こもれびの下で

「オモイカネ、例の少女を連れて参りました」

「ありがとうイタケル。そろそろ目を覚ましてくれるでしょうか、、」


全員の視線が少女に注がれる。

ほどなく少女は身を起こす。辺りを見回してたじろいだ。


「驚かせてしまい申し訳ありません。私はオモイカネ。気象と知恵を操る神です。貴方の横にいるのがイタケルノミコト、貴方のおばあ様が最後に巫女長をしてらした紅葉坂大社のご祭神ですよ」

少女は慌てて左を向き、深々と礼をした。


「さて、時間もないので単刀直入にお話しましょう。貴方の力をお貸しください」

「私の…力を?」

「はい。本条流の舞『紅葉神楽』は日本の緑が永遠とわに続くようにとの願いを込めて作られた舞。神と人とを結び、この国に緑を蘇らせるための最後のかけらとなるようです。」

「紅葉神楽…っておばあちゃんが教えてくれたあの」

「ええ。お願いできますか?」

神々の眼差しを一身に受けた彼女は、手元の鈴に目を落とす。柔い朝日に照らされ、恥ずかしげにきらきらと輝く。


一度借りを作った者として



本条家の者として




神に仕える者として





こう答えるしかなかった。


千歳は三つ指を突き、深々と頭を下げて言った。


「謹んで、お受けいたします」



暗く厚い雲の中から、一筋の光が差し込む。本条千歳は迷わず光の中へ足を進める。目を閉じて深く空気を吸い込み、鈴を振った。


しゃらん、しゃらん、しゃらん、


それまでどっしりとのしかかっていた雲が、轟々と渦を巻き始める。

敦ヶ山の緑は残らず剥ぎ取られ、雲の中に吞まれていった。

あっ、とアマテラスが声を漏らした刹那である。

ひときわ大きい鈴の音と共に、雲が大きく息を吸う。


雲が生み出した風が、敦ヶ山の何万倍もの緑を運ぶ。

遥か遠くから、人々の声が聞こえた。

彼らが空を見上げたのは何十年ぶりだろうか。

息を吐き切った雲はオモイカネの手の中に吸い込まれていく。


しゃらん、しゃらん、しゃらん


舞を終えた千歳は上を見上げ、思わず息を呑む。

どこまでも深い青空が、そこにあった。









古来より日本は、森の国であった。

緑と青のよく似合う国であった。


この国の本当の姿を初めて見た千歳は、きれい……………と瞬きを忘れる。

アマテラスはそんな少女のもとへ確かな足取りで歩み寄った。

「私の国を救ってくれて、本当に、本当にありがとう。」

満面の笑顔を咲かす千歳。


ふとアマテラスが何かに気が付き、千歳の髪からそっと簪を抜きはにかんだ。





「紅葉の枝を簪にするなんて、とっても素敵ね」

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こもれびの下で 野宮ゆかり @1_yoshino

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