1月4週目 後編2

「お、おう……」




予想外の千咲の対応に面食らってしまった俺は、言いかけた言葉を飲み込むと促されるままに座る。




「ちょっと待っててくださいねー!もうひと煮たちさせるので!」




言われるがままにしばらく待っていると、千咲が大きな鍋を運んでくる。




重そうに運ぶその姿を見て


「大丈夫か……?手伝おうか?」


と申し出るも


「大丈夫です!むしろ今立たれると危ないのでそのにいてください!」


と断られてしまう。




そうして千咲が置いた鍋の中を覗き込む。


「おでんか……」




「はい!あったまれるものがいいかなと思いまして!」




「そうか、それはありがたい」




「はい!それじゃあ、早速いただきましょうか?」




「ああ……」




「「いただきます」」




「あ、私取り分けるますね。なにがいいですか?」


そう言いながら器をもつ千咲。




このままズルズルとタイミングを逃すのは嫌だと考えた俺は、その手を掴んで少し強引に話しかける。


「すまん、その前にちょっといいか?」




「は、はい……」


千咲は何かを察したのか急にしおらしい態度になり俯く。




俺はその返事を聞いて、一呼吸置くと勢いよく頭を下げる。


「あの時はすまなかった……全く千咲の気持ちが理解できていなかった!」




「……」




こんなことをしたところで到底許されるとは思えないが、精一杯の謝意を見せる。




しばらくしても全く何の言葉も発さないことを不思議に思った俺は軽く頭を上げてチラリと千咲を見る。




すると、千咲は両方の瞳に大粒の涙を溜めて必死にこらえている様子だった。


その姿を見て俺は思わず、頭を上げて千咲の横へと移動する。




「だ、大丈夫か……?どうかしたのか?」


どうすればいいのかわからない俺はあたふたとしてしまう。




「ごめんなさい……安心したら涙が出てきちゃいました」




「そ、そうか……」




「ていうか私が泣いたぐらいでそんなにうろたえないでくださいよ!」


そんな姿が面白かったのか、千咲は涙をぬぐいながら笑顔を見せてきた。




「いや……そう言われたって……仕方ないだろ」




「ほんとに先輩は心配性なんですから!ま、そういうところも好きなんですけどね!」




「おま……好きってなぁ……」




「いいんです!ここまできたら1回も2回も関係ないです!先輩が私のことをどう思っていようと絶対に好きになってもらいますから!」


とどこか吹っ切れたような表情を浮かべる。




まさか、千咲からその話をしてくるとは思っていなかった俺はうろたえてしまったが、ここまでおぜん立てをされて言わないわけにはいかない。




「そ、その件なんだが……いまその返事してもいいか?」


と思い切って切り出す。




「はい!先輩に何と言われようと私の気持ちは変わりませんから!」


するとさきほどとは打って変わって明るい表情になる千咲。


俺はそれにどこかやりにくさを感じながらも、話を続ける。




「あ、あのさ……正直こんな気持ちになったのは初めてだからうまく伝えられるかわからないんだが……」




「はい……」




「お前が初めて家に来たときは正直何考えてんだって思ったし正直少し迷惑だった……」




「うっ……」


俺が当時、面倒くさく思っていたことは少なからず伝わっていたようでどこか険しい表情をする。




「でもそんな態度を取ってもお前は俺のもとから離れようとはしなかったよな……しかもお前は自覚ないかもしれないが、俺の心の中にある不安を伝えてもそれ以上の言葉を返してくれた……それが俺にとってはすごくありがたかったんだ……それで俺は自分の気持ちに気が付くことができた」




「そ、それはどういたしまして?」


千咲は小首をかしげ、俺の言葉を待つ。




「つ、つまりだな……何が言いたいかというと……俺はお前のことが好きなんだ……よかったら付き合ってくれないか?」


頬をポリポリと掻きながらあの日伝えたかった言葉を口にする。




「「…………」」




しばらくの沈黙が流れ、ようやく自分が言われたことの意味を理解したのか千咲はポロポロと大粒の涙を流し始めた。




「お、おい……大丈夫か?」


慌てて近くにあったタオルを差し出す。




しかし、そんなタオルはいらないとばかりに振り払われ、ポツポツとなにかを呟き始める。


「私先輩が他の女の人と仲良くしてるのを見るだけで嫉妬するような心の狭い女ですけどほんとにいいんですか?」




「ああ……」




「いつだって先輩に甘えたいし、わがままだってたくさん言いいますけどほんとにいいんですね?」




「ああ……」




「そうですか……それじゃあ遠慮なく!」


千咲は短く呟くと、そのまま飛びつくようにして抱き着いてくるのだった。




そしてそれを受け止めると


「うわーん!よかった……よかったよー!」


ワンワンと胸の中で泣きじゃくる。




そんな千咲をなだめながら、俺は付き合ったという事実をじわじわと実感するのだった。

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