束の間の休息

「ま、とりあえずここなら奴に見つかることはない。ゆっくり休んでいってくれ」

 手元の飲み物の湯気が立ち消えた頃、河津はそう言った。

 そういや長いこと眠ってすらいなかった。と、思い出した途端にどっと疲れがこみあげてくる。

「嬢ちゃんはそこのベッドを使いな。レディが床で寝ちゃあいけねえ」

 河津は無機質な簡易ベッドを指差した。

「それで兄ちゃんには申し訳ないが俺と同じく寝袋で寝てもらうぜ」

 そう言って彼は段ボールの一つから黒い寝袋を二つ取り出した。

「ありがとうございます」

 シゲルはそれを受け取ると早速広げて見せた。

 あまり寝心地は良さそうには見えないがコンクリートの上で寝るよりはマシか。そう思った。

「それじゃ、しばらく休憩ってことで」

 そうして河津は明りを消した。慣れない環境で眠れないのではとシゲルとマミは思ったが杞憂であった。一分も経たぬうちに二つの寝息が聞こえ始めた。


 どのくらい経っただろうか。正確な時間は把握することはできないが、何となく長いこと経ったように思う。シゲルは腰の痛みと共に目を覚ました。寝袋が合わなかったことは容易に分かった。

 視線をベッドの方に向けると少女が寝息を立ててすやすやと眠っていた。反対側にも目をやると空の寝袋が一つ。

「もう目を覚ましたか」

 頭上より低い声が一つ。頭を輝かせながら男は白湯をすすっていた。

「よく眠れたか?」

「はい。ただ少し腰を痛めましたが」

「はは。じきに慣れるさ」

 そう言いながら彼は湯気の立つコップをシゲルに渡した。眠気覚ましによさそうだ。

 シゲルは寝袋から抜け出すとその場にあぐらをかき、もらった白湯を一口飲んだ。

「それで、兄ちゃんたちの本当の目的は何なんだ?」

「え?」

 唐突に放たれたその一言にシゲルの頭は完全に覚醒した。動揺し、目を見開いて河津を見る。

「その反応。どうやら本当に何か隠し事があるみたいだな」

「なっ、かまをかけたんですか?」

今さら平然を装おうとする彼に対し河津は「まあ、そういうことよ」とニヤつきながら答えた。

「別に無理にじゃなくていいからよ、聞かせてもらうことってできるか?」

 これ以上隠し通すのは不可能であるとシゲルは感じた。彼は一旦ベッドの方に目をやり彼女が未だ寝ていることを確認すると、一つ息をついて話し始めた。

 第二シェルターで見つけた日記のこと。そこに記されていた宇宙船のこと。そして第六シェルターにあるとされる通信機についても。

「それで、その通信機とやらを手に入れるために第六シェルターにいるってわけか」

「はい。そうなんです」

「なるほどねぇ」

 彼はそう言ってしばらくどこか一点を見つめていた。そうして一口白湯を飲むと「うん」と頷いた。

「全く持って信じられんな」

「やっぱ……そうですかね」

「ああ。そもそもその日記とやらの信ぴょう性から疑わなくてはならないレベルだ」

 まあ、そんな反応だろうな。とシゲルが項垂れようとしたまさにその時。彼は「だが!」と大きな声で付け加えた。

「本当だとしたら実に面白い!まさか人類が宇宙空間に生存圏を確立しているなんて!」

「そ!そうですね……」

 急に大声を出されたことで体が飛び跳ねる。心臓に悪すぎるぞ。

 それに後ろのベッドの方ももぞもぞ動き始めた。

「何ですか、今の……」

 目をこすりながらマミが起床した。急に起こされたことで少し機嫌が悪そうに見える。

「ああ、すまねえ嬢ちゃん。つい大声を」

「何の話で?」

「嬢ちゃんたちの本当の目的を教えてもらっていたのさ」

「え?」

 驚いた顔した彼女がシゲルを見る。

「まんまと見破られてしまってね」

「嘘、ですよね?」

「まあ、別に最初から隠す必要なかったし……」

 言い訳がましくシゲルはそう答えた。その目は完全に泳いでいる。

 マミはと言えばそんな彼を、目を細めてジィーッと見つめている。だが、少しして目を離すと「ま、いっか」とあっけらかんと言い放った。

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終末の空はより青く クソクラエス @kusokuraesu

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