土足歓迎
薄明一座
第1話
一目で異常事態が起きている事に気付いた。
開け放たれた玄関の中からうめき声が聞こえ、本来なら上がり
もう見慣れてしまった、腐敗した人間の血液だった。
不必要に刺激しない様、忍び足で玄関のすぐそばまで行くと、中から聞こえるうめき声は一際大きく感じる。この声には、まだ慣れる事はできていない。
前触れもなく、気付いた時には近所の人や友達、両親は奴らの仲間になってしまい、その時には俺だけが彼らの近くにいた。一緒に笑い合っていた人や喧嘩をしていた人の口から聞こえるのが、体の動きに合わせて押し出されているだけの空気の塊の様な呻きになってしまった光景が思い出されてしまう。
俺が今いるマンションに住んでいる少女から同じものが発せられてしまう想像を、何とか打ち消した。
姉と弟と一緒に安全な場所に隠れて1週間ほどして、このマンションに住んでいるアニーからの連絡が途絶えた。
最初に連絡を取った時、鍵とチェーンロックをかけて家に篭っていると言っていたが、今の状態とは大分違う。
スマホを操作して、もう一度彼女に連絡すると、ごく近い場所でフローリングを小刻みに叩く音が響いた。奥に逃げる時に落としたのか、あるいは。
(……ここでじっとしていても仕方ない……)
深呼吸を数回、俺は玄関の中に押し入った。
目に付く限りで5人も、狭い玄関と脇にある細い廊下にひしめいている。
まず、少し奥にいるスーツの男に柄から外した斧の先端を投げる。異国にある武器の様に、縦回転しながら額に突き刺さり、男は呻きながら1人を巻き込んで倒れた。
手前にいたキャミソールの女が俺に気付く前に腰に付けていた棒を突き出す。ホームセンターにあった椅子を改造して作ったそれは、女の胴体をしっかりと固定し、俺が片手で振った刀でも女の首を飛ばせる手助けをしてくれた。
キャミソール女の体を床に投げると、近付いてきた入れ墨の男と鼻ピアスの女が引っ掛かって倒れる。振りかぶった刀で、2人の首を落とした。
スーツ男の下でもがいていた赤毛の女の頭に刀を突き刺す。
細い廊下の先はバスルームに繫がっている様で、血塗れで片腕の無い裸の男が立っていた。こめかみに刀を突き刺して床に倒す。
念の為にライトを点けて確認したが、バスルームには誰もいなかった。ライトの明かりに照らされた裸の男の顔は、よく知った人物だった。ジェイコブ・カトラー。アニーの父親。
今朝の食事を戻しそうになるのを堪えながら、奥の部屋──リビングルーム──へ向かう為に、ほんの5mの距離を、何分もかけて歩いた。
スーツ男の額から斧を回収し、血を拭いてから腰のポーチに戻す。
日本人街の鮮魚店に何故かあった刀の血も拭く。どちらも壊れている様子はなかった。
アニーのスマホもスーツ男の近くにあったので拾う。俺の着信を告げる表示の後ろでは、アニーと両親、妹2人と飼っている犬の写真が表示されていた。
スマホは彼女の手から滑って落ちただけだと願いながら、ドアの前に立つ。
ステンドグラス風に彩られているのは、確か母親の趣味だった。
深呼吸を数回。ドアノブに手をかける。
「……アニー、マーカムだ。いるか?」
返事は無いが、ドアの向こうで物が落ちて床が鳴った。
目を閉じて深呼吸をまた数回。瞼の裏には、学校で友達と笑い合っていたアニーの顔が浮かぶ。
同じ顔をまた見る為に、ドアを開け、リビングに入った。
土足歓迎 薄明一座 @Tlatlauhqui
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