ショートショート『緑の塗料』
甘木智彬
『緑の塗料』
世界規模の砂漠化を止めるために、各国では様々なプロジェクトが進行していた。
「これが例の」
「そうです」
政府高官を招いた説明会で、科学者は自信満々に頷く。
「塗るだけで草が生えてくる塗料です」
科学者がハケで木の板に塗料を塗りたくると、フッサァと草が生えてきた。
「おお」
「素晴らしい」
「草が生えるな」
あまりに劇的な効果に、政府高官たちも感動している。
「これは何に塗っても効果があるのかね?」
「はい。何ならアスファルトにでも、机にでも」
「塗料や、生える草に毒性はないのかね?」
「食用には向きませんが、基本的に普通の草です」
「草を維持するにはコストが必要か?」
「普通の草木のように、水やりの必要はあります」
「この塗料、大量生産は可能なのか?」
「はい、量産化の目処は立っています」
「まことに素晴らしい!!」
政府高官たちは満足げに頷いた。
「国土緑化は喫緊の課題だったのだ」
「今すぐにでも量産したいところだな」
「ちなみに、材料は何なのだ?」
政府高官の質問に、科学者は一瞬、口をつぐんだ。
「……木です」
「木?」
「はい。樹木の細胞を特殊な方法で加工しております。生産には木材――正確に言うなら、生きた木が不可欠です」
科学者の答えに、政府高官たちは顔を見わせる。
「……つまり、この塗料のために、森を切り拓かねばならないということか?」
「砂漠化を食い止めるのが目的なのに、それでは本末転倒ではないか」
「いえ、そんなことはありません。樹木を伐採したあとに、この塗料を塗れば良いのです。そうすれば草地に変えられます」
科学者は自信満々だった。
「なるほど! それはいいアイディアだ」
政府高官たちもそれで納得した。国土緑化プロジェクトには、長らく巨額の資金を投じていた。そろそろ政府高官たちにも、目立った成果が必要だったのだ。
そうして、緑の塗料は量産された。
砂漠はまたたく間に草地へと塗り替えられていき、人々は大いに喜んだ。
その代わり材料となる森も削られていったが、伐採した跡地にすぐに塗料を塗っていたので、緑の大地は保たれた。
塗料の需要はますます高まり、量産が進む。
そして月日は流れ――
「なんということでしょう! 洪水です!」
「史上最大の台風により、凄まじい降雨が――」
「地盤が緩み、土砂崩れが発生――」
「一夜にして山の形が変わる惨事――」
世界各地で、土砂災害が相次いだ。
どっしりと根を張る大木が伐採されていったことで、地盤が緩んでいたのだ。伐採したあとには欠かさず塗料を塗っていたが、表面を軽くなぞっただけで生える草に、土壌を支える力があるはずもなく。
さらに大量に生い茂った塗料草は、他の草木を駆逐してしまい、そのくせ数年で枯れてしまうという重大な欠点も明らかになりつつあった。
「どうするんだ! このままでは破滅だ!」
「やはり地道に植樹するしかないのでは……」
「時間とコストがかかりすぎる!」
「すぐに結果を出さねばならないのだ!」
「そうでなければ世論が許しはしない!」
口角泡を飛ばし、言い争う政府高官たち。
それをよそに、科学者は頭を振るのだった。
「これじゃ草も生えませんよ」
ショートショート『緑の塗料』 甘木智彬 @AmagiTomoaki
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