人体矯正ラブクリニック

ちびまるフォイ

心も体も理想のかたち

「いらっしゃいませ。

 人体矯正クリニックへようこそ。

 どういった体型が好みですか」


「モデルさんみたいに足が細くて、

 身長が高くて、顔は小さくしたいです。

 でも整形ではなく今の自分を活かしたくて」


「もちろんです。うちでは整形はしません。

 あなたそのものを変えるサービスですよ」


麻酔を受けて次に目が覚めると、

十字の診察台に寝かされていた。


手や足を動かそうにも拘束されていて動かない。

針金のようなもので台に固定されている。

まるでガリバー探検の巨人にでもなった気分。


「あ、あの先生? これは……!?」


「ああ、大丈夫ですよ。

 望みの体型にするための器具です」


「人体実験とかされないですよね!?」


「しませんよ。私からあなたを傷つけるなんてしません」


「よかった……」


「ただちょっと痛いかもしれませんがね」


ゴキン、と足の関節がはずれたのがわかった。


「きゃあああーーー!!」


「あなたを固定している器具ですが、

 身長や足の長さを矯正するために定期的に伸ばされます」


器具が自動的に腕や足を拡張するように引っ張ってゆく。

顔を覆う拘束具はめりめりと頭蓋骨を押しつぶす。


「ーーー!!!」


「我慢してください。これも理想の体型になるためです」


自動で動く機械に人間へのいたわりなどはない。

体の細胞の状況を判断して的確なタイミングで拡張を行う。


たとえ寝ていようがおかまいなし。


泣きわめけたのは最初だけで、

しだいに痛みは感じるものの外へ表現しなくなった。


体に繋がれたチューブで成長促進と栄養補給をされながら、

生かされている状態でただ痛みに耐える日々。


規定の長さまで足が伸び、

理想の身長まで体が成長し、

憧れだった顔の小ささを手に入れた時。


ガチャン、と音がして拘束具が外された。


「お疲れさまでした。1週間もよく耐えましたね」


「途中で何度も中止してとお願いしたけれど

 誰も止めなかったじゃないですか」


「一度動作してしまえばもう止められないんですよ。

 それより鏡を見てください」


「すごい……! これが私!?」


鏡に映る自分は別人だった。

自分の面影こそ残っているがサイズやバランスを変えただけで

こんなにも印象の違う仕上がりになると思わなかった。


スラリと伸びた手足。

細身の体にはどんな服も着こなせる。


以前の冷蔵庫のようなずんどう体型は見る影もない。


「それがあなたの努力の成果ですよ」


「ちょっと外へ行ってきます!!」


人混みが苦手だったのに今は人に見られたくて貯まらない。

辛い日々を乗り越えて本当に良かった。


苦難の道のりは私に自信を与えてくれた。


「君、すごくキレイだね。モデルさん?」

「よかったらうちの事務所に入らない?」

「せめて名刺だけでも受け取ってください」


「ごめんなさい。私、芸能界には興味ないので」


「それだけの素質があるのにもったいない」


「私は大切に思ってくれる人が1人いればいいんです」


私の足は自然と彼氏のもとへと向いていた。

キレイになった自分を早く見せたかった。

すべて彼のためだから我慢できた。


「おまたせっ」


待ち合わ場所で待つ彼氏は私を見てもピンと来ないのか

しばらく時間をかけて「うそだろ」と驚いていた。


「私、すっごくキレイになったでしょ?

 あなたの隣で歩いていても恥ずかしくないって思われたくて」


「すごいな……」


「かわいい?」


私は彼の言葉に期待した。

彼は足の先から頭のてっぺんまで見てから答えた。


「いや、かわいいとは違うんじゃないか?」


「……え?」


「女の人ってやたら痩せたがるけど意味わからない。

 足が細いのがカワイイの? それは人それぞれだろ。

 別に俺はモデル体型がベストだと思わないし」


「いや私が言いたいのは……」


「それに、そんなに足が長くなっちゃって

 隣に歩かれたら俺が胴長短足に見えるだろう。

 俺を引き立て役にしたいの? 性格悪いなぁ」


「そんなつもりは……!」


「正直、前のほうがかわいいよ。

 身長が低いほうが上目遣いでかわいく見えるし

 細身な体は病的に見えて心配だよ。

 なんでそういうこと勝手にやるのかな。

 俺のためとでも言うの? 恩着せがましい。

 自分で勝手に同意なくやったことを

 俺のためだと責任転嫁するのは無責任だよ。

 女性誌に書かれてるような理想体型になりたいなら

 フラミンゴにでも生まれ変わればいい。

 ムカつくのは、自分の価値観を受け入れてくれると

 当たり前に思ってそれを無自覚に押し付けてるところだ。

 俺がカワイイと認めなければ糾弾するんだろ?

 そういう攻撃的な被害者がいちばんタチ悪い。

 まあとにかく俺がいいたいのは

 さっさと体を元に戻してって話しだよ」



「……そう、わかった」


私は再び人体矯正クリニックへと訪れた。

体全体を押さえつけている拘束具を確認する。


「目は今よりも大きくしてください。

 顎のラインをシャープにして、

 口は今よりも小さくしてください。

 手足はもっと長くして、顔は小さくしてください」


「い、いっぺんにそれだけの矯正をすると

 あまりの痛みでとても耐えきれなくなるのでは……」


「いいえ、大丈夫です。もうひとついいですか?」


「なんでしょうか」


「この人体矯正クリニックは

 精神矯正もできるのでしょうか」


「はい、できますよ。

 頭に電極をあてて心を整形することができます」


「そうですか。それなら……」


私はちらりと拘束されているその体を見た。



「この男に、人への思いやりを与えてください」



矯正開始のスイッチは私が押してやった。

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