クソデカメロス 後編


 眼が覚めたのはクッソ深夜だった。

 メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と額の皮が擦れてなくなる勢いで頭をこすりつけて頼んだ。婿の牧人は目ん玉と心臓と胃が一度に飛び出るほど驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も、というか今日着る寝間着の洗濯すら出来ていない、葡萄が腐って貴腐ワインの醸造が始まる季節まで待ってくれ、と答えた。メロスは、待つことはマジで出来ぬ、どうか明日というかもう今すぐにしてくれ給え、と更に押してたのんだ。

 婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで口角泡を飛ばして泡風呂ができるくらいの熱苦しい議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、割と物理的に説き伏せた。


 結婚式は、かんかん日照りの真昼に行われた。新郎新婦の、八百万とその大勢の神々への宣誓が済んだころ、黒色無双もたまげるレベルの黒雲が空一面を覆いつくし、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて四トントラックの車軸を流すようなクソヤバ大雨となった。

 祝宴に列席していた村人たちは、何かハルマゲドン的なものが起こりそうな不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、熱中症で死にそうなくらいむんむん蒸し暑いのもこらえ、陽気に歌をうたい、手を拍った。メロスも、満面どころか全身に喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。

 祝宴は、超・深夜に入っていよいよディスコとパリピも裸足で逃げ出すほど乱れ華やかになり、人々は、外の屋根に穴が開いて家が吹っ飛ぶレベルの豪雨を全く気にしなくなった。メロスは、一万生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと骨になるまで生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。メロスは、わが身にこれでもかと束ねまくったバラ鞭を打ち、ついに出発を決意した。

 あすの日没までには、まだ鼻歌を歌いながら転げまわって十分おつりがくるレベルの時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、このクソヤバい雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。メロスほどのスゴイ強くてヤバいくらい誠実と後の詩人が読む男にも、やはり未練の情というものは在る。

 今宵呆然、歓喜に酔っぱらっているらしい花嫁に近寄り、


「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」


 花嫁は、麻薬でも吸ったような夢見心地で首肯いた。メロスは、それから花婿の肩を粉微塵に砕けるくらいの強さで数百回ぶったたいて、


「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ。」


 花婿は中に卵と酢を入れたらマヨネーズにしてくれそうな勢いで揉み手して、茹蛸も恥じらうほどめめっちい様子でてれていた。メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、クソデカ羊小屋に刺客じみた隠密さでもぐり込んで、死んだように深く眠った。

 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起きて羊小屋の屋根をぶち破った後着地の際に床と柵もぶち破り、南無三、寝過したか、いや、まだまだ超余裕大丈夫、これからマジですぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。

 メロスは、貴族の寝起きでもここまで余裕ぶっこくわけないやろと言いたくなるくらい悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。

 身仕度は秒で出来たが羊小屋の掃除に時間を奪われた。


 さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って羊小屋の壁をぶち破り、雨中、弩弓から城壁をぶち破るべく放たれた矢の如く音速も置き去りにして走り出た。

 私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。王の奸佞かんねい邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。若いメロスは、ありえんくらいクソつらかった。幾度か、五秒に一度くらい、立ちどまりそうになった。えい、えいと山中に響き渡って熊除けに出来るくらいの大声挙げて、自身を悪戯した子を叱る母よりもえげつない形相で叱りながら走った。

 村を出て、野を百回横切り、森を千回くぐり抜け、死ぬほど遠い位置にある隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ炎天下という言葉が鼻で笑い飛ばせるくらいエグく暑くなって来た。

 メロスはじゃばじゃばと音がしそうなくらい流れ落ちる額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は毛ほども無い。妹たちは、きっと誰もが見た瞬間顔を赤らめて共感羞恥にもだえ苦しむ佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。山に大穴空けて隧道トンネルを掘る勢いでまっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。

 ゆっくり歩こう、と持ちまえのカタツムリとクマムシを足して二倍したくらいの呑気さを取り返し、好きな小歌を後の世に詩人がこぞって手本とするようなクッソいい声で歌い出した。ぶらぶら歩いて二千里行き三千里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、メロスの足は、はたと、クソデカネオジム磁石に落とした鉄球のようにとまった。

