた
テラの声はやはり俺から聞こえてくるらしい
ティア
『なんとなくわかるけど。昔のゾンネは全てを犠牲にしてでも最悪な時代を終わらせるために動いていたけども今のゾンネには生前とは違って身勝手な思想が強いってこと?』
《本当のあいつならばこんなことはしねぇだろ?》
アカツキ
『なんでだ?』
ティア
『私達がこうして生まれているのは先祖が生きているからであってそれはゾンネが勝ち取った証拠でもある。そんな時代を自ら壊すような真似をするのはゾンネじゃないってことかな』
《そうだな。多分だが蘇った奴らを思い出せばなんとなく答えが出る。》
リュウグウ
『みんなそれぞれが欲深くなっているということか』
《そうだ!食べる、戦う、思い出、それらが彼らを強くさせる源になってるが…ゾンネの場合は思い出だ。だからこそ今の様な行動を取っているのだろうよ。最愛の妻を忘れるわけにはいかなかったんじゃねぇか?せめて思いだしたい一心で犠牲を増やしてでも名を知る為に》
欲が強くなって蘇った3人
ゾンネは記憶だった
自分を制御できずに今は動いている、といった所か
アカツキ
『説得は無理か』
ティアマト
『できねぇから戦うしかないって感じになってるぜ』
アカツキ
『なるほどな』
ティア
『私達も以前より全然強くなってる。今は調整しながら立ち向かうしかないかもね』
リゲル
『その通りだ。無理して時間をかけて力をつけようとして失敗されちゃ困るから調整時期だと思え…あと1つ確認していいか』
彼は周りを見回しながら言ったのだ
テラは《誰もいねぇから大丈夫だ》と念押しするとリゲルは幻界の森での言葉を口にする
リゲル
『知らねぇとは言わせねぇぞ?ゾンネが知りてぇ名前、俺達は知ってんだ…猫神の洞窟の言葉を忘れたわけじゃねぇよな?』
今だからこそわかる
違うよな?と思いたくなったことが何度もあったが
俺達はゾンネの妻の名を知っている可能性は高い
幻界の森、そこにはヒドゥンハルトの集落があったのだ
猫神の祠の中には日本語という文字で猫神がゾンネ宛に書いたであろう遺言と化した言葉が残っていた
『全てを捨てても貴方には何も残らない、家族さえも残らない。でも私だけがいれば貴方を救えるかもしれない…貴方はそれを拒んだ。本当に悪魔になる為に支えとなる者を遠ざけ、いったい貴方は最後にどんな顔をして死んでいったのか…貴方が優しかった事は私が覚えている。愛を教えてくれた…。愛よりも悪を選んだ貴方は今どこで何をしているのですか?貴方がいつも作ってくれたチェリーパイの味と貴方の優しさは孤独の私を蝕む。エミリアがいつも私の毛繕いをしていた思い出もそうです。人間は愛を知っている…だから私は神となった。その神が人間の帰りを待つというのも面白いですね。私は貴方が現れるまで、そして貴方が手料理をいつものように作ってくれるまで私は空腹というスパイスでいつまでも待ちます。貴方が授けた名、何故私の名前をバナナにしたのか、いまだにわからない。』
エミリア・マグナート・リュ・エンデバー
それがゾンネが求める妻の名前だ
悲しい王様は未来を生きる人間に悪逆非道な人物だと語り告げられるが、それでも戦争を終わらせた
それしか当時は方法が無かったからだ
だが今でも恐怖でしか解決できない事はある
外から言葉を投げるのは簡単だ
しかし中にいる人間にしかわからない事は沢山ある
その日は森で各自が称号の使い勝手に慣れるために適度に魔物と戦ったが、問題はない
夕方のギルド内、ロビーで仲間と共に話をしていると俺は少し小腹が空いたので2階のテラスで屋台をしているトンプソン爺さんのおにぎりを買いに席を立つ
ティアが不安そうな顔を浮かべているが、俺は大丈夫だと笑顔を浮かべる
階段を登ろうとした瞬間、テラが口を開いた
《よせ、何を考えているかわかっている》
だが俺は彼のいう事を聞かなかった
実際に凄い怖い
テラが言っていた『知らないほうが良い事』を知ってしまったからあいつの言っていた意味を知る
偶然なのか、テラスには1人の冒険者もいない
トンプソン爺さんは鼻歌を歌いながら屋台でおにぎりを握って具を入れている最中だ
本当にお米が大好きらしい
だからこそ俺は馬鹿みたいに安直に考える事にしたのだ
トンプソン爺さん
『おんやぁ?ピヨピヨちゃんのお腹が空いたのかな?』
俺は笑顔を浮かべながら屋台の近くに設置された椅子に座る
この人とは何年の付き合いだろう、冒険者になった頃から幾度となく頑張れと言われ続けてきた
