解答編
筋肉館に集う意気消沈したマッチョたちを二階ジムエリアに集め、私は自分の推理を披露し始めた。
「まず最初に議論すべきは、犯行時刻、つまり被害者が死んだ時刻と、我々が音を聞いた時刻が同じなのか、という点です。要は犯行時刻の偽装についてですね。
仮に時限式に音が鳴る仕掛けがあったとしたら、特にビッグ・シゲさんの場合、家族とビデオ通話していたことが強いアリバイに変わります」
じゃあやっぱりビッグ・シゲが、とビューティー真衣が固唾を飲み込む。
「しかし、私と叔父が犯行現場を訪れた時、100KGダンベルの他に地面に転がっているダンベルや、その他の小細工を弄せることができそうな物品は見つかりませんでした。よって時限式の仕掛けは無いと判断できます」
ビッグ・シゲはほっと肩をなでおろした。僧帽筋と三角筋の動きが凄まじい。
「しかしまだ遠隔で音を鳴らした可能性はあります。ビッグ・シゲさんはこの中で唯一、22時の時点で二階の部屋にいました。家族とのビデオ通話前にマッスル岡村さんを殺害し、100KGダンベルをラックに立てかけます。その後ロープのようなものを用いた簡単な仕掛けで、部屋にいるままで100KGダンベルを落下させ、犯行時刻を偽装し、ビデオ通話によるアリバイを作る。そして使用した"ロープ"はそのまま自室に仕舞う。これは一見ありえそうな説に思えましたが、それが可能な程に長いロープ状のものは見つかりませんでした」
「色んな物を結んで長いロープ状にすれば可能だわ」
とビューティー真衣が言い放つ。しかし想定済みだ。
「私もそこは考えました。2mのチューブが2本、1mのタオル3枚。これでは足りません」
「服よ!全ての服を合わせたら残りの長さを補えるわ!」
ビューティー真衣の指摘を受け、私は待ってましたといわんばかりに叔父に歩みより、彼の着る筋肉館はっぴに手をかける。
「な、何するんだよ太郎、よせ、恥ずかしいだろ……!」
叔父からはっぴをはぎ取る。露になる逞しい上腕……は残念ながら今回の主役ではない。
「確かに、このような長袖の服では裾から裾への長さはそれなりのものになります」
私は筋肉館はっぴの両方の裾をつまんで、びよーんと広げた。叔父の体格に合う服だということで、サイズも大きく、長さは2.3mといったところか。ビューティー真衣は早く結論を述べなさいよ、といった視線を送ってくる。
「上下長袖なら、一組で4m以上にはなりそうです。故に二組あれば8m。これとタオルとチューブを合わせれば15mで、仕掛けの最低限の長さになりそうですが、これは成立しません。ビッグ・シゲさんはタンクトップと短パンしか持ってきていないからです。個人の部屋はオートロックで施錠されていたため、他人の長袖の衣服を借りる線も否定されます。タンクトップと短パンがそれぞれ3着ずつなのは私たちも知る通り、タンクトップと短パンを合わせた長さは大きく見積もっても2mといったところでしょう。それが三組で6m、チューブとタオルを合わせて13mです。下着のパンツなどを合わせても15mには届かないですし、何よりそんなにたくさんのものを結んで作った“ロープ”は解くのにも一苦労で、22時3分に家族とのビデオ通話を終えてから我々が一同に会する22時4分までの一分間のうちに全てを解体するのは現実的ではありません。以上の事から、ビッグ・シゲさんは犯行を行えなかったとわかります」
ビッグ・シゲは尋常じゃなく緊張していたようで、ようやく安堵できるといったふうに「ほふう」と変な息を吐いた。対照的にジュラシック井沢とビューティー真衣の顔が険しくなる。
「ビューティー真衣さんとジュラシック井沢さんは22時丁度のアリバイが無いため、犯行時刻を偽装する意味がありません。よって次に犯行時刻の偽装が行われなかったとして話を進めます。容疑者はジュラシック井沢さんとビューティー真衣さんの二人です。このうち、100KGダンベルを持ちあげられるのはジュラシック井沢さんのみ」
です」
ジュラシック井沢は驚いたような決まりの悪いような、とにかく非難を込めた視線を私に送った。
「いや、私は腰を怪我していると言っただろう。100KGダンベルを、地面から浮かせるのが精いっぱいだ。人を殺せるほど、そしてあんな音がなるほど高いところにもっていくのは不可能だ」
「本当に怪我してるのかしら? それに、人を殺すときぐらい無理できるんじゃない? 」と、挑発するようにビューティー真衣。ジュラシック井沢は恐竜のように身体を震わせて、ビューティー真衣を威嚇した。