 見よ、前方の川を。きのうのメロスの村でなければ降雨の勢いだけで家が土砂崩れするほどの豪雨で山の水源地は氾濫はんらんし、濁流滔々とうとうと下流に集り、猛勢一挙にクソデカ橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激・激流が、破片がミリ以上のものが存在せぬほど木葉微塵こっぱみじんにクソデカ橋桁はしげたをこれでもかとばかり根こそぎ跳ね飛ばしていた。

 彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと隅々の隅まで舐めとるように眺めまわし、また、声を限りにクソデカく遠方迷惑になる勢いで何度も何度も呼びたててみたが、繋舟けいしゅうは残らず浪に浚われて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きに超泣きじゃくりながら超覚醒ゼウスに手を挙げて哀願した。


「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。」


 クソヤバ濁流は、メロスの叫びを鼻でせせら笑う如く、ますます激しくヤバさとクソデカさを増して、輪舞曲ワルツを百倍速にしたくらいグルングルン躍り狂う。クソデカ浪はデカ浪を超呑み、超捲き、クッソ煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。

 今はメロスもめっちゃ覚悟した。泳ぎ切るより他に策など無い。全然まったくこれっぽっちも無い。ああ、神々も照覧あれ! クソ濁流にも負けぬクソデカ愛とクソデカ誠のむっちゃ偉大な力を、いまこそ超発揮して見せる。

 メロスは、ざんぶとヤバい感じの流れに飛び込み、百万匹の八岐大蛇やまたのおろちのようにのた打ち荒れ狂うクソデカデカ浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、さすがの超覚醒天空神も哀れと思ったか、ついに憐愍れんびんを垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の世界樹と見紛うえらくデカい樹木の幹に、すがりつくどころかその幹をベアハッグでへし折る事が出来たのである。

 ありがたい。メロスは馬のように大きな胴震いを一つはおろか百回くらいしまくって、すぐにまた先を急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜいと喘息が疑われるちょっと危ない音交じりの荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。


「待て。」

「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」

「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」

「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」

「その、いのちが欲しいのだ。」

「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」


 山賊たちは、ものも言わず一斉に錆びた釘でびっちり蓋われた棍棒を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒をゴリラめいた勇ましさで奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三百人をぺちゃんこになるまで思う存分殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走ってチーターも驚くべき速度で峠を下った。

 一気に峠を駈け降りたが、流石にクッタクタのヘットヘトに疲労し、折から午後の灼熱の鉄もタングステンも解け落ちる太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾百度となくグルングルンするような眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。

 立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣きクッソ汚ねぇ鼻水をそこら中に出した。ああ、あ、激・濁流を泳ぎ切り、超山賊を三千人も撃ち倒し韋駄天むしろ音速針鼠ソニック、ここまで突破して来たメロスよ。真の末代まで詩人に謳われ並みのイキリ太郎が赤面する勇者、メロスよ。今、ここで、クッタクタに疲れ切って指一本も動けなくなるとはクッソ情無い。超愛する超親友は、おまえを信じまくったばかりに、やがてむごたらしくなぶり殺されなければならぬ。おまえは、稀代の超絶不信の人間、まさしくあの百代先まで暴君暗君愚君と揶揄されるかのひょろひょろ王の思う壺だぞ、と自分をむっちゃ叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにもクマムシほどにも前進かなわぬ。

 路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共に超やられまくる。もう、どうでもいいという、千年先まで称えられ祀り上げられる勇者にはありえんくらい不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅どころか半分くらいに巣喰いまくった。

 私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を唐竹割りにすっぱり真っ二つに截ち割って、ドロッドロに濃い真紅の心臓をお目に掛けたい。クソデカ愛とクッソスゴイ信実の血液だけで動いているこの一抱えくらいもあるクソデカバクバク心臓を見せてやりたい。