色々と何かとアドバイスをくれた人だ
アカツキ
『昆布2つください』
トンプソン爺さん
『今鮭を作ってからでいいかな?』
アカツキ
『構いません』
トンプソン爺さん
『今日は特別な日じゃから銅貨2枚にしてやろう』
アカツキ
『誕生日ですか?』
トンプソン爺さん
『ワシだけの記念日じゃ』
なんの記念日かは教えてくれないらしい
鼻歌交じりでおにぎりを握るトンプソン爺さんは機嫌が良さそうだ
俺は言うか言うまいか悩んでいると、彼は囁くようにして言い放ったのだ
『足が震えているぞ』
凍てつく声、それを聞いただけで俺の前身の鳥肌が一瞬で立つ
生唾を飲む音がいつもより大きく聞こえる、心臓の脈打つ音もだ
笑顔で返す事はもうできない、だからといって彼を見て話しかける勇気もない
俺は以前言われたことをふと思い出し、その答えを自分なりに答えた
『民を取り戻すために戦う王と愛する者に会うために戦う王、どちらが正当かって聞いた時は意味がわからなかったんです』
反応を見せることは無い
ならば話し続けないと駄目だと俺は思った
『不運な王ですよね、無秩序であった国が統率を手にした瞬間に民を奪われるって理不尽極まりない事だと僕は思います。確かに奪った方は中の事情を知らずにそうしてしまったのかもしれません。どう考えると取り戻すために王が必死になるのってごく普通な事だと思います』
『ではお主ならばどうする?』
『僕なら奪った人に返すように説得します。僕ならばその可能性もある』
『1人で何ができると思う?』
『でも統率した王も、もとは1人です。1人からそう思う事で始まる事はあるのではないでしょうか』
トンプソン爺さんの手が止まった
俺はそれを横目で見ていた、しかし顔までは見えない
額から汗が流れるが、それだけじゃない
全身からドッと噴き出ているのがわかる
『無秩序は弱さの証、しかし王は強い…だから1つの生物をまとめたのだ。その代償が奪われる辛さを知っているか?』
『奪われる辛さを僕はどう感じたらいいかわかりません、しかし奪われる辛さを知っている友は近くにいます。それでも彼は強く生きています…』
『その王に我慢して時を待てというか?』
俯く俺の近くに近寄る気配、テーブルに何かを置かれたが
きっと俺が注文したおにぎり2つだ
しかし顔を上げることが出来ない、怖すぎるからだ
『待つんじゃないんです。信じてほしいんです』
『その王は違う国の未熟な王と約束をしたが、奴は相応の結果を出せずに王に殺された。お前は何を言っているかわかっているか?』
『僕だからできると思います。奪った本人も真実を知っていればきっと民を奪う事なんてしなかったと思います』
『ならお前は何を差し出す?その王は代償を支払わなければ動かぬのだぞ?相応の対価とは命しかあるまい』
俺は深呼吸しながら色々考えた
差し出すのは俺の命しかないという遠回りな言葉でしか聞こえない
悪魔ならばそういったやりとりが普通なのかもしれない
緊張が更に増していくと、ふとトンプソン爺さんが言い放ったのだ
『米とは良い食べ物だなアカツキ、王もきっと民に教えたいと願っている』
俺はその言葉で少し気が楽になる
『きっとその王は怒り任せに動いても良い未来は来ないと思います。』
耳鳴りがする
そして他の音が全然聞こえない
なんでこんな目にあっているんだろうかと自分で飛び込んだ状況に何故か自問自答してしまう
近くで溜息が聞こえると、体が強張る
そこで意外な事が起きた
トンプソン爺さんはテーブルに乗せたおにぎりを掴んだのだ
これには俺も顔を見上げてしまったが、それを勝手に食べちゃったんだ
呆気に取られていると、彼はニコニコしながら屋台の中に戻って別のおにぎりを2つ俺に投げ渡してきた
トンプソン爺さん
『知ってるかの?確かに悪魔は人間を食べる生物と言われているが好きではないらしいぞい?』
『え…』
トンプソン爺さん
『それしか口に合う食材がなかったのじゃ。』
そういいながら美味しくおにぎりを食べるトンプソン爺さん
俺は人間が食われる未来はないだろうと感じだ
『きっと民を奪った者も、わかってくれます』
『わからねば誰かの命が消える…。返してくれても恨みは消えぬ場合はどうじゃ?』
『謝らせます』
トンプソン爺さんはキョトンとした顔を浮かべると、高笑いしたのだ
それで俺の緊張は解かれたのだ
投げ渡されたおにぎりは作りたてだから美味しい
しかも具材は…サーモン!
