7話かもにゃん⁉︎ ハロウィンのはず

「ユキ〜っ、ちょっと来てくれ、協力してほしいことがあるんだ」


 わたしが、姫君ひめぎみの部屋の出窓でうとうとしてる時だった。

 あ、姫君というのは、わたしの、現在の飼い主、双葉ふたば優希ゆうきのことだ。

 この姫君、わたしに優しいし、よく遊んでくれるし、いつもご飯をくれるし、それに、なんと言ってもかわいいのだ。わたしの次、だがな。


 しかし、わたしを能天気に呼ぶ今の声は下僕の声だ。なんだ? 人間のクセに気持ち悪い猫撫で声なんて出して。

 まぁ、ついでだから、紹介だけはしといてやるか? じゃないと不貞腐れるからな。

 下僕とは、双葉ふたば陽希はるき、18歳。高校3年生、大学受験を、本当に目前に控えているにもかかわらず、この能天気っぷり。実に笑えるのだ。更に、男なのに、男の子なのにアホ毛がピョコンと跳ねてるのだ。これも実に笑える。


「ユキ〜っ」


 もう一度呼ばれた。仕方ない。顔だけ出してやるか?

 そう思って、下僕の声が聞こえたリビングに踏み込んで行った。

 そこで、わたしの目に飛び込んできたのが、黒や紫やオレンジの、たくさんの、用途の判らないアイテムたちだった。

 カボチャまであるぞ。爪……、研いでいいか?


 そんなことを考えながら、大きなカボチャの周りを観察してると、不意に下僕の手が伸びてきた。そのまま、カボチャの向きがくるりと変えられた。


「にゃっ!」


 生気のない顔が、そこにあって、わたしを睨んでいる。情けない声が出るほど驚いたじゃねぇか。

 こんな、気味悪い『あやかし』を、わたしに仕向けて、なにを考えてやがる、下僕のヤツ。

 心の中で悪態をいて、下僕を見上げると、その目が笑っていた。


「ユキ? 妖が同僚ジャックオーランタンを怖がってどうすんだ? というか、コレ、ただのカボチャだぞ。野菜なんだぞ。こんなもんを怖がるだなんて……、ユキ? 猫又つってもたいしたことねぇんだな?」


 下僕の言葉に、むっとしたわたしが、ぷいっと顔を背けて戻ろうとした時、わたしの体が浮き上がった。

 下僕が、わたしの脇を手で捕まえている。更に持ち上げられ、後ろ足が、びろ〜んと伸びる。真っ白なお腹も、無防備にべろ〜んと丸見えだ。

 毎度のことだが、わたしは、花も恥じらう女の子なんだぞ。

 おいっ、下僕、なんとか言いやがれっ! わたしは、自慢の爪を一閃してやった。


「ユキに、協力してほしいって言っただろ?」


 下僕こいつ、わたしの攻撃を事もなくかわした挙句、わたしの羞恥心までも一蹴しやがった。覚えてろ!


 そんなことを考えてる間中、下僕がなにやら、自分のほうに引き寄せた袋の中を、ガサゴソと漁っている。中から引っ張りだしたものは、オレンジ色をして柔らかそうな生地で作られている袋状のものだった。そこから、紐状の、同じ色のものがぶら下がっている。

 下僕が、わたしの目の前で、それをチラチラと揺らし始めた。わたしの本能がうずうずしてる。

 我慢できずに、その紐状のものに手を出した。わたしの爪が確かな手応えを感じ取っている。

 同時に、下僕が、そのオレンジ色を引っ張る。わたしの前脚の自由が奪われた。


「ユキ、おまえも興味あるか? 説得の手間が省けた! ラッキー!」


 下僕がそう言うと、わたしの爪が引っかかっている、紐状の先にある袋状の部分を、わたしの頭に被せてきた。一瞬の隙をつかれた。

 わたしが訳も判らずジタバタしているうちに、下僕は、爪に引っかかっていた紐を器用にはずして、わたしの顎の下で縛りやがった。


「にゃっ!」

「思ったとおりだ! ユキ、おまえ、かぶり物が似合うな! それもカボチャ……とか、笑えるわ〜。お〜い、優希、見てみろよ。ほら、ハロウィンのカボチャ」


 下僕のアホ丸出しの笑い声に、わたしの姫君がキッチンから顔を覗かせた。

 姫君は、わたしの不機嫌丸出しの顔を見て小さく吹き出した。それから、下僕をかわいく睨んでいる。


「お兄ちゃん! ユキに被ってもらうのは、ジャックオーランタンじゃなかったでしょ! どこから持ってきたの、それ? 友だちのところに画像を送るんだから、ふざけてないでよね。でも、カボチャもかわいいよ、ユキ」


 姫君が、わたしを、優しい目で見つめている。そうか、これ、かわいいのか?

 わたしは、優希の言葉を聞いて嬉しくなった。そして、下僕に対しては反抗を装って睨みつける。この辱めの仕返しは、キッチリとするからな。


「はいはい、でも、まぁ、ユキ、それもかわいいから……、証拠写真撮っとこうぜ!」


 下僕よ、なんのための証拠写真だ? これで、妖、猫又の祟りは決定だな!

 わたしが、ジト目で下僕を睨んでいる間に、下僕が別のアイテムを持ち出していた。それは、黒く先の尖った魔女の帽子と、黒のローブだった。手際良く、カボチャが外されて、魔女の帽子と交換された。


 わたしの真っ白な毛に黒が映えている。なかなか似合ってるじゃないか。下僕が、わたしのことを見つめている。そんなに似合ってるか?

 仕方ねぇなぁ。猫又の祟りだけは見逃してやるか。 


「優希、コイツの準備できたぞ。撮るんだろ?」

「うん、ちょっと待って」


 下僕の呼びかけに、優希の声がリビングの外から聞こえた。キッチンからでもないようだ。

 わたしが、声のしたほうを探っていると、リビングへのドアが開く。わたしの視線がそれにつられた。


「じゃ〜ん、どう? お兄ちゃん」


 そこには、黒いとんがり帽子を被り、黒いミニのワンピースに黒いローブを羽織った、わたしと同じ設定の魔女、イヤイヤ、魔法少女が立っていた。イヤイヤ、降臨していた。

 か、かわいい! わたしの次だがな!

 興味のないフリをして、フンと反対を向いてみると、そこには、アホ面下げた下僕が固まってた。

 下僕ったら、なに、顔、紅くしてんだ? あ、倒れた!

 シスコンもたいがいにしとけよなぁ! 陽希よ。

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