第72話 雲雀さんは俺を運命の人ではないと言った。

 文化祭の帰り道。時刻は午後三時。


「ミスコンは花さんの優勝だったね」


「そうですね」


 ミスコンは花さんの優勝で幕を閉じた。審査員は会場の観客。夏祭りと同じで拍手の大きさで決まる曖昧なもの。


「花さん可愛かったね。守ってあげたい女の子って感じだったね」


「ですね」


「今日から花さんが学校一の美少女になるね〜」


「俺は雲雀さんの方が可愛いと思ってますよ」


「ホントに! ありがと。嬉しい。和希は可愛い花さんより私の方が万倍可愛いって言ってたね。ふふ、嬉しいなぁ」


 雲雀さんは頬を染め嬉しそうにしてる。


「そう言えば、テル君が花さん事を『俺の運命の人だぁ』って言ってましたね」


「え? あ、そうだね。私にも同じ事言ってたけどね。でも違うみたいだから花さんがテルの運命の人かもね」


「じゃ、じゃあ、俺が雲雀さんの運命の人かもですね」


「う〜ん。それは違うよ。たぶん私達は運命の人じゃないよ」


「えっ?」


 俺は雲雀さんが『うん。そうだね』と言ってくれると思っていた。


「どうしてですか? 何故運命の人じゃないんですか?」


「だって和希とは楽しい思い出しかないからね。だから違うと思うよ」


「えぇぇぇ」


 意味がわからない。ツライ思い出がないと運命の人じゃないって事?


「ほっほっほっ。大丈夫じゃ。お主たちの足首には赤い縄が結ばれておる。安心しなされ」


 歩きながら話をしていると、タクシーに乗ろうとしている老人にいきなり声をかけられた。運転手が大きなキャリーケースを荷室に入れていた。


「えっと、こんにちは。どちら様ですか?」


 俺は老人に尋ねた。


「ん? 私は手相占いなどを趣味でやっとる者でな。お主たちが『運命の人』の話をしていたのでな。つい話しかけてしもうた。すまんのぉ。じゃあ、お幸せにのぉ」


 そう言って謎の老人はタクシーに乗り去っていった。何なの? 赤い縄って何? 赤い糸じゃないの?


「月下老人……」


 雲雀さんがボソリと呟いた。


「月下老人? 誰ですか?」


「月下老人はね、結婚や縁結びなどの神様なの。冥界で婚姻が決まると赤い縄の入った袋を持って現世に向かい、男女の足首に決して切れない縄を結ぶ神様。

 でね、この縄が結ばれると、距離や境遇に関わらず必ず二人は結ばれる運命にあるといわれているの。手の小指の赤い糸のもとになったお話だね」


「え? じゃあ今のおじいさんが月下老人?」


「う〜ん。違うと思う。神様だから私達が会えるわけないよね。月下老人って私達の住んでいる別の国のお話だし、それに私達はもう赤い縄で結ばれているって言ってたしね」


「じゃあ、ただの通りすがりの手相占いのおじいさんって事ですか?」


「そうだね。それが自然だね」


「でも嬉しいですね」


「そうだね」


 雲雀さんは腕を絡めてきた。


「え? 雲雀さん通学路で腕組んだらしたらまずいのではないですか?」


「大丈夫。私いま最高に嬉しいの」


「さっきのおじいさんに言われたからですか?」


「そうだよ。知らないおじいさんから赤い縄で結ばれているって言われたんだよ。素敵じゃない」


 雲雀さんの感性がよく分からないけど、本人が良いのなら、それでいっか。俺も言われて悪い気はしなかったしね。


 そして俺は雲雀さんから腕を組まれたまま歩き出した。


「ねぇ雲雀さん」


「何?」


「大学は地元ですよね」


「そうだよ。まだ合格するかは分からないけどね」


「雲雀さんなら大丈夫でしょ?」


「大丈夫だと思うけど油断大敵だよ〜」


 雲雀さんしっかりしてるなぁ。俺も見習わないとね。


「俺も来年雲雀さんと同じ大学受験しますね」


「え、ホントに。やったぁ。頑張ろうね」


「はい。それで同じ大学に行ったら、一緒に住みませんか?」


「それって同棲って事?」


「はい。ダメですか?」


 雲雀さんは頭を左右にふった。


「もちろんオッケーだよ。断る理由なんてないよぉ」


 やったね。言って良かった。一年後は遠いけど勉強頑張るぞ。


 俺のズボンのポケットに入れている携帯電話が鳴った。音に気づいた雲雀さんは腕を組むのをやめた。誰ですか楽しい時間を邪魔するのは。


「あっ、沙羅からだ。はいもしもし」


『あ、お兄ちゃん久しぶりだね。突然だけど私、恋人が出来ました〜。名前はバース・カケフォカーダ。バース君だね。お正月に一緒に帰ってくるね。じゃあね〜』


 そして沙羅は一方的に電話を切った。


「沙羅ちゃんは何言ったの?」


「バース君って彼氏ができて正月に一緒に帰ってくるって言ってました」


「ほぇ? いきなりだね。ビックリしたよ」


「俺もです。いきなりすぎです。何度か電話はしてましたけど、いい感じの人がいるって話は一度もなかったです」


 まぁ、いつも声は弾んでいたから留学を楽しんでいるなとは思っていたけど……。そっか。沙羅は別の道を歩み出したんだね。おめでとうだね。


「沙羅ちゃんは幸せそうだね。私達も沙羅ちゃんに負けないくらいに幸せになろうね」


「そうですね」


 俺は雲雀さんの手を握った。もちろん恋人繋ぎでね。


 隣には雲雀さんがいる。俺を見ては微笑んでいる。俺も雲雀さんに微笑む。楽しい。幸せ過ぎる。


 この幸せがいつまでも続くように頑張ろうと思う。


 いろいろあったけど夏休み雲雀さんに会えて良かった。


 雲雀さんは俺の美し過ぎる救世主。絶対に誰にも渡さない。


「雲雀さん」


「何?」


 俺は深呼吸をした。


「俺は雲雀さんを心から愛しています。これからもずっと俺のそばにいて下さい」


「え〜。いきなりだね。でも、はい。ずっと和希のそばにいるね。

 私も和希のこと心から愛してるよ」


 そして俺と雲雀さんは何気ない会話をしながら帰路に就いた。


 ◇◆◇


 ——完。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高校生ラブコメ白書。 さとうはるき @satou-haruki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説