8話だったにゃん⁉︎ クリスマスのデート? 前編のはず

「お兄ちゃん、今日、ちょっと帰りが遅くなる」


 わたしの姫君ひめぎみが、朝ごはんを食べながら、正面に座っている下僕げぼくに話しかけている。


 あ、姫君というのは、わたしの、現在の飼い主、双葉ふたば優希ゆうきのことだ。

 この姫君、わたしに優しいし、よく遊んでくれるし、いつもご飯をくれるし、それに、なんと言ってもかわいいのだ。わたしの次、だがな。


 まぁ、ついでだから、紹介だけはしといてやるか? じゃないといつまでも不貞腐れてくれるんだ。メンドくさいったら、ありゃしない。

 下僕とは、双葉ふたば陽希はるき、18歳。高校3年生、大学受験を、本当に目前に控えているにもかかわらず、能天気っぷりが、実に笑えるのだ。更に、男なのに、男の子なのにアホ毛がピョコンと跳ねてるのだ。これも実に笑える。本人は寝グセだと、いつも言い張るけど、そんなことどうでもいいわ。


「ん? どっか行くのか?」

「うん、学校終わったら……、ちょっとね」


 あれ? 姫君の目がちょっと泳いでるぞ。なんか隠してんのか? 下僕はそこんとこ気づいてんのかな?

 まぁ、いいや。わたしがついていくんだから、なんとかなんだろ。

 そんなことを考えながら、朝のカリカリを齧っていた。



 優希が、食べ終えた食器を片づけてる時、リビングのほうから、微かな、本当に微かなまたたびの匂いが漂ってきた。

 お腹いっぱいだったはずのわたしでさえ、本能には抗えず、つられるようにしてリビングに足を踏み入れた。イヤ、踏み入れてしまった。

 その瞬間、わたしの体が浮き上がった。


 下僕が、わたしの脇を手で捕まえている。更に持ち上げられ、後ろ足が、びろ〜んと伸びる。真っ白なお腹も、無防備にべろ〜んと丸見えだ。

 毎度のことだが、わたしは、花も恥じらう女の子なんだぞ。

 おいっ、下僕、なんとか言いやがれっ! わたしが、自慢の爪を一閃してやろうと思っていると、そこには、下僕の情けない顔があった。


「ユキよぉ、さっきの優希、なんか隠してるよな? 目も泳いでたし」


 あぁ、下僕も気づいてたのか。まぁ、シスコン兄貴とブラコン姫君だから、気づかないわけはないと思ってたが……。

 なんで、下僕こいつ、泣きそうなんだ?


「なぁ、ユキ? 優希ってば、どこ行くんだろう? 誰と行くんかな? なにすんのかなぁ?」


 下僕のこんなにも情けない顔、初めて見たわ。

 わたしを辱めた仕返しをしちゃうか? そんな腹黒いことを考えついたわたしは、下僕を気にしないフリをして、独り言のように呟いた。


「どこ行くって、遊びに行くんだろ? クリスマスイブだぜ。誰とって、男に決まってんだろ? なにって、デートだよデート! 優希はかわいいんだよ! わたしの次だがな! そんなかわいい姫さまに王子さまがいねぇわけねぇだろ! 妹離れしろよ、そろそろ!」


 あ、泣いた。わたしの厳しい言葉に肩が震えてる。なんだよ、弄り甲斐のないヤツだな。


「なぁ、陽希ぃ、優希にはわたしがついてっから、そんな心配すんなよ」


 あまりの落ち込みぶりにわたしから妥協案を示した。陽希が、わたしを見てる。ちょっと甘やかしすぎちまったか?


「ユキ、おまえに重大な任務を与える」


 うわぁ、イヤな予感しかしねぇ。わたしの聞きたくないアピールを、完全に無視して、下僕はわたしをまた抱き上げた。

 だからぁっ、わたしは、花も恥じらう女の子なんだ。


「優希のことをしっかり護衛してくれ。そして、相手が誰なのか、詳しく報告するんだ。成功の暁には、おまえのご飯がグレードアップする」

「イヤだよ、そんな密告みたいな真似。それに、わたしは、カリカリが好きなんだからいいんだよ。まぁ、護衛くらいはしてやるけど……」


 あ、また、肩を落とした。もう、つきあってられん。


「ユキ、学校行くよぉ」

「あ、優希が呼んでるから、先、行くぞ」


 わたしは、小さく変化へんげして、優希の鞄の定位置に落ちついた。

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ねこみみ日和 浅葱 ひな @asagihina

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