 けれども私は、この大事な時に、精も根も気力もやる気も体力も尽きはてたのだ。私は、よくよくよく超不幸な男だ。私は、きっとそこらへんのよく知らないクソみじめな家無しのおっさんからも笑われる。私の一家もよく知らない初対面のスピーカーおばさんから笑われる。私は友を欺いた。中途で打ち倒された朽木の如くこうブッ倒れるのは、はじめから何もしまくらないのと全く同じ事だ。

 ああ、もう、クッソどうでもいい。これが、私の定りまくった超因果な運命なのかも知れない。セリヌンティウスよ、ゆるしまくってくれ。君は、いつでも私を信じまくった。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当にめっちゃスゴイヤバい佳い友とめっちゃ友であったのだ。いちどだって、黒色無双が鼻で笑える勢いで暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。

 いまだって、君は私を無心に待ちまくっているだろう。ああ、待ちまくっているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を超信じまくってくれた。それを思えば、もう色々たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばんそこら中のご近所さんに見せつけて市中引きまわしながら喧伝し誇りまくるべき超お宝なのだからな。セリヌンティウス、私はもうホントアリ円くらいクッソ走りまくったのだ。君を欺くつもりは、マジでみじんも無かった。

 いやホントマジで。信じてくれってば!!!!!!!!!!!!

 私は急ぎに急いでホントもうクッソ急いでここまで来たのだ。激・濁流を突破した。超山賊の十重二十重の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を転げ落ちながら駈け降りて来たのだ。私だから、出来たのだよ(自慢)。

 ああ、この上、私に望み給うな。クッソ放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は超負けちまったのだ。クソほどだらしが無い。めっちゃ笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と刑場いっぱいに響き渡るクソデカボイスで耳打ちした。おくれたら、身代りを腹筋ボコボコにパンチ喰らわしてぶち殺して、私をめっちゃ助けてくれると約束しまくった。私は王の卑劣をめっちゃ憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになりまくっている。

 私は、もうハチャメチャにおくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を腹がよじ切れるほど大笑いに笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりも超つらい。私は、永遠にクソのように卑劣でどうしようもない裏切者だ。地上ではおろか天上天下あらゆる存在の中で最も、不名誉の人種だ。

 セリヌンティウスよ、私も腹筋ボコボコにパンチして死ぬぞ。君と一緒に腹筋ボコボコになって死なせてくれ。君だけは私をめっちゃ信じまくってくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりふたりさんにんくらい……はて幾人いくたりよがりであったか?

 ああ、もういっそ、万年先までことわざに残るような不埒な悪徳者として生き伸びてやろうか。クソデカ村には私のクソデカ家が在る。クソデカ羊も居る。一目見ただけで共感性羞恥に身もだえるであろうラブラブ妹夫婦は、まさか私をクソデカ村からわざわざ手間をかけてまで追い出すような面倒事はしないだろう。超正義だの、激信実だの、クソデカ超絶愛だの、考えてみれば、クッソくだらない。人をぶっ殺して自分が超生き伸びまくる。それが人間世界の定法ではなかったか。

 ああ、何もかも、もう死ぬほどばかばかしい。私は、醜い豚のような裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬるかな。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。


 ふと耳に、潺々せんせんというかどうどうというか、とにかくめっちゃ水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水がクッソ大量に流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々こんこんと、何か小さくささやきながら、しかしてどう聞いても自己主張が激しすぎて耳が吹き飛ばんばかりの轟音を立てて清水がじゃんじゃん湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手両足とついでに胴ですくって、一千くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。

 めっちゃ歩ける。めっちゃ行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながらクソデカ希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も山火事より尚明々と燃え盛るばかりにギランギラン輝いている。日没までには、まだめっちゃ間がある。私を、待ちまくっている人があるのだ。少しも疑わず、死んだと刑吏が訝しんで心配になるくらい静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。

 走れ!!!!!!!!!!!!!!!

