さようなら、カゲロウ

木戸相洛

さようなら、カゲロウ

グラウンドから気合の入った掛け声が聞こえた。

それは1年前の僕のように、後輩たちが学校の隅々にまで響かせる声だ。充実感に満ちたその声と、僕が抱えた喪失感を振り払うように足早に校門を出た。もう夕方だというのに気温は少しも下がらない。陽炎に滲む道が暑さを際立たせる。


高校最後の大会に負けた翌日なのに、ラインは存外静かだった。みんな僕より泣いていたのに、あっさり切り替えて勉強しているのかな、なんて思うと不安になる。

目標がないことがこんなに苦しいとは思わなかった。放課後に教室にたむろする帰宅部の奴らもこんな気持ちだったのかもしれない。

どこにも居たくない。

そう思った僕は道すがら川の土手に寝転がった。僕が存在する理由がないのなら、居なくたって構わないじゃないか。

自暴自棄だと自覚した感情のやり場に困ったまま、茜色に染まっていく空を見送りつづけた。


僕の夏は昨日、試合に負けた瞬間に終わった。2年以上の全てを捧げた夢はあっけなく破れ、僕は夏においていかれた。




薄明の下で大きな川に架かる橋を渡っていると、歩道の真ん中でひっくり返り足を折りたたんだセミがいた。生気のないセミと僕の間をさわやかな風が吹き抜ける。涼し気な夕暮れではセミも季節外れにも感じられ、僕を余計に引き付けた。



夏の落とし物



夏が過ぎ去った後に見るセミはそう感じさせた。

夏においてけぼりのセミが鳴くこともできずに落ちている。もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。感傷的な僕はどこか悲しいそのセミをなるべく避けて通り過ぎた。




昼には昨日以上に暑くなることが容易にわかる強い日差しを避けようと陽炎にゆらめく日陰を辿り、ワイシャツを湿らせながら学校へ向かう。逃げ場のない橋を渡っていると昨日のセミを思い出した。昨日は避けたセミを見つけるために路上に注意しながら進む。陽炎は風に吹かれて消えていた。


セミはいなかった。


鳥にでも食べられたのかな。僕は少しだけ振り返り、なにもない路上に一瞥をくれる。そしてまた前を向いた。


近くの木から聞こえるセミの声に気づいた。生気に溢れた力強いそれは僕のなかで共鳴し、増幅していく。



僕はまだ鳴ける。



見上げた青い空は、夏の証に十分だった。




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