トンプソン爺さん
『アカツキ、お前は難しく考えずとも良い』
アカツキ
『…以前からそう言われていました。』
トンプソン爺さん
『民を奪われた王に関しては一先ず様子見じゃな。だがただの勝手な王はどうする?』
アカツキ
『終わらせます。そうじゃないと民を救いたい王の為にも僕が動けませんので』
トンプソン爺さん
『王はきっと期待している。アカツキだからだ』
俺は2つのおにぎりを食べ終わると、テラスを後にした
2階から階段を降りる前に俺は額の汗を拭くために足を止めると、テラがようやく口を開いた
《馬鹿かお前は》
『でもこれはテラがしなくてはいけない事だ』
《…くっはっは。お前に言われるとは、本当に馬鹿だよ兄弟はよ…。》
『約束してくれ。俺は欲深くない…まだ普通に暮らしたい普通の男であって普通の夢しかない。お前を解放したら俺の願いはどうでもいいから内情を知らずに封印した悪魔を解放してほしい』
《世に飛び出すやもしれんぞ?》
『王はそうさせない。それだけの力がきっとある…』
《…考えておく》
みんな理由がある
だからこそ争わなくてもいい部分を見つける事が出来る
俺は下に降りると、仲間は驚いた顔を浮かべて椅子から立ち上がる
そこまで驚かなくてもいいのになぁと思っていたんだけど
視線は俺の後ろだ
『ん?』
俺は振り向くと、そこにはトンプソン爺さんがいたのだ
殆どロビーには来ない人だったから驚いたが、さっきは緊迫した話し合いをしたばかりだから再び俺は体が強張る
仲間達も身構えず、結構警戒している感じがするが
正体は仲間にもバレている
トンプソン爺さん
『明日から君たちだけ銅貨1枚でおにぎりは統一してあげちゃおう!高いおにぎりを買えば得じゃぞ!?』
唐突な宣伝にリュウグウは首を傾げている
ギルハルドは凄い威嚇しているけども、トンプソン爺さんは無視している
ティア
『トンプソンお爺さん…』
トンプソン爺さん
『強くなりおって、ワシゃ嬉しいぞい』
超機嫌が良いらしい
それだけ告げると、トンプソン爺さんは2階へと戻っていった
俺は仲間に『飲み物を3杯飲みたい』と告げる
気を利かせてリリディとティアマトが飲んでいたバナナジュースを俺に差し出すと、俺はありがとうと言って2杯を順番に飲み干した
リュウグウ
『お前は世界一の馬鹿だな』
アカツキ
『何度でも言え。でも背水の陣じゃなくなった』
ティアマト
『どうだったんだ』
アカツキ
『中立でいるような感じだ。だから大丈夫だ…ゾンネを倒すまでの間はな』
ティア
『なら私達は1人の化け物さんの心配をしなくてもいいって事だね』
俺は勝手にティアの飲み物まえ奪い、飲み干すと一息ついて答えたんだ
アカツキ
『イグニスは今は動かない。それは約束してくれた』
馬鹿は剣より強い 案山子 @devisaku
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