箒が立てかけれらた庭で

笹煮色

昔噺・箒神

「突然で申し訳ないんだが、俺の嫁さんを見てやってくれないか?」

「いいよ」


 前の職場で同僚だった佐々木の頼みに、私は食い気味に返答した。


「いいのか? あっ、勿論報酬は払うけどな」

「そんなの要らないよ。奥さんとお話するだけでしょ」

「仮にも前職をお話って……だが本当に助かる。今回は甘えさせてくれ」


 とにかく孤独が高じて出会い系でも始めそうになっていた私は、誰かとの会話に飢えていた。そこに飛び込んできたこの話は、私にとってアイスの当たり棒ほどに価値がある。


「とは言っても、スクールカウンセラーなんて肩書だけで、私はなんの資格も持っちゃいないんだけどね」

「それでもいいんだ、女性でそういった経験のある奴ってだけでも身近には居ないもんだからさ」

「なるへそ、んじゃ今から行こっか」

「今からって……いいのか?」

「善は急げって言うじゃない」

「戸浦……ありがとう」


 家に帰りたくないだけだとは言わない。だって仕方ないじゃない、実家暮らしだと「働け」ってうるさいんだもの。




◇  ◇  ◇




「ほえ~、良い家持ってるんだねぇ」

「古いだけだよ、昔は隣の分譲住宅もうちの土地だったらしいけどな」

「まだ十分立派な庭が付いてるじゃん、私の小屋あそこに欲しいんだけど」

「お前は犬かよ……」


 久しい馬鹿げた会話に感動を一つ、こじゃれた玄関を通り抜けるとリビングには落ち着いた雰囲気の美女が座っていた。

 以前から話を聞いていた通りお腹が大きくなっており、一目で妊婦だと分かった。


「こんな身体でして、大したおもてなしも出来なくてすいません……」

「いえいえ、美人さんとお話出来るだけで儲けもんですよ」

「戸浦さんこそ、夫の職場に居たと思うと気が気でないです」

「おい、別に戸浦とはなにも無いぞ!」


 いたって普通の挨拶、産前うつ病の可能性も考えてきたが、冗談を話す彼女は素人目にもそんな風には見えない。

 第一、佐々木から聞いた話だと異常があるのは奥さんじゃなくて――


「――やっぱり何か感じたりしますか?」

「んー、特別なにかをってことは無いですけど」

「そうですか……」


 佐々木に聞いていた話だと異常があるのは家に招いた客の方で、みな一様に機嫌を悪くして帰ってしまうのだと言う。

 奥さんの客が多く家に来ていたから妊娠の関係で気付かないうちに言葉が、と考えていたがそういう訳でも無いらしい。


「それより少しお庭を見てもいいですか? 私の家はこんなに広い庭はなくて、ずっと憧れてたんですよ」

「え、えぇ。特に見て面白いものもないとは思いますが」

「ありがとうございます!」

「じゃあ俺が案内するよ」


 許可を貰い庭へ出てみると、やはり風が気持ちいい。家という安心できる領域内にこれほど広く風を感じる事が出来る庭があると思うと、これから生まれてくる子どもに嫉妬してしまう。

 そんな事を考えていると、ふと視界の隅に気になるものがあった。


「あれって普段から使ってる箒?」

「ん? いや、あれは昔からあそこにあるな。特に気に留めてなかったが、何か気になるのか?」

「そうだね~、特に理由が無いのであれば逆さまにするのはやめた方がいいかも」

「箒ってのはそういうもんだろ」


 当然の様に返す佐々木に少し違和感を感じる。少なくとも箒を逆さまに立てかけるなんて常識を、私は知らない。


「この家って元々佐々木の家なんだよね? 子どもの頃から友達とか呼ぶことはあった?」

「いや、友達は多い方じゃなかったし、遊ぶとしてもゲーセンとかが多かったな」

「そっか、じゃあこれで解決かもしれないね」

「は? それってどういう――」


 まぬけ面で佐々木がそう言いかけたと同時に、私はその箒を持ち上げる。すると、体がほんの少しだけ軽くなった気がした。


「はい終わり、ついでだしこの箒で奥さんのお腹も撫でとこうか」

「それがなんか意味あんのか?」

「安産祈願のお祈り、子どもがパッパと出てこられるようにって」


 感心したようにこちらを見てくる佐々木をしり目に、私は箒を持ったままリビングへと戻る。


「あら? 昔から庭にあった箒じゃない、小さいから飾り物だと思ってたけど」

「全然汚れてないし多分そんな感じかもですね、これでお腹を撫でると安産祈願って迷信があるのでよかったら、と思って」

「じゃあ、是非お願いしようかしら」


 軽く服が傷つかない程度にお腹を撫で、仰々しくお辞儀をして安産祈願の議を終える。

 箒自体が普通のものよりも小さい事もあって、振り回されることもなくしっかりと役目を終える事が出来た。


「それじゃ私はこの辺で、良かったらなんですけどこの箒もらえたりしません?」

「特に使い道も無いしいいけど、そもそもの目的が終わってないだろうが」

「だから、それに関しては解決しましたってば。信用できないならお友達呼んでみて下さいよ。それじゃ奥さんもさようなら」


 この箒が本当の原因なら恐らく、そろそろ奥さんが産気づく筈だ。それなら客人はいない方がいいに決まっている。

 一人で歩く帰り道、今日の事を振り返ってみる事にした。


 箒が逆さまであることを当然の様に話していた佐々木。

 そして同じく箒が逆さまであることを知っていて、それが当然であるように振舞っていた奥さん。

 最後に今日この日まで外部の人を寄せ付けないでいた、この箒に付いた付喪神・箒神。


 じゃあ、箒神によって寄せ付けられなかった奥さんの友達とは違って、何故奥さんはあの家に居る事が出来たんだろう。

 きっとそれは私が知らなくていい事だ。だけど気になる。

 だから私は私の事をゲスだと思うし、そんな私が吐き気を催すほど嫌いだ。


「なぁ、箒神よう。あの二人の関係性ってなんだと思う?」


 答えずに綺麗なブロンドヘアーを風に靡かせる彼女を見ながら、私はなんとなく、もし兄が居たらなんて取り留めもない事を考えていた。

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箒が立てかけれらた庭で 笹煮色 @Sasanisiki0716

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