6話だってにゃん⁉︎ 七夕だったはず

優希ゆうき、悪いけど、今日は用事を済ませてから帰るからな。だから、先に帰ってろ!」

「うん、わかった」

「気をつけて帰れよ」


 下僕は、いつまでたっても妹離れができねぇんだな。心配しすぎだっつうの。あれ? でも、今日は優希がおとなしく引き下がったぞ。いつもなら、ついてくって、がんばるのに……?

 わたしが、前足で口元を隠して物思いに耽っていると、いきなり優希に抱き抱えられた。そして。


「だいじょうぶだよ! いざとなったら、ユキが助けてくれるでしょ?」


 うん、まぁ、そのとおりなんだが? なんだか、腑に落ちないが、今は動くわけにもいくまい? すると。


「おい、ユキ。妖になると便利だな。どう見たって、おまえ、ぬいぐるみにしか見えねぇよ」


 そう言って、下僕が、わたしの両前足を持ち上げた。その所為で、両の後ろ足はぶらん! もふもふの薄いおなかはびろんと丸見えになっている。わたしが睨みつけると、下僕の口角が僅かに上がっていた。コイツ、絶対ワザとだ! おい、下僕、後で覚えてろよ!



 そもそも、ふたりが学校に行ってる間、わたしだけ、家で留守番してるのがイヤだったんだ。おとなしくしてるから連れてけ! は、下僕が、即却下。ふたりの保護者に変身すっから! には、下僕が、保護者っつうより婆さまじゃねぇかと難色を示し、睨み合うこと、二時間半。

 その間に、優希は、何事もなく、晩ご飯の食器を洗い、明日のお弁当の下拵えを終わらせ、お風呂も済ませていた。パジャマ姿の優希が、ここにきて、下僕との不毛な睨み合いに助け舟を出してくれたのだ。うん、もう少し早く助けてくれるとよかったんだが? その優希が、胸の前に一冊の本を抱えていた。


「ユキはさぁ、わたしたちの保護者に変身できるくらいの妖力があるんでしょ? だったら、これくらいなら、もっと簡単じゃない?」


 そこには、小さな土鍋で、気持ちよさそうに寝ている、元同族の姿があった。おまえ、なかなかかわいいじゃねぇか……。わたしの次だがな。

 優希の言いたいことが理解できずに、わたしが首を傾げると、優希は天使のような笑顔で、わたしにも解るように言い直してくれた。


「ユキは、まだ小さいから、猫のぬいぐるみのフリをして、わたしの鞄のココに入ってたらいいんじゃない。ほら、この子みたいな格好で……、こう、ちょこんとさぁ」


 優希の天才的な発案に、即座に乗っかったわたしが、鞄の大きめのポケットに自ら入り込み、ポケットの縁に前足をちょこんとかけて、顔を覗かせてみた。

 優希が笑ってる。おまえの笑顔は、かわいいぞ。わたしの次だがな。



 で、わたしが、優希と一緒に学校に通いだして、数日たった今日、初めてふたりが別々に帰宅することになったのだ。

 それまでは、優希が下僕を待って、一緒に帰宅していたのだ。


「ユキ、帰るよぉ」


 そう言って、優希はわたしを抱き上げ、鞄のポケットに丁寧に入れてくれた。今日は、わたしと優希だけの帰宅になった。途中のスーパーで、晩ご飯の買い物もした。



 優希が晩ご飯の支度が終わった頃、下僕が帰ってきた。


「お兄ちゃん、おかえりぃ」


 優希が下僕に飛びついていった。うん、いつもの光景だな。この姫さまは、学校でも抱きついていったからな。最初は、目が飛び出そうになったわ。よもや、衆人環視の中、べたべたいちゃいちゃしていようとは……。

 まぁ、優希の友だちは、引いてなかったから認めてくれているのだろう。なら、良しとするか。






 優希が用意してくれたご飯を食べていると、下僕に呼ばれた。その声に顔をあげると、そこには優希も一緒だ。


「ユキ、これ、俺と優希から……」

「ユキはうちの子だからね」


 優希が、わたしにそれをつけてくれた。ピンクのベルト部分に星が三つついている。か、かわいいじゃねぇか。下僕のクセにセンスいいじゃねぇか。ちょっと見直したぞ。

 わたしが、感心していると、下僕が、もうひとつの袋を差し出していた。それが優希に渡される。


「優希にはこれ」

「わたしにも?」

「今夜は七夕だけど、星、見えそうにないからな。そのかわり……」


 怪訝そうな表情をした優希の手には、ガラスでできた、少し大きめな広口ビンがあった。その中には、色とりどりの小さな星がたくさん詰まっていた。金平糖と言うらしい。

 優希は、瞳をキラッキラさせて、その瓶を胸に抱いている。なんだか、獲物を前にした猫みたいにも見えた。あ、こりゃ、いくな!

 わたしは、直感でそう感じ、顔を逸らせてやったんだ。わたしが恥ずかしいしな。


「お兄ちゃん、大好きっ!」


 ほら、やっぱりだ。気になって、チラッと視線を向けた時に、何か鈍い音が低く響いた。そう、ゴスッ……って感じの。

 下僕が、その場に蹲っているのが見えた。次にオロオロする優希の姿が。



 優希よ、そりゃ、その瓶抱えたままで飛びついてったら、凶器だわ。

 お〜い、だいじょうぶかぁ? 下僕〜? まぁ、ブラコン妹の行き過ぎた愛情表現の結果の惨劇だからな。下僕も怒れないよなぁ〜。

 ざまぁみろ〜だ。

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