「いえ、ジュラシック井沢さんは犯人ではありません。井沢さんは音がした22時、とんでもない量の汗をかいていました。あの状態で犯行を行い、急いで食堂まで降りてきたとしらた、現場から食堂にかけて汗が巻き散らかされているはずです。井沢さんが使用していたであろうランニングマシンとその周辺に汗の跡が見られたため、きちんと拭き取らないと汗の跡は消えないようですが、現場には見られませんでした。よって、ジュラシック井沢さんは犯人ではありません」
「なによ、私が犯人だって言うの!?でも私は100KGダンベルを持ちあげることすらできないわ、どう考えても私以外のマッチョどもが犯人でしょう!」
ビューティー真衣が叫ぶ。もはやビースト真衣といったところか。
「さてここで音の議論に戻ります。音についてもう一つ注目すべき点があります。そもそも何故私たちはあの音が100kgダンベルが床に落ちた音だと思っているのかです
大きな音がしたから。100kgダンベルが転がっていたから。100kgダンベルで被害者が撲殺されていたから。現場に100kgダンベル以外に音が鳴りそうなものが無かったから。この4つが原因ですね。
しかし、私と叔父が現場に訪れる前、もっと言えばマッスル岡村さんを殺害した直後に"音が鳴るもの"を片付けてしまえば、4つ目の根拠は覆ります。
私は傷のついた20kgダンベルを発見しました。仮に我々が聴いた音の正体がこの20kgダンベルによるものだとすると、犯人は20kgダンベルを床に叩きつけて、すぐにダンベルラックに戻したことになります。死体発見時、20kgダンベルはラックの上にありましたからね。そんな事をする必要があるのか? その音によって仮に犯行時刻を偽装しても、偽装した先の犯行時刻に犯人が現場にいるのですから本末転倒です。しかしビューティー真衣さんにはそれをする必要があった。何故か━━」
「━━100kgダンベルがあたかも上から落下したのだと思わせるためです」
私はそこでパワーラックに移動し、懸垂用のバーに手をかける。広背筋に力を込め、身体を引き上げる。
「急にどうしたんだ」
と叔父。
「まあまあ、頭をすっきりさせるために懸垂をやってるんでしょう、私も良くやります」
とジュラシック井沢。
「もう少し身体を斜めにした方が広背筋には入りやすいぞ」
とビッグ・シゲ。
「今は筋トレとかどうでもいいでしょう!ふざけないで!」
とビューティー真衣。
「いえ、ふざけているのではありません。私は懸垂から今回の真相のヒントを得ました。普通の筋トレでは重りが身体に向かって動きます。しかし懸垂の場合は身体が負荷となり、身体がバーに向かって動くのです」
「おい太郎、まさか」
「はい、100KGダンベルが床のマッスル岡村さんにぶつかったのではなく、マッスル岡村さんが床の100KGダンベルにぶつかったのです。ビューティー真衣さんは5KGダンベルでマッスル岡村さんを昏倒させ、その脇に100KGダンベルを転がして移動させる。そしてマッスル岡村さんの頭を掴んで後頭部を思いっきり100KGダンベルに打ち付け、殺害します」
「……なるほど!つまり我々が聴いた音は……」
「はい、音は犯行時刻の偽装のためではなく、100KGダンベルが上から落ちてきたと思わせるための音でした。ビューティー真衣さんはマッスル岡村さんを殺害後、20KGダンベルをおもいっきり床に叩きつけ、すぐにダンベルラックに片づけました。それで実際、我々は100KGダンベルが上から床に落ちたものだと思い込んでしまったので、彼女の目論見は成功したと言えます。100KGダンベルが上から落ちた、という時点で、100KGダンベルを扱えない彼女は容疑者から外れるので、真衣さん以外の私たち4人の誰かにアリバイが無ければ罪を押し付けられるという算段だったのでしょう」
***
私の推理は的中し、ビューティー真衣は捕まった。彼女曰く、風呂に行くがてらちらっと二階ジムを覗いたら、マッスル岡村に筆舌に尽くしがたいような暴言を吐かれ、カッとして近くにあった5KGダンベルで彼をぶん殴ったら、それでマッスル岡村が死んでしまったと思い込んでしまい、自分を容疑者から外すためにわざわざ100KGダンベルのトリックを使った、という流れだったらしい。
「人はダンベルを100キロ持てるか持てないかじゃない。広い心を持てるか持てないか、だ」とは事件後に叔父がしみじみと言った言葉だが、深いようで何も深くない。マッスル岡村、性格はともかく肉体は素晴らしい男だった。ビューティー真衣、性格はともかく肉体は素晴らしい女だった。願わくば100KGダンベルも広い心も持てるようになりたいものだが。
おしまい。
【犯人当て】ダンベル100キロ持てる?~筋肉館の殺人~ 鴉乃雪人 @radradradradrad
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