第12話


「お主、妾の番いになってはくれんかの?」


 思わず耳を疑う一言だった。


 番いというのは人間でいう夫婦のこと。つまり今、目の前にいるエンシェントドラゴンは僕に求婚してきているのだ。

 突然の出来事に呆然としている僕を置き去りにして彼女は続けて言った。


「むっふっふ、断る道理などあるまい?龍種最強、世界最強、魔物最強等々‥‥この世の強者つわものの称号を思うがままにする妾からの求愛じゃ。」


 自分に陶酔しているのか腕を組み、うんうんと頷く彼女。そして彼女はどんどん自分の世界に入っていく‥‥独り言で自分を自画自賛し続ける彼女、完全に僕の存在は置き去りにされてしまっている。


 ‥‥い、今ならスキルをフルで使えば逃げられるかも?


 彼女に気づかれないように、自身にスキルをかける。脚力強化など身体能力強化系のスキルと、気配をかき消す隠密のスキルを使い、彼女の隙を伺う。そして彼女が少しうつむいた瞬間僕は足に力を籠め一気に走り出した。


 今だッ!!


 スキルのおかげで僕は彼女の前から音もなく一瞬で走り去ることができた。勢いそのままに僕は一気に龍脈の大地を突っ切って峡谷の前まで辿り着く。


「~~~ぷッ‥‥ハァッ!!はぁっ、はぁっ‥‥こっ、ここまで来れば大丈夫なはず。」


 後ろを振り返るが彼女が追いかけてきている様子はない。何とか‥‥何とか逃げ切れたみたいだ。あのエンシェントドラゴンから逃げきれた。完全に彼女が油断してたっていうのもあるけれど、この事実は変わらない。


「ふぅ~‥‥今から帰ると途中で暗くなるだろうけどが追ってきそうで怖いし、ちょっと無理してでも早く帰ろっと!!」


 脚力強化とか身体能力強化系のスキルは一日で使いすぎると次の日筋肉痛に苛まれるけど、別に明日は何も依頼を受ける予定もないし、筋肉痛で一日中寝込むことになっても大丈夫。

 そう割り切った僕は脚力強化を使い続け、峡谷を走り抜けるのだった。


 一方その頃‥‥


「妾の番いになれるということはこの世の全ての生物の至福であり名誉‥‥ってお主妾の話を聞いて‥‥おらぬっ!?聞いておらぬどころか姿もないではないか!!」


 彼女は辺りをきょろきょろと見渡すが彼女の周辺には先ほどの可愛らしい少年はいない。


「まったく、恥ずかしさ故に逃げおったか。どこまでも愛い奴よ‥‥じゃがそれがいいっ!!むっふふふ、何百年探し求めても見つからなかった妾の番いに相応しき者をようやく見つけたのじゃ。逃がしはせんぞ。」


 にんまりと表情を歪ませながら彼女は一つ鼻を鳴らした。そしてある方向をじっと見据えると、彼女はゆっくりとその方向へ歩き出した。

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呪いでスキルが一個しかないのでみんなから【ドレイン】で分けてもらうことにしました。 しゃむしぇる @shamsheru

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