熾火

水;雨

…呼び声

 何度目かの猛吹雪は容赦なく家族を舞い襲った。

 次のすみかへの道は困難を極め、崖下や窪み、大樹の陰といった仮住まいで雨露を凌いだが、老齢のおおおじの命は風前の灯、別れをすませ、泣く泣く捨て置いていくしかなかった。二番目の娘がとっておきの干し肉を押し付けように残していったのが皆の心を繋げる荒縄となった。


 もともと三番目の娘は病弱であった。

 しかしながら一番さかしい者でもありもした。


 薪木が爆ぜた。

 パチパチパチ、連なりが発すると、明るい輝きがあたりを照らす。

 影もゆらゆら、伸びたり縮んだり。

 そこには何かが潜んでいる。

 おじいにしつこく聞かされてきた。

 それとともに、おばあからはそこからいろいろこころを遊ばせてごらん、思いもよらぬことが起きるから、とも。

 どちらも正しい。

 この世には正しいことがいくつもある。

 ようは、選ぶものの振る舞いと構えしだい。

 それに選べなくなったらかなりまずいと思ったほうがいい。

 あたしたちの置かれいるのもそうなりつつある。

 となりでうとうとする一番下の子が甘えてじゃれついてきた。

 少し離れたところで父は気分よさそうに歌を歌っている。

 母はその隣で皮をゆっくりなめしている。

 遠い遠い風景だ。

 はるか昔から命がけでつながってきたつむぎというつむぎ。

 影が折り重なるよう、って列を、層をなしている。

 私もいずれはそこに加わる。

 それまでは眺め見ることで、途方もない雄大さに思いをはせよう。

 かすかに聞こえる打鍵の音。


 わたしたちはどこにむかえばいいんだろう。わたしたちはどこまで歩めば安らげるんだろう。

 そこは果たして望んだ地であるのかどうか。


 いつのものとも知れぬ語りかけがわたしを揺り動かしている。わずかでもいい。そこに偉大なる教えがあるのならば、望んでぜひこいねがいたい。


 わからない。

 熾火にありもしない思いを焚き付けて、全てを照らす曙光としたいのだけれども、むべなるかな、いまのわたしには駄々をこねる甘えん坊のさもしい願いしか焼べることはできない。


 ほんやりと白いもやがいかめしそうにそこに居続ける。

 気にかけてくれているような、見下ろしているような、いつもとは違う物語の方だ。

 神という言葉はまだない。

 ただ何かが見守り、憑き、放つのだ。

 それらはとりまき、わたしを、かれらを、せかいをかたちづくる。

 髪の束ねのように、巻きつき、強くつながりあう。

 それらは良きものとは限らないだろう。

 しかしどれが本当に良きものなのか?

 先走った勘違いで生まれている大きな誤解かもしれないからだ。

 だからわたしはただ思うままに、言葉とはせずに、音のつづれ織りとしてリズミカルにハミングする。

 どこかに届いているとは思えないが、身近なわたしをしずめてくれる。

 落ち着かせ、わたしらしいわたしに近づかせてくれる。

 それでいい。

 残り火のようなくすぶる感情とともに眠りについた。


 かぜのうなる、かなしそうなうた。


 なでる。


 なみだ。


 起きた。

 誰もいない。

 外は晴れ渡り、青く染まるのがどこまでもどこまでも続いている。


 いつも間にか大観を前に立ち尽くしていた。


 けぶる大気に押され、叫びたい衝動にかられた。

 外の、見晴らしの良い場所にしっかり立ち、こみ上げてくるすべてを外に吐き出す。


 叫び


 空を、大地を、轟かせた、と思う。

 感情が高ぶって、少し、いや、潤みまくっていた。

 喉もかれた。

 軽く疲れたけれど、高揚感が半端ない。

 やってやったぞ、達成感もある。

 はるか向こうに届けた思い。

 ちゃんと伝わったかどうかは正直言って不安だらけ。

 それでも、やらなくちゃならなかった。

 私自身が震えて、どこまでもどこまでも轟いていたからだ。

 からだはおとでおとはからだ。


 ろいがー、そう聞こえた。

 …つぁーるかもしれない。

 それが何を意味するかはどうでもいい。

 良き星となれるか、否か。

 たとえそれが、この世ならざるところから来れるものだとしても。

 

 わたしは求めるように手を伸ばす。

 それとの感覚を伝い、感じたいから。

 そっとふれあい、それは



 終

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