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 当時、鷹の台駅を東西につなぐ連絡通路には、武蔵野美術大学の学生が描いた壁画が描かれていた。線の細いタッチで、目を瞑った女性の周囲を色とりどりの花が舞う、その壁画はグスタフ・クリムトに影響を受けんじゃないかなと思っていた。遥香はその絵が好きだった。


 大学一年生の秋、英語のプレゼンの授業の集大成として、地域の魅力を紹介する動画をグループでつくって発表することになった。

 東京・小平という地域にせよ、大学にせよ、全く好きではなかった遥香にとって、プレゼンの題材を選ぶのは簡単だった。地域の魅力を感じるほど素敵なものと言えば、鷹の台駅の壁画しかない。

 グループの他のメンバーは特段意見がなかったのだと思う。遥香の提案はすんなり通った。遥香が撮影担当になり、インタビュワーとプレゼンターも決まった。

 苦手なスピーキングの授業だというのに、遥香は自分でも驚くほどに積極的に動いた。

 壁画を撮影したうえで、さらにそれを描いた学生を探し出し、撮影のアポを取り、ハンディカムを片手に武蔵野美術大学へと撮影に行った。

 動画の内容自体ははっきりとは覚えていない。壁画の紹介と、それを描いた学生さんへのインタビューだけだったと思う。インタビューを英語に訳し、テロップをつけたような気もする。

 大まかな内容も記憶から薄れてしまっているなか、断片的な映像だけは思い出すことができる。武蔵野大学の敷地内のコンクリートの上には、太陽に焼かれたとでも言わんばかりに目玉焼きのオブジェが所々で落ちていたことだとか、インタビューを受けてくれた学生さんが前髪パッツン黒髪ロングのストレートだったことは鮮明だ。


 さらにもうひとつ、希望ではない大学に入学した遥香の明るいとは言えない学生時代の中で、心揺さぶられた瞬間が、この時あった。


 校舎内部には吹き抜けの空間があって、中央には多分竹だったと思う。植物が植えられていた。太陽の光が差し込む吹き抜けの天井から、インタビューを受けている学生さんへとカメラを振る。


――上出来だ!


 いい絵が取れたと遥香は思った。


――上出来だ!


 美しい絵をつくる。

 その瞬間は遥香自身を、遥香の未来を明るく彩った瞬間でもあった。




 大学受験に失敗した。

 人生は自分の思い通りにはいかない。

 思い通りにいかないどころか、自分すら見失うこともある。


 玉川上水を流れる濡れ落ち葉のように、流れに身を委ねると、思わぬ瞬間に思わぬ新しい自分に出くわした。


――上出来だ!


 遥香は思った。

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津田塾大学物語 江野ふう @10nights-dreams

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