第5話 菊
その後も、天候には恵まれない年が続き、作物は軒並み凶作に見舞われた。
家々で貯蓄していた分の食糧はとうに底をつき、体力のない年寄りや赤子、病人などからは何人も死者が出て、村のあちらこちらで、毎月、毎週のように葬儀が行われた。
それでも、悲しみに暮れて足を止めているような暇はなく、田畑から採れない分の食糧を、山や川で狩ったり採ったりしては補う日々が長く続いた。
村人の多くが山へ入るようになると、鹿や猪などの害獣はどんどん狩られていき、あっという間にその数を減らしていった。
おかげで、それら害獣による食害に悩まされることはほぼなくなったが、度重なる冷害により土地は痩せ、そもそもの田畑からの収穫がほとんど期待できない状態に陥っていた村では、害獣に気を配る者はそう多くない。
むしろ、その頃には既に害獣の肉をも食糧と見なしていたため、山へ行っても害獣を見かけなくなったことは、村人のやる気を大いに削いだ。
留吉はというと、当初は食害の減少を喜んだうちの一人であったが、キクが死んだ日に見た白鹿の姿を、気が付くとつい探してしまうようになり、何度も足繁く山へ通うようになった。
だが、時を変え季節を変えて山に入っても、鹿や猪などの獣どころか、蛇や蛙などの小動物すら、見かけることが少なくなっていく。
何度も山へ行き、ふらふらと山中を彷徨い歩いては、何をするでもなく帰ってくる姿は、まるで生前のキクのようだった。
動物が狩れないのであれば植物を、と誰もが思ったが、山には山菜や茸はおろか、木々の下草も含め、食べられる植物がぴたりと生えなくなっていたため、日々の収穫は微々たるものだった。
山に動物がいないのであれば、山菜などは伸び放題になるはずなのだが、と、村人一同、大いに不思議に思ったが、だからといって、何ができるというわけでもない。
飢餓感にあえぎ苦しみながらも、学のない村人たちでは、もはやどう対処することもできなかったのだ。
そのうち留吉も鹿をはじめとした獣を探し求めることを諦め、他の村人たちとともに、ただ飢えをしのぎ、命を繋げるためだけに、それまでほとんど口にしたことのなかった植物の蔦や根、実のほかに、松の皮までをも剥ぐようになった。
水に晒したり、湯がいたり、と、多くの手間がかかる上に美味しいものではなかったが、何も口にしないよりははるかに良い。
後先のことを考えずに採取を続けたため、山は荒れ果て、田畑も掘り尽くされたが、それでもなお食糧は足りず、村でも多くの餓死者が出た。
これでは村として存続できない、と、とうとう村を捨てて江戸へと移ることを決意した留吉ら生き残り数人が、村を離れて幾星霜。
彼らは皆、途上で行き倒れたり離散したりとしたものか、その後の消息は杳として知れない。
やがて飢饉の被害が収束した頃から、かつて小さな村を擁した山の裾野では、どこから種が飛んでくるものか、毎年必ず、小さな菊の花が咲くようになった。
そして、菊が満開を迎える頃に、どこからか白毛の牡鹿が傍らに来ては、まるで菊を愛でるかのように、じっと静かに見つめてから、優しく食んで去るのだという。
菊と白鹿 一白 @ninomae99
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