第2話 教え子ドリンクバー

 駐車場から店に入る直前、席に空きがあるのをちらっと確認した。

 ドアをくぐると、「研修中」のバッジを付けた新人のお姉さんが奥から小走りにやってきた。

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

「1人」

「では、こちらの席へどうぞ」

 右手の人差し指を立てて答えると、4人がけの立派なテーブルに案内された。ファミリーレストランだからしょうがない。壁側の柔らかい椅子に座った。


「じゃあ、これをお願いします」

 さっきの新人さんが注文を取りに来たので、メニューを見て指差して答えた。

「ふう」

 窓の外はすっかり夜で暗い。僕はウエイトレスが持ってきたケースからおしぼりを取り出し、包みをペリッと開けた。一日の終わりには顔がだいぶ脂ぎってくる。おっさんくさいと言われてもこれはやめられない…

「あ、先生だ!」

 ギク!

 聞いたことのある女子生徒の声で、おしぼりをもった手が止まった。

「先生、こんばんわー」

 マリコだ。仕事柄学校の外で生徒と会うことは珍しくないが、一人ファミレスというタイミングで、生徒から話しかけられるとは油断した。しかも、クラスで一番美形のマリコだ。

 教え子をそんな目で見てはいけないという職業倫理は百も承知だ。けれど、美しいものは美しい。それは彼女の大切な個性だ。僕が内心どう思おうが勝手だろう。そんな彼女もクラスの一人として平等に接している。僕はそう自負している。

「なになにー」

「先生がいるよー」

「ホントだー、1人〜?」

 アオイとアカネも来た。そりゃ女子高生が夜に1人でファミレス、というのもないよね。

 左胸に校章が刺繍された紺のポロシャツに、チェックのスカート。お揃いの制服姿の3人が、僕の前にぞろぞろと来て席に座った。

 いやいや、これはまずい(^_^;)。他の生徒や父兄に見られたらものすごくまずい。先生失業しちゃう。大ピンチ(^o^;)。

「先生、何かご馳走してくださいよ。おなかすいちゃった」

 よりにもよってマリコは僕の隣に座った。ちょっと肩を寄せて、上目遣いにそんなおねだりをしてきた。ダメダメ。一線超えちゃう。これ以上顔文字使うと中年だと思われるけどヤメラレナイ(´Д`;)。

「こらこら、ここに来ちゃダメ。プライベートで生徒と会食なんかできない」

「「「えー」」」

「みんな部活の帰りだろう。ご飯奢ったら先生間違いなくクビだし、君たちが満腹になるまで奢ったら破産しちゃう」

 できるかぎりにこやかに、平静を装いながらそう話した。

「でも、先生が夕ご飯にファミレスってなんか意外」

 向かいの席のアカネがそう言った。

「独身だからね」

 僕は嘘偽りなく答えた。

「あー、独身なんだ」

「へー、じゃ童貞?」

 アオイが素直に感想を述べ、隣の席でマリコがさらっとなんか言った。

「ヤバッ! 童貞っつっちゃったよ」

「童貞言っちゃったよ」

「童貞言っちゃったねー」

 3人が次々「童貞」と発し、そしてゲラゲラと大笑いした。

 僕は周囲を見回した。この席の会話など誰も聞いていないようだった。危うく教師の重大機密が暴露されるところだった。

「なーんて、私達あっちの席ですよ」

「気が向いたら奢ってくださいね」

「じゃあごゆっくり〜」

 生徒たちは、雀の群れが飛び立つように僕の席から離れた。「あっち」と示された席にリュックが置いてあって、話は本当らしかった。

「ドリンクバーのついでにおしかけてきたのか…」

 飲み物を注ぐ機械を前に、きれいに並ぶおそろいのポニーテールを見ながら、僕は納得した。彼女たちの席には料理が運ばれつつあった。僕が店に来たとき既にいたことになる。気がつかないとは油断した。


「ご注文の煮込みシチューハンバーグセットです」

 新人さんが、慎重に慎重に料理を持ってきた。ハンバーグとライスとスープがカチャカチャとテーブルに並んだ。熱そうに湯気が出ている。

「以上でご注文の品はお揃いでしょうか」

「ああ、はい」

 僕はそう答えてから、セットのドリンクバーを持ってきていないことに気がついた。テーブルから去っていくウエイトレスの背中をちらっと見て、僕は飲み物をとりに席を立とうとした。

「先生、はい!」

 マリコが、ニコニコしながら、テーブルにグラスを置いた。笑うとかわいいなあ。もう。

「レインボーカクテルです」

「は?」

 グラスは氷がぎっしり詰まっていて、氷で飲み物がよく混ざらないため、底からオレンジ、黄色、緑、茶色、紫ときれいなグラデーションになっていた。

「私達のお勧めです!」

 アカネとアオイも、無茶苦茶な色のグラスを手に持っていた。マリコも自分用のを持っていた。

――生徒に奢ったり奢られたりするのはアウト。だけど、ドリンクバーは財布がそれぞれ別だからセーフ!!!――

 僕が生徒の行為に対し正否を審査していると、ウエイトレスがとことこと僕の方にやってきた。

「お客様、特典のクリアファイルです」

「あ、ありがとう」

「「「先生ー」」」

 生徒たちがニヤニヤしながら見るものだから、僕はその場で袋を開けた。こういうのは隠すほうがかっこ悪い。そしてアニメの美少女がでかでかと描かれたクリアファイルを高々と掲げた。胸のうちから自然に言葉が湧いてきた。

「さおりんキタ―!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

制服高校生と飯の話 春沢P @glemaker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