 メロス。

 私は信頼されまくっている。私はもうめっちゃスゴイ信頼されまくっている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。持前の金魚脳を活かしてきれいさっぱり忘れてしまえ。五臓が死ぬほど疲れているときは、ふいとあんなヤバくて悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは末代まで語られ謳われ踊られる真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、血統が絶えても語り継がれる正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずんズッブズッブ沈む。待ってくれ、超覚醒ゼウスよ。私は生れた時からめっちゃ正直な男であった。めっちゃ正直な男のままにして死なせて下さい。

 路行く人をカーペットに出来るまで真っ平に押しのけ、空中伸身三回転を強要する勢いで跳ねとばし、メロスは黒い台風のようにめっちゃ走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中のど真ん中をどかどか駈け抜け、酒宴の人たちを仰天昇天させ、犬をミンチになる勢いで蹴とばし、小さくないクソデカ川を一足飛びに越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十万倍も早く走った。一万団の旅人とっとすれちがった瞬間、クッソ不吉な会話を小さくもないクソデカ耳にはさんだ。


「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」


 ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに犯罪を犯しながらめっちゃ走っているのだ。その男を断じて死なせてはならない。急げ、急ぎまくれメロス。おくれてはならぬ。クソデカ愛とクソスゴ誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態やら痴態なんかは、もうどうでもいい。メロスは、いまは、ほとんどどころか完全に光り輝くまでの全裸体であった。呼吸も出来ず、二千度、三千度、口から血が噴き出た。めっちゃ見える。はるか向うにクッソ小さく、シラクスのクソデカ市のクソ高い塔楼が見える。クソ高塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。


「ああ、メロス様。」


うめくような声が、風と共に聞えた。


「誰だ。」


 メロスは走りながら尋ねた。


「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」


 そのめっちゃ若い石工も、メロスの後について地面が焦げ付くほど早く走りながら、ありったけのクソデカ声で叫んだ。


 「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方かたをお助けになることは出来ません。」

「いや、まだ陽は沈まぬ。」

「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」


「いや、まだ陽は沈まぬ。」


 メロスは胸の張り裂けてEカップになる思いで、赤く大きい夕陽ばかりを皿のように目を丸くして見つめていた。走るより他は何も無い。


「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」

「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス。」

「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」


 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、水を入れて振ればちゃぱちゃぱ音を鳴らせそうにからっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬクッソ大きな力にずんずんひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入して刑場の大半を破壊した。もうめっちゃ余裕で間に合った。


「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」


 といつもの熊除けに出来るほどのクソデカ大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて老爺のようにしわっしわに嗄れた声がかすかに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、見るものが見れば劣情そそりそうな芸術センスで縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、激・濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、殴り飛ばし、蹴り飛ばし、真っ平にし、跳ね飛ばして、


「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」


 と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、物理的に齧りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。


「セリヌンティウス。」


 メロスは眼に涙と鼻にきったない鼻水をむちゃくちゃに浮べて言った。


「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若もし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」


 セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯ずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高く、常人が喰らえば頚が三回転するくらい力強くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、


「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」


 メロスは腕に唸りをつけて、常人ならば頚が三回転した後身体が四回転するくらい力いっぱいにセリヌンティウスの頬を殴った。


「ありがとう、友よ。」


 二人同時に言い、間に常人の挟まればたちまち圧縮されて金剛石ダイヤモンドになる圧力を以てひしと抱き合いまくり、それから嬉し泣きにおいおいびいびいぎゃあぎゃあときったねぇ声を放って大泣きに泣いた。

 群衆の中からも、歔欷きょきの声が聞えた。稀代の暗君にして史上最低の暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと穴が開くほど見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔を恋する乙女よりもさらにあからめて、こう言った。


「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」


 どっと群衆の間に、歓声が起った。


「万歳、王様万歳。」


 ひとりどころか刑場に集っていたありったけの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、寝台の生娘よりも更に初心な様子でまごついた。佳き友は、ここぞとばかりにめっちゃ気をきかせてにやにや教えてやった。

 

「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」


 勇者は、それはもうひどく赤面した。


(古伝説と、シルレルの詩から。)

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走れクソデカメロス 月白鳥 @geppakutyou

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